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家族
ベルとアリサ
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ベルは9月の冷たい雨が降る日、無事美しい女の赤ちゃんを出産しました。
名前は「アリサ」といいます。もちろんナルが付けました。
自宅出産の産声が周囲の家に聞こえたかどうか、確認することもありませんでしたが、聞こえたとしても、「住宅街のどこかの家の新生児」程度に捉えられたでしょう。
「アリサはナルにそっくりだね」
「私はこういう顔をしているのか…」
新生児の顔は毎日のように変わるといいますが、間違いなく、毎日毎日少しずつ美しくなっています。
幸せそうに微笑むベルの顔は、母親としての喜びで輝いていましたが、ナルだけは別な思いで見ていました。
(ベルは…こんな顔だったか?)
日々愛らしくなっていくアリサと並んで写真を撮ると、なぜかその平凡さが際立ちます。
嫌悪するほど醜いわけではないのですが、簡単な言葉でいうと「これじゃない」という雰囲気でしょうか。
アリサにはベルに似た部分もあるにはあるのですが、もしこの「家族」を目にした人が、アリサの顔をじっくりのぞき込んだら、大抵は「まあ、パパそっくりね」と言うでしょう。
***
孤独を愛し、無自覚に打算的なところのあるナルは、たまたま知り合ったすずを、「自分がストレスなく接することができる理想の少女」として育ててきたつもりでした。
結果、いま自分の目の前にいるのは、生まれたばかりの美しいアリサと、その平凡な母親になってしまったベルです。
「ベル」が「すず」だった幼い頃は、わがままを言って自分を困らせたこともありましたが、腹も立たず、優しく温かな気持ちで受け入れていたことをナルは思い出しました。
なのに今は、たどたどしい手つきながら、かいがいしくアリサの面倒を見ているベルに、今まで感じなかった感情が湧きました。
(なぜこの女は私の家にいるんだ?)
「ねえ、ベル」
「なあに?」
「アリサが寝ついたら、僕のラボでお茶を淹れてあげよう。タンポポ茶だよ」
それはベルには未知のものでしたから、少し警戒して恐る恐る尋ねました。
「タンポポ?それは苦くないの?」
「大丈夫だよ。それに飲めば母乳がたくさん出るようになるから、アリサも喜んでくれるよ」
ベルはそれを聞き、満面の笑みを浮かべました。
ナルがいつだって自分のことを考えてくれます。だから嫌なこと、辛いことを強いるはずがないのです。
「ありがとう!ナル、大好き!」
ベルはアリサをベビーサークルに柔らかく寝かせた後、ナルの後ろから腕を巻き付け、彼の肩に自分の顔を押し付けました。彼に甘えるときのしぐさの1つです。
ナルはそうされると、ベルがひくひく、くんくんと鼻を動かしているのをかすかに感じました。
どこか小動物のペットみたいなしぐさが愛おしく、そのまま床や寝台に組み敷いて――ということが多かったので、それはいつしか「おねだり」のサインにもなっていました。
しかし今回はいつもと違い、ナルはベルの片方の手にそっと触れる以外、ほぼ無反応でした。
(私もかわいい君が大好きだったよ、ベル)
名前は「アリサ」といいます。もちろんナルが付けました。
自宅出産の産声が周囲の家に聞こえたかどうか、確認することもありませんでしたが、聞こえたとしても、「住宅街のどこかの家の新生児」程度に捉えられたでしょう。
「アリサはナルにそっくりだね」
「私はこういう顔をしているのか…」
新生児の顔は毎日のように変わるといいますが、間違いなく、毎日毎日少しずつ美しくなっています。
幸せそうに微笑むベルの顔は、母親としての喜びで輝いていましたが、ナルだけは別な思いで見ていました。
(ベルは…こんな顔だったか?)
日々愛らしくなっていくアリサと並んで写真を撮ると、なぜかその平凡さが際立ちます。
嫌悪するほど醜いわけではないのですが、簡単な言葉でいうと「これじゃない」という雰囲気でしょうか。
アリサにはベルに似た部分もあるにはあるのですが、もしこの「家族」を目にした人が、アリサの顔をじっくりのぞき込んだら、大抵は「まあ、パパそっくりね」と言うでしょう。
***
孤独を愛し、無自覚に打算的なところのあるナルは、たまたま知り合ったすずを、「自分がストレスなく接することができる理想の少女」として育ててきたつもりでした。
結果、いま自分の目の前にいるのは、生まれたばかりの美しいアリサと、その平凡な母親になってしまったベルです。
「ベル」が「すず」だった幼い頃は、わがままを言って自分を困らせたこともありましたが、腹も立たず、優しく温かな気持ちで受け入れていたことをナルは思い出しました。
なのに今は、たどたどしい手つきながら、かいがいしくアリサの面倒を見ているベルに、今まで感じなかった感情が湧きました。
(なぜこの女は私の家にいるんだ?)
「ねえ、ベル」
「なあに?」
「アリサが寝ついたら、僕のラボでお茶を淹れてあげよう。タンポポ茶だよ」
それはベルには未知のものでしたから、少し警戒して恐る恐る尋ねました。
「タンポポ?それは苦くないの?」
「大丈夫だよ。それに飲めば母乳がたくさん出るようになるから、アリサも喜んでくれるよ」
ベルはそれを聞き、満面の笑みを浮かべました。
ナルがいつだって自分のことを考えてくれます。だから嫌なこと、辛いことを強いるはずがないのです。
「ありがとう!ナル、大好き!」
ベルはアリサをベビーサークルに柔らかく寝かせた後、ナルの後ろから腕を巻き付け、彼の肩に自分の顔を押し付けました。彼に甘えるときのしぐさの1つです。
ナルはそうされると、ベルがひくひく、くんくんと鼻を動かしているのをかすかに感じました。
どこか小動物のペットみたいなしぐさが愛おしく、そのまま床や寝台に組み敷いて――ということが多かったので、それはいつしか「おねだり」のサインにもなっていました。
しかし今回はいつもと違い、ナルはベルの片方の手にそっと触れる以外、ほぼ無反応でした。
(私もかわいい君が大好きだったよ、ベル)
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