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節約生活1章「どうしてこうなった!」
ワン・サウザント・ストーン
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「…やんけ!!!!」
『危ない』と言う言葉を現世に残して、『やんけ!!!!』を異世界に運んできた。
先ほどの店内にいた人々の群れとは明らかに違う人々が、その言葉を受けて響めいている。
一瞬の出来事ではあるが、ようやく眩い光の存在に気付き、目を覆い隠した。
「なんやっ!まぶしいっ!!!」
老化現象であろうか…反応がワンテンポ遅れている気がした。
瞳を光にならしていき、少しづつ情景を目に映していく。
そこは明らかにデパートの店内とは違う内装が広がっていた。
床の中心に敷き詰められたレットカーペット。
それに沿って甲冑を着た無数の兵士が列を成して並んでいる。
壁はレンガを積み重ねたような模様をしていて、高価そうな模造品が無数に展示してあった。
そして極め付けは、映画でしか見た事のないような豪華な椅子に、堂々と腰をかけて座っている王様らしき人物がこちらを見ている。
まるで何処かの西洋の王宮に、突然招待された気分だった。
「異世界から来た勇者よ。我が名はこの国を治めるワン・サウザント・ストーンである。」
「え?今なんて言った?」
異世界?俺が勇者?なんの冗談だ?
少し困惑しながら王様の目を見る。
よく見ると王様らしき人は、顔を老化させていたが、仙谷さんにそっくりだった。
「あれ?仙谷さんやん!なんでこんなとこにおるの?なんや驚いたわぁ!騙されそうやったけど、めっちゃバレバレやで!」
王と名乗る仙谷さんに、軽い気持ちで近づいていく。
「これって、もしかしてコスプレ大会かなんかなん?ってか一瞬で平和」堂からこの特設ステージにどうやって俺を移動させたんや?凄いドッキリやで!そうか!コレってドッキリ企画?」
コスプレをしているであろう仙谷さんの元へと、もっと近くに歩み寄ろうとした時だった。
王と名乗る仙谷さんの左右にいた甲冑を着た人が、槍を急に俺の首元へと両側から交差させる形で差し向ける。
「うわっ!なんや!危ないやないか!!!」
模造槍と思い、手で槍を押し退けようとすると、刃先に触れた瞬間に手に痛みが生じた。
「痛っ!こ、これ本物の刃物やんけ!!!」
切り口から血が滲み出る。
俺は怒りと恐怖心を同時に抱いた。
「どないなっとんねん!!冗談にしては、やり過ぎやぞ!!」
激怒して怒鳴りつけているにも関わらず、甲冑野郎はビクとも動かず槍を首元から離そうとはしなかった。
「私は大丈夫だ。離してやれ。」
王は手を上げて、槍を下げさせる指示をだす。
「し、しかしこの男は!」
「良いと言っているのに、私に逆らうのか?」
王の冷徹な威圧感がピリピリと伝わってくる。
甲冑野郎は渋々と、槍を下げて自分の近くへと納めた。
その雰囲気に飲み込まれた俺は、何かの異常を感じ取り、それ以上は近づく事はしなかった…と言うよりも足を動かす事が出来なかったのだ。
凍りつくような空気が流れてくる。
「なかなか利口な部分もあるじゃないか。」
王は不気味な笑顔を浮かべて俺に問いかけた。
「何故君は、この世界に呼ばれたか分かるか?」
「この世界?」
この特設ステージの事だろうか?
いや、雰囲気的に違う物を感じる。
「お前を異世界から、私が勇者として召喚したからだ。」
こいつ何を訳のわからない事を言っているんだ?
