短編集「めおと」

あおみなみ

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遅刻します

遅刻のペナルティー

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 2日目まではトラブルなく終わったが、3日目、速足で職場に向かおうとしているミスズは、サンサンストアの前で老夫婦に声をかけられた。
 正直、時間的にかつかつなので、聞こえないふりをしようと思ったほどだったが、それができれば苦労はしない。しかも、「私たち、瀬瑞市役所に行きたいんですが…」と言う。

 たまたまバス停が近かったので、「そのバス停から乗れるバスなら、どれでも停まりますよ」と言ったら、「歩いていきたい」と返されてしまった。

 バスなら4分足らずで着く距離だが、ミスズはまだ若いし、バス待ちの時間がもったいないという理由で、速足で歩いて行くつもりだったというだけの話だ。
 しかも、どうやらご主人は足が悪いらしい。その状況で「歩いていきたい」と言われ、正直言えば軽くイラッと来たが、「とにかくバスかタクシーで行ってください」などと指図めいたことが言えないのがミスズという人間だった。

 それからもう一つ、バスなら自動車専用道を通って1本で行けるが、歩行者と自転車は、駅前商店街を抜け、踏切を渡って――と、結構面倒くさいルートを通らなければたどり着けない。これを土地勘のなさそうな人に口頭で伝えるのが難しい。
 気づけば、「あの、実は私も市役所に行くところなので、ご一緒にどうでしょう?」などと言っていた。

◇◇◇

 ミスズは振り返りつつ、2人の少し前をゆっくり歩いた。
 前述のような条件がそろってしまえば、当然のように時間がかかる。

 本来ならば職場に「少し遅くなります」と電話したいところだが、せっかく見つけた公衆電話も使用中だったりでままならず、何より老夫婦の手前、電話すること自体がはばかられた。

 やっと市役所までたどり着き、1階のエントランスのところで「では、私はこれで…」とエレベーターに乗り込もうとしたら、奥さんに呼び止められた。

「私たちのせいで遅くなってしまって、本当にすみません」
「ああ――大丈夫です」
「それで、何かお礼を…」
「いえ、大したことはしていないので、お気になさらず…」
 と、ミスズが言ったタイミングで、奥さんは紙袋から羊羹を一さお取り出した。
 ミスズの大好きな二岐ふたまた羊羹本舗のパッケージで、「栗」と書いてあった。
「こんなむき出しで悪いんだけど、受け取ってもらえる?」
「いえ、あの、その…」
「このままじゃ私たちの気が済みません。助けると思って受け取って」
「はあ――では、遠慮なく」
 そこで改めてミスズは深々と頭を下げ、エレベーターに乗り込んだ。

(ちょっとちょっと、知らない人から大好きなお菓子もらっちゃったよ!)

 これから職場に行き、大幅遅刻の謝罪をしなければならないきまり悪さはあったものの、ちょっとした非日常的な出来事に、妙に高揚感を覚えた。

◇◇◇

 さて、遅刻に関しては、「今はお盆のまったりムードだから大丈夫」と言われただけあり、「どした?寝坊?」などと先輩職員にいじられる程度で済んだのだが、さすがにミスズがむき出しで「二岐羊羹 栗」を手に持っているさまは不審だったようだ。

「それどうしたの?」
「あの――遅刻のペナルティーです。今日の三時おやつに心を込めて切りますね」

 瀬瑞は山間部で茶の栽培が盛んなこともあり――ということが関係しているかは分からないが、ミスズの職場は甘党、殊に和菓子好きが多い。「やったね!」と、軽く歓声が上がった。

◇◇◇

 待ちに待った15時のティータイム(といっても仕事をしながらだが)。
 ミスズは5年先輩の片岡という女性職員ととともに、給湯室で羊羹を切り、皿に盛り付けていた。

「で、結局今日は何で遅れたの?
 連絡もよこさないなんて、あんたらしくない」
「あー…言ってもいいんですけど…意外と言えないもんですね」
「何それ?」
「正義の味方が「名乗るほどのものでもない」とか言っちゃう気持ち、今日ちょっとだけ分かりました」
「ちょっと!私は余計にモヤモヤするんだけど?」
「まあまあ…いいじゃないですかあ」

 「人助けをしていて遅れます」というのは、遅刻の言い訳の定番の一つだと思っていたのだが、人助けをしていた場合、「自分からそんなこと言えるか!」になるものだなと、ミスズは初めての経験を、好物の栗羊羹とともにかみしめた。

【『遅刻します』 了】
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