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モモコ十八歳(1)
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1980年代後半のある年のこと。
上京したての百子が、引っ越しの荷物を部屋に配置し、どうにかこうにか生活らしきものをし始めた頃、お出かけといえば近所のスーパーや大きな公園程度の話だった。
それでも、郷里の友達や、やたらと手紙でコンタクトを取りたがる高校時代の恩師に、「買い物はもっぱら近所の〇〇ストア(東京近郊にしかない店舗)」とか、「この間△△公園に行ったらバザー(**下記注)みたいなのをやってて、外国人の巻き毛がかわいい男の子がポップコーンを売っていたよ」といった、どこか都会暮らしの薫りがする(と百子は考えている)ワードを散りばめた手紙を認めるのは、少しいい気分だった。
**注
今なら「フリマ」の方が通りがいいかもしれません。
当時からFlea Market(蚤の市)という言い方が一般的だったかどうか、正確に記憶にありませんが、少なくとも「フリマ」という略称はかなり近年市民権を得たという肌感です。
◇◇◇
故郷の両親とは、 「勉強が本分なのだから」と、夏休みまではアルバイトをしない約束になっている。
専門学校の学生寮に入ったので、生活費の負担はある程度低く抑えられるし、既に働き始めている年の離れた姉も経済的に援助してくれているとのことなので、わがままは言えない。
小遣いとして使えるのは月2万円。地方の高校生ならうれしい金額だろうが、それなりにおしゃれもしたい、三度の食事以外の娯楽的な飲食もしたい、映画やライブにも行きたい――というトーキョーの若い娘にとっては、なかなか厳しい金額に思えた。
増額やおねだりには応じてくれるかもしれないが、百子の性格上、「それができれば苦労はないよ」と愚痴を言うだけ。
かといって、足りない分をバイトで稼ごうにも、夏まではそれもできない。
たったの3カ月だが、最初が肝心という言葉もある。
「東京で親に口出しされないで暮らしたい」という意味ならば、高校時代からバイトに精を出し、コツコツ金を貯め、学費やひとり暮らしの費用に充てるという選択肢もあったし、同級生の中にもそういう者はいた。
高校3年間、大学に行くつもりで塾、予備校、模擬試験に時間を費やしてしまったことが悔やまれた。
あの時間を全てアルバイトに宛てて蓄えておけば、学費と寮費は親がかりにせよ、自由に使えるお金がたくさんあったはずだ。
このあたりに百子の展望の甘さがにじみ出ているが、こんな18歳の少女は百子以外にもごまんといるし、責められるほどのことでもない。
◇◇◇
手持ちの服で自分なりにおしゃれを工夫して、百子は憧れの東京での暮らしをスタートさせた。
百子のことを陰で「ダサい」「イモくさい」と言うような子と、その普通さを美点として捉えて親しげに声をかけてくる子がいた。
仮にそういう属性に分かれているとしても、そこに出身地が都会か田舎かはあまり関係なかったし、後者のタイプの楽しい友人がそれなりにできた。
あまりぜいたくはできないが、一緒にお茶や食事を楽しむこともあるし、いわゆるウインドーショッピングも、「お金がたまったら」「バイトできるようになったら」こういうものが買いたい――と考えると、それはそれで楽しめた。
東京に実家があり、キレイで優しそうな母親と一緒につくった料理を自宅でふるまってくれる子もいて、「この子って実はお嬢様だったのか!」と圧倒されたこともあったが、そんなことも手紙に書く近況エピソードとしてはオイシイものだった。
◇◇◇
学校の同期生たちとの男女の垣根がない友達付き合いも、女子高校に通っていた百子には新鮮なものだった。
中には気になる男子もいたが、具体的に付き合いたい思っていたわけでもなく、「でも、向こうが何か声をかけてくれたら…」と薄ぼんやりと考えていた。
「西日本のどこかの県(聞いたけれど忘れた)出身のマツモト君」に百子は目が行った。
背が高くて細めで、平凡な顔立ちだが、時々飛び出す聞きなれないお国訛りになぜか好感が持てる。
高校時代は駅伝部で頑張っていたらしく、百子が出身地を言うと、「T高校強いよね。それしか知んないけど」と屈託ない顔で笑いながら言った。