RPGやファンタジーの世界でもない限り、そんな事があり得るわけがない。
最初に感じた恐怖心を抑えつつ、俺は勇気をだして言葉を発した。
「仙谷さん…こんな事してたら、ほんま警察沙汰やで…。今やったら、謝罪すれば慰謝料だけで許したるから…。」
俺は一歩前に踏み込んだ。
踏み出した足元から急に何かが飛び出し、髪の毛をかすめ取っていく。
ゆっくり顔を上に向けるとツララ状の氷が突き刺さっているのが見える。
「大人しく人の話を聞いてる方が、身の為だぞ。」
額から汗を流しつつ、これ以上抵抗すると命の危険さえ感じ取れた。
もうこいつは仙谷さんとは別の人物として考えた方がいいだろう。
王は強制的に話を続ける。
「勇者『のぶお』よ!今こそ我々の国や民の為に、戦いに出て欲しい。」
「ちょっ、ちょっとまって!」
何か名前が違ったのは気のせいだろうか…。
「『のぶお』って誰や?」
「お主じゃ。」
聞き間違いでは無いらしい。
「俺は『ともお』って名前なんやけど!」
「何を馬鹿な事を…召喚する相手の名前は、儀式前に宣告されていて『のぶお』と言われている!」
「それって…もしかして、人違いって事はないのか?」
「…口答えする気か!」
王は激怒する。
また凍りつくような空気が流れ始め、今度は先ほどより温度が低下している気がした。
再度ツララを飛ばされるかもしれないと、直感を働かせ全力で謝罪を申し立てる。
「わ、わかった!『のぶお』でも『のぶ代』でも『ドラ◯モン』でも呼び名は、好きに呼んでくれてかまわへん!!!」
温度が通常に戻る。
王はニッコリと微笑みながら。
「そうかそうか。それでは『のびお』よ…。」
「なんでやねん!!!全然ちゃうやんけ!!!」
完全に確信犯やんけ…。
しかし、このツッコミに対して王はまたもや激怒する。
それをもう一度、命乞いする形となり、そのやり取りを何回か繰り返し行った。
なんとかひと段落付く形で話がまとまる…。
「わかった!わかったよ…。俺がこの国を救ったるから、もうそれ以上は何も言わんとってくれ…。」
「そうか『卑弥呼』よ…。」
もう名前の変化が、訳分からなくなっていた。
ツッコミ所もぶっ飛んでいて、突っ込む気力も起こらない…。
「それで、戦う術が無い俺にどうやって戦場に行けと?」
「その心配は無い…。武器は伝説の剣を用意する。金貨を持たせるから、防具は城下町に出て購入するがよい。」
王のお付の者を一人呼びつけ、お供して貰うことになった。
俺は出かける前に、もう一つ気になる事を質問する。
「王様…。」
「敬意を込めて、ローリング・ストーンと呼ぶ事を許可する。」
あかん…突っ込んだらまた苦労する…。
耐えろ…耐えるんや…。
「ろ、ローリング・ストーンさん…100歩譲って俺が勇者として召喚された事は認めるんけど、この国は何の救済を求めているんでしょうかね?」
「物資じゃ…。物資が非常に足りない状態となっておる。」
王は深刻そうな顔をして、こちらに訴えかけた。
「他国との連携を取り政治を行って来たのだが、一方的に向こう側の国が対立を申し立て、戦争までつながってしまったのだ…。その為、我が国は非常に物資が不足している状況で、私を含めた国民全員が苦しんでおる…。」
なるほど…動く理由に一理あるか。
「一応やるとは言った以上責任を持って遂行はするが、俺に期待はすんなよ?」
「否が応にも、我が国は君に期待するしかないのだよ…。」
話を終えて、お付の者と一緒に裏門をくぐり抜け城下町へと出た。
自分の居た世界とは全く別の風景が広がっている。
詳しくは知らないが、古代ローマ帝国風の街並みじゃないだろうか。
俺は本当に異世界に来ているらしい…。
少しづつ実感を噛み締めていると、すぐに町の商店街までやって来た。
本当に物資が足りなくて困っている様子が一つも見当たらない気がする。
「なんや、いっぱい物が溢れてると思うねんけどな。ほんまに物資が不足してるんかいな?」
「不足しています。ここで見えている景色は本の一角にすぎません。」
