短編集「めおと」

あおみなみ

文字の大きさ
上 下
25 / 32
あいさつ通り

礼儀正しい子

しおりを挟む
地域住民による不審者への「声掛け」で、犯罪抑止効果も期待できるとか。
地域コミュニティあるあるです。

コメディにしようか現代ドラマにしようか、最後まで迷った地味な小話です。

***

 突然、見知らぬ小学生に路上で「おはようございます」「こんにちは」と声をかけられることがある。

 最近は、たとえ見知らぬ人であっても、地域住民から進んで挨拶などの声掛けをすることで、牽制というか犯罪を未然に防ぐ効果があるということで、地域コミュニティと縁の深い公立小中学校では、児童生徒に挨拶を奨励しているところが多いという。

 悲しいかな、これが見知らぬ大人だと、フレンドリーであればあるほど警戒してしまう人が多い。
 そんな人でも、幼気いたいけな子供に元気に挨拶されれば悪い気はしない。
 同じように「おはよう」と笑顔で返したり、てれ気味に首を縦に振るだけだったり、反応は様々ながら、なかなか完全スルーはできないものだ。

◇◇◇

 波奈笠はながさ第3町会。
 20年、30年前は新興だった住宅街だが、今や代替わりし、新しい住民との入れ替わりもあり――という、よくある地方の郊外の町会である。
 市立小学校までは5~10分で行けるのと、私立の学校があまりないということで、この地域で生まれた子供は、みんなその小学校に通う。

 そんな街の小さな一軒家に住んで25年目の杉村夫妻には子供がなかった。
 2人とも50代前半で、夫は一貫して同じ企業に勤め続け、趣味は登山と写真。
 妻は気が向くとアルバイトに行ったり、公民館の「郷土の歴史講座」を聴講に行ったり、友人と観劇に行ったり、気ままに暮らしていた。

 2人とも子供はもともと好きでも嫌いでもなかったが、小中学校の「挨拶運動」で声をかけられると、にこやかに返していた。

 ところで、「地域の皆さんにあいさつを」といっても、いつでもどこでも誰彼構わずというわけではない。
 学校から広い県道に出るまでの500メートルほどの緩い坂道は、「あいさつ通り」「あいさつゾーン」などと呼ばれ、主にそこで出会った人に挨拶しましょうと小学校では指導されていた。
 杉村夫妻の家は、その坂道沿いにあったので、夫は出勤時間、妻は児童たちの下校時間に声をかけられることが多く、タイミングが合えば、こちらから「おはよう」「お疲れさま。学校楽しかった?」などと声をかけることもあった。

◇◇◇

 杉村夫妻は2人とも、テレビドラマが好きだったので、夕食後に晩酌やお茶をしながら一緒に見ることが多い。
 今期は私立名門女子高校を舞台にしたサスペンスドラマを2人とも気に入って見ている。
 2人が若い頃に人気のあったアイドルが、イメージをがらりと変え、やたらと悪辣な教頭役を怪演しているのが意外に評判だ。

「それにしても、こんな学校教師って、そうそういないよね」
「まあ、ドラマにありがちな戯画化ってやつだしね」
「というか、今どきあのメガネってありなの?昭和のざーますババアかっての(※下記注)」
「うちのおふくろ、若い頃かけてたよ」
「えー、あのお義母《かあ》さんが?」
「時代だよ、時代」

「この女優、普通にしてると君にちょっと似てるよね」
「えー、おだてても何も出ないわよ?まあ若い頃は割とそれ言われること多かったけど」

 アイドル時代も美少女というよりも、コミカルで明るいキャラクターで人気だったせいもあるが、近年はバラエティー番組で若い層の認知度が高いタレントである。
 一般の初老女性としては、一応そんな芸能人に似ていると言われるのは、満更ではない。

 ドラマの筋とはあまり関係ないところで、2人の話は盛り上がる。
 ついでにお互いの日中のちょっとした出来事エピソードも披露された。

「なんだか礼儀正しい中学生に挨拶されたの。「お久しぶりです」なんて一方的にまくしたてられて」
「誰かと間違えたのかな?友達のお母さんとか」
「かもね。あいさつゾーンじゃないところだし、中学校では違う指導してるのかも」
「挨拶すること自体は悪いことじゃないし、感心な子じゃない?」
「そうね。ま、私ら確かに中学生の子がいたっておかしくはない…」

 杉村妻は、そう言いかけてやめた。
 2人とも子供を持たなかったことについて、特にネガティブに捉えているわけではないが、やはりデリケートな話題ではあった。

「ね、お茶のお代わりちょうだい。この間のお土産の饅頭もまだ残っているよね」

 杉村夫はさりげなく話題を変えた。

「こんな時間に?太るよ」
「1個ぐらい大丈夫だろ?」
「…だね、じゃ、私も」

 そんなこんなで夜が更ける。



※若い方――がこれを読んでいた場合、共通認識をなかなか得られないかもしれませんが、目じりがとがったみたいな形の「そういう眼鏡」がありまして。
ちなみに「昭和のざーますばばあ」で検索したら、かなり上位に「塩沢とき」さんのウィキペだったのはウケました。何とお懐かしや。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

『「愛した」、「尽くした」、でも「報われなかった」孤独な「ヤングケアラー」と不思議な「交換留学生」の1週間の物語』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です! 今回は「クリスマス小説」です! 先に謝っておきますが、前半とことん「暗い」です。 最後は「ハッピーエンド」をお約束しますので我慢してくださいね(。-人-。) ゴメンネ。 主人公は高校3年生の家庭内介護で四苦八苦する「ヤングケアラー」です。 世の中には、「介護保険」が使えず、やむを得ず「家族介護」している人がいることを知ってもらえたらと思います。 その中で「ヤングケアラー」と言われる「学生」が「家庭生活」と「学校生活」に「介護」が加わる大変さも伝えたかったので、あえて「しんどい部分」も書いてます。 後半はサブ主人公の南ドイツからの「交換留学生」が登場します。 ベタですが名前は「クリス・トキント」とさせていただきました。 そう、南ドイツのクリスマスの聖霊「クリストキント」からとってます。 簡単に言うと「南ドイツ版サンタクロース」みたいなものです。 前半重いんで、後半はエンディングに向けて「幸せの種」を撒いていきたいと思い、頑張って書きました。 赤井の話は「フラグ」が多すぎるとよくお叱りを受けますが、「お叱り承知」で今回も「旗立てまくってます(笑)。」 最初から最後手前までいっぱいフラグ立ててますので、楽しんでいただけたらいいなと思ってます。 「くどい」けど、最後にちょっと「ほっ」としてもらえるよう、物語中の「クリストキント」があなたに「ほっこり」を届けに行きますので、拒否しないで受け入れてあげてくださいね! 「物質化されたもの」だけが「プレゼント」じゃないってね! それではゆるーくお読みください! よろひこー! (⋈◍>◡<◍)。✧♡

短編集『市井の人』

あおみなみ
現代文学
一般庶民のちょっとしたお話を集めました。 ※一部、他の短編集とかぶっているエピソードもあります。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

世界の端に舞う雪

秋初夏生(あきは なつき)
現代文学
雪が降る夜、駅のホームで僕は彼女に出会った まるで雪の精のように、ふわりと現れ、消えていった少女── 静かな夜の駅で、心をふっと温める、少し不思議で儚い物語

処理中です...