T高校は百子が住んでいた隣町にある私立高校で、百子自身にとっても「スポーツが何となく強そう」という認識の学校だった。
上京したての百子が、引っ越しの荷物を部屋に配置し、どうにかこうにか生活らしきものをし始めた頃、お出かけといえば近所のスーパーや大きな公園程度の話だった。
それでも、郷里の友達や、やたらと手紙でコンタクトを取りたがる高校時代の恩師に、「買い物はもっぱら近所の〇〇ストア(東京近郊にしかない店舗)」とか、「この間△△公園に行ったらバザー(**下記注)みたいなのをやってて、外国人の巻き毛がかわいい男の子がポップコーンを売っていたよ」といった、どこか都会暮らしの薫りがする(と百子は考えている)ワードを散りばめた手紙を認めるのは、少しいい気分だった。
**注
今なら「フリマ」の方が通りがいいかもしれません。
当時からFlea Market(蚤の市)という言い方が一般的だったかどうか、正確に記憶にありませんが、少なくとも「フリマ」という略称はかなり近年市民権を得たという肌感です。
◇◇◇
故郷の両親とは、 「勉強が本分なのだから」と、夏休みまではアルバイトをしない約束になっている。
専門学校の学生寮に入ったので、生活費の負担はある程度低く抑えられるし、既に働き始めている年の離れた姉も経済的に援助してくれているとのことなので、わがままは言えない。
小遣いとして使えるのは月2万円。地方の高校生ならうれしい金額だろうが、それなりにおしゃれもしたい、三度の食事以外の娯楽的な飲食もしたい、映画やライブにも行きたい――というトーキョーの若い娘にとっては、なかなか厳しい金額に思えた。
増額やおねだりには応じてくれるかもしれないが、百子の性格上、「それができれば苦労はないよ」と愚痴を言うだけ。
かといって、足りない分をバイトで稼ごうにも、夏まではそれもできない。
たったの3カ月だが、最初が肝心という言葉もある。
「東京で親に口出しされないで暮らしたい」という意味ならば、高校時代からバイトに精を出し、コツコツ金を貯め、学費やひとり暮らしの費用に充てるという選択肢もあったし、同級生の中にもそういう者はいた。
高校3年間、大学に行くつもりで塾、予備校、模擬試験に時間を費やしてしまったことが悔やまれた。
あの時間を全てアルバイトに宛てて蓄えておけば、学費と寮費は親がかりにせよ、自由に使えるお金がたくさんあったはずだ。
このあたりに百子の展望の甘さがにじみ出ているが、こんな18歳の少女は百子以外にもごまんといるし、責められるほどのことでもない。
◇◇◇
手持ちの服で自分なりにおしゃれを工夫して、百子は憧れの東京での暮らしをスタートさせた。
百子のことを陰で「ダサい」「イモくさい」と言うような子と、その普通さを美点として捉えて親しげに声をかけてくる子がいた。
仮にそういう属性に分かれているとしても、そこに出身地が都会か田舎かはあまり関係なかったし、後者のタイプの楽しい友人がそれなりにできた。
あまりぜいたくはできないが、一緒にお茶や食事を楽しむこともあるし、いわゆるウインドーショッピングも、「お金がたまったら」「バイトできるようになったら」こういうものが買いたい――と考えると、それはそれで楽しめた。
東京に実家があり、キレイで優しそうな母親と一緒につくった料理を自宅でふるまってくれる子もいて、「この子って実はお嬢様だったのか!」と圧倒されたこともあったが、そんなことも手紙に書く近況エピソードとしてはオイシイものだった。
◇◇◇
学校の同期生たちとの男女の垣根がない友達付き合いも、女子高校に通っていた百子には新鮮なものだった。
中には気になる男子もいたが、具体的に付き合いたい思っていたわけでもなく、「でも、向こうが何か声をかけてくれたら…」と薄ぼんやりと考えていた。
「西日本のどこかの県(聞いたけれど忘れた)出身のマツモト君」に百子は目が行った。
背が高くて細めで、平凡な顔立ちだが、時々飛び出す聞きなれないお国訛りになぜか好感が持てる。
高校時代は駅伝部で頑張っていたらしく、百子が出身地を言うと、「T高校強いよね。それしか知んないけど」と屈託ない顔で笑いながら言った。
T高校は百子が住んでいた隣町にある私立高校で、百子自身にとっても「スポーツが何となく強そう」という認識の学校だった。
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