しばらく歩いていると、いい匂いを漂わせた屋台の前までたどり着いた。
俺のお腹が急にモンスターが叫んだように唸り出す。
「ちょっと寄り道していきますか?」
「おっ、気前ええやん!」
屋台に並んでいたのは、見た目はたこ焼きその物だった。
お付の者は銅貨6枚を手渡し、2パック購入する。
その一つを手渡され、目的地に歩きながら食す事にした。
「普通にたこ焼きやん!」
一口頬張ると、フルーティなソースと丸い生地が絶妙に絡み合い、中には弾力あるタコのような食感を堪能できる。
本場大阪の味に匹敵するぐらい旨いと感じた。
お付の者は『たこ焼き』と言う名称に疑問の顔を浮かべている。
「これは、ゲイザーボールと言う由緒正しき国の伝統料理でございます。けして『たこ焼き』と言う無粋な名前ではありませんよ。」
「いやいや!これどう考えても『たこ焼き』やろ!中にタコも入ってるし。」
「中身は、ゲイザーと言う9本足のモンスターが食材になっていますよ。」
急に食べる気が失せてきた。
よくよく考えると、ここは異世界らしき所で俺の常識は通用しない。
しかし、勿体無い精神と空腹に背は変えられないと思い、一気にゲイザーボールを完食する。
味は『たこ焼き』その物なのだ。
たこ焼きと思って食べれば、全然食べれる…。
「随分とお腹が減っていたのですね?私の分も食べますか?」
「ご、ご行為は嬉しいけど、え、遠慮しときますわ!」
声が少し裏返る。
話題を逸らす為に、違う話題を振った。
「それはそうと、ここの通貨の事を知りたいんだが。」
お付の者は快く教えてくれる。
金貨・銀貨・銅貨の3種類のコインが異世界全土での共通硬貨らしい。
銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚となる。
現世と比較するならば1万円が金貨1枚で1000円が銀貨1枚、そして100円が銅貨1枚と言ったところであろう。
細かい単位が無いぶん、現世より分かりやすくて覚えやすい。
丁度説明が終わった頃に、目的の場所へと辿り着いた。
「ここが王宮御用達の防具店でございます。」
促されるがままに店内へ入っていく。
店員の元気な掛け声が聞こえてきた。
「ぶひぶひぶひぶひぶひぶひー」
いやちょっとまて…。
このデジャブはなんだ…。
俺が突っ込みを入れようと思った時には、既にお付の者が普通に店員と喋っている光景があった。
「今日はこの者の防具を新調したいのだが」
「ぶぶぶひぃ(任せろ)」
理解して会話しているのだろうか…俺にはさっぱり理解が出来ない。
突っ込むタイミングを見失い、呆然とやり取りを眺めていた。
しばらくすると店の奥からゴテゴテしい、とても重量感のある鎧が俺の前へと運ばれてくる。
「え?これを着るのか?」
「ここの店長は、誰でも一目見るだけで自分にあった鎧をチョイスしてくれる事で有名なんですよ。」
「いやいや、こんな重そうな鎧を着れるわけが無いやないか!」
しばしの沈黙の後、笑いが生じた。
「あなたは、面白い冗談を言うのですね。」
「ぶひっぶひっぶひっぶひっ!(笑い)」
「何が、おかしいねん!」
笑われた理由が理解出来ないまま、キレ気味で怒鳴りつける。
「いいから、試着してみてください。」
促されるままに鎧を手に持つ。
やはり重い…。
こんなものを着ることはできるが、動くことは絶対に出来ないと思いながら袖を通した。
胸・腕・足の鎧をすべて装着する。
「やっぱ動かれへんやんけ!」
「そのままだったらね。」
お付の者は、俺の鎧の胸辺りに付いている模様を手で触れた。
その模様が軽く光りだして、重かった鎧は劇的に軽くなっていく事を感じる。
「え?えっ?」
もはや軽くなった勢いを通りこして、自分の体も軽く感じる程だった。
「な、な、なんやこれ!」
「魔法の加護を付けているので、自分の体に合わせて、より動きやすい身体になるはずですよ。」
日頃の仕事やストレスで疲れが溜まった肩こり腰痛なども軽減されていて、本当に自分の体では無い感覚が身体を駆け巡っている。
