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家族
カサブランカ
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ナルがベルのためにたんぽぽ茶を用意していたのは、実は出産前からでした。
この味を気に入ってくれるかどうかは分からなかったので、出産後「赤ちゃんのために」と言えば飲むだろうと思い、たんぽぽをモチーフにしたデザインのマグもこだわって買いました。
ベルはたんぽぽ茶もマグも気に入ったようで、ラボの片隅に置かれた1人がけのソファに腰かけて「思ったより飲みやすいね。おかわりある?」と言って、結局3杯飲み干しました。
そのいすは、あの日緊張気味だったタカも同じように腰掛けたものです。
ナルが「もっと深く腰掛けて、リラックスしたらいいよ」と言いながらお茶のカップを渡すと、「これすごくおいしいですね。ハチミツとか入ってるんですか?」と言って2杯飲み、気付けば眠っていました。
ベルも、あのときのタカと同じように、無防備で無邪気な寝顔をナルに見せています。
「寝顔だけは相変わらずかわいいね…アリサのことは私に任せて、ゆっくりお休み、ベル」
ナルはそう言った後、ベルの唇に軽く口づけをしました。
***
アリサはすくすく成長し、間もなく2カ月になります。
その日はまさに小春日和というべき天気で、ときどき穏やかな風が吹いていました。
ナルは籐でできた背の高い寝台を庭に出し、そこにアリサを寝かせながら、ユリの球根を植えていました。
作業の合間にアリサをのぞき込むと、一瞬驚いたような顔をしてから、キャッキャと声を立てて笑いました。
この月齢の赤ん坊は、まだ視力も安定していないといいますが、多分本能で「ナル」という保護者を認識し、そう反応しているのでしょう。
「アリサ、今パパが植えたお花は「ユリ」っていうんだよ」
「優雅で美しい白い花が咲くんだ。アリサにも、そんなふうに育ってほしいな」
アリサはもちろん、何を言われても、笑うかきょとんとするかで、意味は分かっていません。
「パパ、このおうちを売って、別なところに行くことも考えているんだよね」
「ここは大好きだったけど、アリサと本当の家族になるために、いろいろ面倒なことをしなくちゃいけなくて」
「ベルの――君を産んだ人の思い出に、この花を植えたけど」
「お花が咲く前に、ここを離れることになるかもしれないね」
「どこに行っても、二人で力を合わせて仲よく暮らしていこうね」
「これからパパは、アリサのためだけに生きていこうと思うんだ」
ナルが植えたユリの品種は、スペイン語で「白い家」という意味を持つCasablancaでした。
その地下深くには、“最後”までナルに愛された記憶だけを持ったベルが、安らかに眠っています。
【本編 了】
この味を気に入ってくれるかどうかは分からなかったので、出産後「赤ちゃんのために」と言えば飲むだろうと思い、たんぽぽをモチーフにしたデザインのマグもこだわって買いました。
ベルはたんぽぽ茶もマグも気に入ったようで、ラボの片隅に置かれた1人がけのソファに腰かけて「思ったより飲みやすいね。おかわりある?」と言って、結局3杯飲み干しました。
そのいすは、あの日緊張気味だったタカも同じように腰掛けたものです。
ナルが「もっと深く腰掛けて、リラックスしたらいいよ」と言いながらお茶のカップを渡すと、「これすごくおいしいですね。ハチミツとか入ってるんですか?」と言って2杯飲み、気付けば眠っていました。
ベルも、あのときのタカと同じように、無防備で無邪気な寝顔をナルに見せています。
「寝顔だけは相変わらずかわいいね…アリサのことは私に任せて、ゆっくりお休み、ベル」
ナルはそう言った後、ベルの唇に軽く口づけをしました。
***
アリサはすくすく成長し、間もなく2カ月になります。
その日はまさに小春日和というべき天気で、ときどき穏やかな風が吹いていました。
ナルは籐でできた背の高い寝台を庭に出し、そこにアリサを寝かせながら、ユリの球根を植えていました。
作業の合間にアリサをのぞき込むと、一瞬驚いたような顔をしてから、キャッキャと声を立てて笑いました。
この月齢の赤ん坊は、まだ視力も安定していないといいますが、多分本能で「ナル」という保護者を認識し、そう反応しているのでしょう。
「アリサ、今パパが植えたお花は「ユリ」っていうんだよ」
「優雅で美しい白い花が咲くんだ。アリサにも、そんなふうに育ってほしいな」
アリサはもちろん、何を言われても、笑うかきょとんとするかで、意味は分かっていません。
「パパ、このおうちを売って、別なところに行くことも考えているんだよね」
「ここは大好きだったけど、アリサと本当の家族になるために、いろいろ面倒なことをしなくちゃいけなくて」
「ベルの――君を産んだ人の思い出に、この花を植えたけど」
「お花が咲く前に、ここを離れることになるかもしれないね」
「どこに行っても、二人で力を合わせて仲よく暮らしていこうね」
「これからパパは、アリサのためだけに生きていこうと思うんだ」
ナルが植えたユリの品種は、スペイン語で「白い家」という意味を持つCasablancaでした。
その地下深くには、“最後”までナルに愛された記憶だけを持ったベルが、安らかに眠っています。
【本編 了】
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