これなら世界の1つや2つ簡単に救ってしまえそうな気がした。
「なんか、俄然やる気がでてきたで!」
俺は本当に異世界に来たことを、自分にかけられた魔法と言う存在でやっと完全に信じる事ができたのである。
さっさとこの世界を救って、元の世界で心配してくれているであろう『なっちゃん』の元へ帰ろう。
今なら何でもできる気がしていた。
お付の者が店長に銀貨8枚を手渡し会計を済ませている。
現世の値段で8000円とは、お高い買い物だな…。
お付の者が最後の買い物を済ませると、帰る準備をしながら俺に話しかけてくる。
「そろそろ帰りましょうか。少し遅くなってしまったので、コレを使いましょう。店長これを頂きますね。」
防具店の店頭に少しだけ並んでいる、砂色の石を金貨3枚だして購入した。
「金貨3枚!?」
俺は驚きを隠せない。
この石っころが俺の鎧より高い物とは思えなかったからだ。
「金貨3枚でしたら良心的な値段ですよ?」
「いやいや、そういう問題じゃなくて…。」
「使えば、すぐに価値がわかりますよ。さぁ、手を出して下さい。」
俺は困惑しつつも手を差し出した。
お付の者は躊躇なく手を鷲掴みしてきた。
手で握り潰すように、砂色の石に力を込めている。
すると辺りが真っ白にフェードアウトしていく。
「え?なんや?何が起こったんや?」
「転移結晶の効果で周りが一瞬白く見えてるだけです。しばらくすると王宮前まで戻りますよ。」
やがて白の世界から、城の裏口まで瞬時に移動していた。
「それでは城の内部に戻りましょうか?」
「凄いことは理解できたよ…。でも納得出来ないことが一つあるから言わせてもらってええかな?」
「なんでしょう?」
俺は顔を引きつらせながらお付の物に喋りかける。
「金貨3枚は、さすがに勿体無いことないかい?」
あんな近い距離を3万円で移動など、タクシーでもありえない金額である。
それをいとも簡単に使ってしまう、お付の者の心境が知りたかったのだ。
「あれが普通ですよ?なにか問題でも?」
「ありや!大ありやで!!歩いても十分帰る距離をあんな大金を出して直ぐに帰るとか、だらけすぎや思わないんか?」
「金貨3枚が大金ですか?」
価値観の違いがここで大きく見えた気がした。
「わ、わかった…君の思想はよくわかった…。引き止めて悪かった。」
俺はお付の者と城の内部に戻り、案内されるままについて行く。
しばらく進むと、豪勢な扉の前まで案内された。
「ここがあなた様の部屋となっております。明日の戦いに備えて英気を養ってください。」
「なんか色々ありすぎて急に力が抜けてきたわ…。」
俺はお付の者に見送られて、部屋の中へと入る。
疲れがゾッと押し寄せたせいで、部屋の内装を詳しく見ることもなく、ベッドの上にダイブした。
そのまま電源を落としたかのように気を失っていた。
『危ない』と言う言葉を現世に残して、『やんけ!!!!』を異世界に運んできた。
先ほどの店内にいた人々の群れとは明らかに違う人々が、その言葉を受けて響めいている。
一瞬の出来事ではあるが、ようやく眩い光の存在に気付き、目を覆い隠した。
「なんやっ!まぶしいっ!!!」
老化現象であろうか…反応がワンテンポ遅れている気がした。
瞳を光にならしていき、少しづつ情景を目に映していく。
そこは明らかにデパートの店内とは違う内装が広がっていた。
床の中心に敷き詰められたレットカーペット。
それに沿って甲冑を着た無数の兵士が列を成して並んでいる。
壁はレンガを積み重ねたような模様をしていて、高価そうな模造品が無数に展示してあった。
そして極め付けは、映画でしか見た事のないような豪華な椅子に、堂々と腰をかけて座っている王様らしき人物がこちらを見ている。
まるで何処かの西洋の王宮に、突然招待された気分だった。
「異世界から来た勇者よ。我が名はこの国を治めるワン・サウザント・ストーンである。」
「え?今なんて言った?」
異世界?俺が勇者?なんの冗談だ?
少し困惑しながら王様の目を見る。
よく見ると王様らしき人は、顔を老化させていたが、仙谷さんにそっくりだった。
「あれ?仙谷さんやん!なんでこんなとこにおるの?なんや驚いたわぁ!騙されそうやったけど、めっちゃバレバレやで!」
王と名乗る仙谷さんに、軽い気持ちで近づいていく。
「これって、もしかしてコスプレ大会かなんかなん?ってか一瞬で平和」堂からこの特設ステージにどうやって俺を移動させたんや?凄いドッキリやで!そうか!コレってドッキリ企画?」
コスプレをしているであろう仙谷さんの元へと、もっと近くに歩み寄ろうとした時だった。
王と名乗る仙谷さんの左右にいた甲冑を着た人が、槍を急に俺の首元へと両側から交差させる形で差し向ける。
「うわっ!なんや!危ないやないか!!!」
模造槍と思い、手で槍を押し退けようとすると、刃先に触れた瞬間に手に痛みが生じた。
「痛っ!こ、これ本物の刃物やんけ!!!」
切り口から血が滲み出る。
俺は怒りと恐怖心を同時に抱いた。
「どないなっとんねん!!冗談にしては、やり過ぎやぞ!!」
激怒して怒鳴りつけているにも関わらず、甲冑野郎はビクとも動かず槍を首元から離そうとはしなかった。
「私は大丈夫だ。離してやれ。」
王は手を上げて、槍を下げさせる指示をだす。
「し、しかしこの男は!」
「良いと言っているのに、私に逆らうのか?」
王の冷徹な威圧感がピリピリと伝わってくる。
甲冑野郎は渋々と、槍を下げて自分の近くへと納めた。
その雰囲気に飲み込まれた俺は、何かの異常を感じ取り、それ以上は近づく事はしなかった…と言うよりも足を動かす事が出来なかったのだ。
凍りつくような空気が流れてくる。
「なかなか利口な部分もあるじゃないか。」
王は不気味な笑顔を浮かべて俺に問いかけた。
「何故君は、この世界に呼ばれたか分かるか?」
「この世界?」
この特設ステージの事だろうか?
いや、雰囲気的に違う物を感じる。
「お前を異世界から、私が勇者として召喚したからだ。」
こいつ何を訳のわからない事を言っているんだ?
RPGやファンタジーの世界でもない限り、そんな事があり得るわけがない。
最初に感じた恐怖心を抑えつつ、俺は勇気をだして言葉を発した。
「仙谷さん…こんな事してたら、ほんま警察沙汰やで…。今やったら、謝罪すれば慰謝料だけで許したるから…。」
俺は一歩前に踏み込んだ。
踏み出した足元から急に何かが飛び出し、髪の毛をかすめ取っていく。
ゆっくり顔を上に向けるとツララ状の氷が突き刺さっているのが見える。
「大人しく人の話を聞いてる方が、身の為だぞ。」
額から汗を流しつつ、これ以上抵抗すると命の危険さえ感じ取れた。
もうこいつは仙谷さんとは別の人物として考えた方がいいだろう。
王は強制的に話を続ける。
「勇者『のぶお』よ!今こそ我々の国や民の為に、戦いに出て欲しい。」
「ちょっ、ちょっとまって!」
何か名前が違ったのは気のせいだろうか…。
「『のぶお』って誰や?」
「お主じゃ。」
聞き間違いでは無いらしい。
「俺は『ともお』って名前なんやけど!」
「何を馬鹿な事を…召喚する相手の名前は、儀式前に宣告されていて『のぶお』と言われている!」
「それって…もしかして、人違いって事はないのか?」
「…口答えする気か!」
王は激怒する。
また凍りつくような空気が流れ始め、今度は先ほどより温度が低下している気がした。
再度ツララを飛ばされるかもしれないと、直感を働かせ全力で謝罪を申し立てる。
「わ、わかった!『のぶお』でも『のぶ代』でも『ドラ◯モン』でも呼び名は、好きに呼んでくれてかまわへん!!!」
温度が通常に戻る。
王はニッコリと微笑みながら。
「そうかそうか。それでは『のびお』よ…。」
「なんでやねん!!!全然ちゃうやんけ!!!」
完全に確信犯やんけ…。
しかし、このツッコミに対して王はまたもや激怒する。
それをもう一度、命乞いする形となり、そのやり取りを何回か繰り返し行った。
なんとかひと段落付く形で話がまとまる…。
「わかった!わかったよ…。俺がこの国を救ったるから、もうそれ以上は何も言わんとってくれ…。」
「そうか『卑弥呼』よ…。」
もう名前の変化が、訳分からなくなっていた。
ツッコミ所もぶっ飛んでいて、突っ込む気力も起こらない…。
「それで、戦う術が無い俺にどうやって戦場に行けと?」
「その心配は無い…。武器は伝説の剣を用意する。金貨を持たせるから、防具は城下町に出て購入するがよい。」
王のお付の者を一人呼びつけ、お供して貰うことになった。
俺は出かける前に、もう一つ気になる事を質問する。
「王様…。」
「敬意を込めて、ローリング・ストーンと呼ぶ事を許可する。」
あかん…突っ込んだらまた苦労する…。
耐えろ…耐えるんや…。
「ろ、ローリング・ストーンさん…100歩譲って俺が勇者として召喚された事は認めるんけど、この国は何の救済を求めているんでしょうかね?」
「物資じゃ…。物資が非常に足りない状態となっておる。」
王は深刻そうな顔をして、こちらに訴えかけた。
「他国との連携を取り政治を行って来たのだが、一方的に向こう側の国が対立を申し立て、戦争までつながってしまったのだ…。その為、我が国は非常に物資が不足している状況で、私を含めた国民全員が苦しんでおる…。」
なるほど…動く理由に一理あるか。
「一応やるとは言った以上責任を持って遂行はするが、俺に期待はすんなよ?」
「否が応にも、我が国は君に期待するしかないのだよ…。」
話を終えて、お付の者と一緒に裏門をくぐり抜け城下町へと出た。
自分の居た世界とは全く別の風景が広がっている。
詳しくは知らないが、古代ローマ帝国風の街並みじゃないだろうか。
俺は本当に異世界に来ているらしい…。
少しづつ実感を噛み締めていると、すぐに町の商店街までやって来た。
本当に物資が足りなくて困っている様子が一つも見当たらない気がする。
「なんや、いっぱい物が溢れてると思うねんけどな。ほんまに物資が不足してるんかいな?」
「不足しています。ここで見えている景色は本の一角にすぎません。」
しばらく歩いていると、いい匂いを漂わせた屋台の前までたどり着いた。
俺のお腹が急にモンスターが叫んだように唸り出す。
「ちょっと寄り道していきますか?」
「おっ、気前ええやん!」
屋台に並んでいたのは、見た目はたこ焼きその物だった。
お付の者は銅貨6枚を手渡し、2パック購入する。
その一つを手渡され、目的地に歩きながら食す事にした。
「普通にたこ焼きやん!」
一口頬張ると、フルーティなソースと丸い生地が絶妙に絡み合い、中には弾力あるタコのような食感を堪能できる。
本場大阪の味に匹敵するぐらい旨いと感じた。
お付の者は『たこ焼き』と言う名称に疑問の顔を浮かべている。
「これは、ゲイザーボールと言う由緒正しき国の伝統料理でございます。けして『たこ焼き』と言う無粋な名前ではありませんよ。」
「いやいや!これどう考えても『たこ焼き』やろ!中にタコも入ってるし。」
「中身は、ゲイザーと言う9本足のモンスターが食材になっていますよ。」
急に食べる気が失せてきた。
よくよく考えると、ここは異世界らしき所で俺の常識は通用しない。
しかし、勿体無い精神と空腹に背は変えられないと思い、一気にゲイザーボールを完食する。
味は『たこ焼き』その物なのだ。
たこ焼きと思って食べれば、全然食べれる…。
「随分とお腹が減っていたのですね?私の分も食べますか?」
「ご、ご行為は嬉しいけど、え、遠慮しときますわ!」
声が少し裏返る。
話題を逸らす為に、違う話題を振った。
「それはそうと、ここの通貨の事を知りたいんだが。」
お付の者は快く教えてくれる。
金貨・銀貨・銅貨の3種類のコインが異世界全土での共通硬貨らしい。
銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚となる。
現世と比較するならば1万円が金貨1枚で1000円が銀貨1枚、そして100円が銅貨1枚と言ったところであろう。
細かい単位が無いぶん、現世より分かりやすくて覚えやすい。
丁度説明が終わった頃に、目的の場所へと辿り着いた。
「ここが王宮御用達の防具店でございます。」
促されるがままに店内へ入っていく。
店員の元気な掛け声が聞こえてきた。
「ぶひぶひぶひぶひぶひぶひー」
いやちょっとまて…。
このデジャブはなんだ…。
俺が突っ込みを入れようと思った時には、既にお付の者が普通に店員と喋っている光景があった。
「今日はこの者の防具を新調したいのだが」
「ぶぶぶひぃ(任せろ)」
理解して会話しているのだろうか…俺にはさっぱり理解が出来ない。
突っ込むタイミングを見失い、呆然とやり取りを眺めていた。
しばらくすると店の奥からゴテゴテしい、とても重量感のある鎧が俺の前へと運ばれてくる。
「え?これを着るのか?」
「ここの店長は、誰でも一目見るだけで自分にあった鎧をチョイスしてくれる事で有名なんですよ。」
「いやいや、こんな重そうな鎧を着れるわけが無いやないか!」
しばしの沈黙の後、笑いが生じた。
「あなたは、面白い冗談を言うのですね。」
「ぶひっぶひっぶひっぶひっ!(笑い)」
「何が、おかしいねん!」
笑われた理由が理解出来ないまま、キレ気味で怒鳴りつける。
「いいから、試着してみてください。」
促されるままに鎧を手に持つ。
やはり重い…。
こんなものを着ることはできるが、動くことは絶対に出来ないと思いながら袖を通した。
胸・腕・足の鎧をすべて装着する。
「やっぱ動かれへんやんけ!」
「そのままだったらね。」
お付の者は、俺の鎧の胸辺りに付いている模様を手で触れた。
その模様が軽く光りだして、重かった鎧は劇的に軽くなっていく事を感じる。
「え?えっ?」
もはや軽くなった勢いを通りこして、自分の体も軽く感じる程だった。
「な、な、なんやこれ!」
「魔法の加護を付けているので、自分の体に合わせて、より動きやすい身体になるはずですよ。」
日頃の仕事やストレスで疲れが溜まった肩こり腰痛なども軽減されていて、本当に自分の体では無い感覚が身体を駆け巡っている。
これなら世界の1つや2つ簡単に救ってしまえそうな気がした。
「なんか、俄然やる気がでてきたで!」
俺は本当に異世界に来たことを、自分にかけられた魔法と言う存在でやっと完全に信じる事ができたのである。
さっさとこの世界を救って、元の世界で心配してくれているであろう『なっちゃん』の元へ帰ろう。
今なら何でもできる気がしていた。
お付の者が店長に銀貨8枚を手渡し会計を済ませている。
現世の値段で8000円とは、お高い買い物だな…。
お付の者が最後の買い物を済ませると、帰る準備をしながら俺に話しかけてくる。
「そろそろ帰りましょうか。少し遅くなってしまったので、コレを使いましょう。店長これを頂きますね。」
防具店の店頭に少しだけ並んでいる、砂色の石を金貨3枚だして購入した。
「金貨3枚!?」
俺は驚きを隠せない。
この石っころが俺の鎧より高い物とは思えなかったからだ。
「金貨3枚でしたら良心的な値段ですよ?」
「いやいや、そういう問題じゃなくて…。」
「使えば、すぐに価値がわかりますよ。さぁ、手を出して下さい。」
俺は困惑しつつも手を差し出した。
お付の者は躊躇なく手を鷲掴みしてきた。
手で握り潰すように、砂色の石に力を込めている。
すると辺りが真っ白にフェードアウトしていく。
「え?なんや?何が起こったんや?」
「転移結晶の効果で周りが一瞬白く見えてるだけです。しばらくすると王宮前まで戻りますよ。」
やがて白の世界から、城の裏口まで瞬時に移動していた。
「それでは城の内部に戻りましょうか?」
「凄いことは理解できたよ…。でも納得出来ないことが一つあるから言わせてもらってええかな?」
「なんでしょう?」
俺は顔を引きつらせながらお付の物に喋りかける。
「金貨3枚は、さすがに勿体無いことないかい?」
あんな近い距離を3万円で移動など、タクシーでもありえない金額である。
それをいとも簡単に使ってしまう、お付の者の心境が知りたかったのだ。
「あれが普通ですよ?なにか問題でも?」
「ありや!大ありやで!!歩いても十分帰る距離をあんな大金を出して直ぐに帰るとか、だらけすぎや思わないんか?」
「金貨3枚が大金ですか?」
価値観の違いがここで大きく見えた気がした。
「わ、わかった…君の思想はよくわかった…。引き止めて悪かった。」
俺はお付の者と城の内部に戻り、案内されるままについて行く。
しばらく進むと、豪勢な扉の前まで案内された。
「ここがあなた様の部屋となっております。明日の戦いに備えて英気を養ってください。」
「なんか色々ありすぎて急に力が抜けてきたわ…。」
俺はお付の者に見送られて、部屋の中へと入る。
疲れがゾッと押し寄せたせいで、部屋の内装を詳しく見ることもなく、ベッドの上にダイブした。
そのまま電源を落としたかのように気を失っていた。
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