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なかよし4人組
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A子はとある片田舎の町で生まれ育った。
積極的な性格ではないが、うまの合う友人は何人かいて、無難に高校まで過ごした。
卒業後は同じ県内の大きな街にある短大に進学した。
交通の便がいまひとつなので、自宅から通うことはできない。
しかし、引っ込み思案のA子に全くのひとり暮らしをさせることに難色を示した家族たちは、学校の寮に入ることを勧めた。
A子はもともとあまり自己主張するほうではないし、それを断るわけではないが、全く知らない人たちとひとつ屋根の下で暮らすことには、少しだけ不安があった。
といっても、自炊のキッチンや風呂・トイレが共同で、新入生は基本的にひとり部屋らしいということで、「テレビとかでシェアハウスってよく紹介してるでしょ、ああいうのだよ(きっと)」と姉に説明され、Aとしても憧れがないわけでもなかったので、前向きに捉えることにした。
ちなみに姉は、明るくて物おじしない性格で、地元の高校を卒業後すぐ同級生だった恋人と結婚し、婚家の手伝いをしているという生活だったので、ひとり暮らしも寮暮らしも経験が全くない。
それでも人徳というやつか、A子も「お姉ちゃんがそう言うなら」と素直に聞き入れたようだ。
***
A子の学生寮は自炊なので、朝ごはんはシリアル、夕飯はレトルトカレーで済ます人もいれば、数人のグループで凝った料理をつくり、誰かしらの部屋で楽しそうに食べている者もいた。
B子、C子、D子の3人組は、もともと同じ高校から入学してきたらしく、息ぴったりでいそいそと料理し、同じ学科の新入生仲間であるA子にも、最初のうちから気さくに声をかけてきた。
自炊がいよいよ板についてくると、「よかったら食べて」と、密閉容器や皿に料理をおさめ、部屋まで持ってきてくれたりした。
A子のシャイで控えめな態度をB子たちは好ましく思い、料理のお裾分けは定番化していった。
学校内でもよく声をかけるようになり、周囲は「なかよし4人組」的な見方をするようになっていた。
A子は「私も料理の仲間に入れてほしい」と何となく言い出せず、かといって3人にごちそうできるようなものを1人でつくる力量もなく、たまに外に遊びに出たときに、カフェなどで「ここは私が出させて」と申し出るくらいの感じで返礼していたつもりだった。
今日びのカフェというところは、飲み物一つとってもなかなかのお値段である。
ただでさえ4人分だし、「お腹すいちゃった」と言いつつ、パンケーキなどを食べる者もいる。
アルバイトもしていないA子にとっては軽い出費とはいえなかったが、時々夕ご飯をごちそうになっている身なので、これくらいはしなくちゃという使命感めいたものがあったのだろう。
お小遣いが足りなくなって母に無心すると、『使うペース早くない?』といぶかしがられた。
しかし事情を説明すると、『それじゃ仕方ないね。いい友達できたんだね』と、うれしそうに言った。
***
とある休日、ほかの3人はたまたま用事があり、A子は1人で過ごすことになった。
寮の周辺には、自転車や徒歩で行ける距離に大きなショッピングモールが二つもあったので、A子は好みのテナントが入っているほうに遊びにいくことにした。
といっても、特に欲しいものも必要なものもなく、ただいろいろと見て帰るつもりだったが、とある雑貨店の隣に、カプセルトイのマシンが並んでいるところがあり、興味を引かれた。
ここ数年でSNSで大人気になり、キャラクターグッズが幅広く展開されているマンガに関連しているものが多い。
A子も、大っぴらに公言はしていないがファンで、お気に入りのキャラクターもいたので、ちょっとした運試しのつもりで400円を入れてハンドルを回した。
残念ながら「一推し」のキャラクターは出てこなかったが、表情の豊かさや動きのコミカルさから高い人気のある、リスキャラクターのキーホルダーが出てきた。
縁あって自分の手元にやってきてみると、それはとてもかわいらしく思えた。
寮の部屋の鍵には、今までは100円均一ショップでテキトーに買った鈴をつけていたが、いい機会なので付け替えてみると、ただの鍵なのに、やたらとチャーミングに見えて、「ふふっ」と自然に笑みがこぼれた。
***
寮に戻ると、ちょうど隣室のC子と帰宅タイミングがかぶった。
鍵を開けながら、「やあっ」と、手を挙げながらおどけてあいさつする彼女に、「……や、やあ」と返すA子。
しかし、A子の新調したばかりのキーホルダーを見ると、少し声のトーンが変わった。
幸か不幸か、A子はそのニュアンスに全く気付いていなかった。
「ねえ、そのキーホルダーどうしたの?」
「あ、の、サンシャインモールの雑貨屋さんのところで、ガチャやって……」
「それ、好きなの?」
「あ、一番好きってわけじゃなかったんだけど、かわいいなって思って」
「ふうん……」
***
その日はなかよしグループからのお裾分けはなかった。
毎日必ずというわけではないので、特に不審にも思わなかったのだが、午後10時頃、A子の部屋のドアをノックする者がいた。
「はい?」とドアを開けると、そこに立っていたのはB子、C子、D子の3人組。
いつものフレンドリーさはあまりなく、少しとげとげしい空気をまとっていた。
最初に口を開いたのは、3人のリーダー格であるB子である。
「C子から聞いたんだけど……A子ちゃん、リスゾーのことあんまり好きじゃないんだって?」
「え……?」
顔全体に疑問符を浮かべているようなA子の反応にB子はいらだちを覚えながら、そのまま続けた。
「だから、好きでもないのにキーホルダー使うって、どういうこと?」
「え、あ……別に好きじゃないっていうか、今まであんまり意識してなかったっていうか……」
リスゾーというのは、ガチャで出したキーホルダーについていたキャラクターのことだ。
それはいいとして、B子はどうしてこうも「詰める」ような様子でそれを確認してくるのかが分からない。
「え、その程度で使ってんの?D子がかわいそう!」
しかも、B子の後ろでうつむき気味のD子の名前まで出され、本格的に話が見えなくなってきた。
「あの……さっきから何の話……」
A子の声が聞こえているのかどうかは分からないが、B子は語気を強めてこう言った。
「D子はね、高1のときからリスゾーが好きで、グッズとかも全部リスゾーでそろえているんだよ。知ってるでしょ?」
言われてみると、D子の部屋にはぬいぐるみもあったし、文房具やトートバッグなど、リスゾーのものが多いかな?そういえば……と、言われて初めてA子は意識した。
高校1年のときからというのは、リスゾーが登場するマンガの作者のSNSフォロワーがまだ1万人になる前からの、古参のファンなのだと言いたいらしい。
「ついでだから言うんだけどさ。A子ちゃんて今までお料理手伝ったり、自分がつくったのを持ってきてくれたりってしないよね」
「あ、その、料理あんま自信なくて……」
「それ言ったら私たちだってさ、短大に入ってから本とかネットとかでいろいろ調べてつくってんだよ?」
と、今度はC子が言った。
もともと割とおとなしいD子は黙っているが、B子、C子が発言するたび、首を前に振って意思表示をしていた。
「そうなんだ。すごいね」
「すごいね、じゃなくて。A子ちゃん、そういうとこだよ」
「そうそう。おとなしそうに見えて結構ずうずうしいんだよね」
A子はここまで言われても――いや、言われたからこそだろうか、「この間カフェで合計5,000円を超えたが、全部自分が払った」と反論することすらできないし、それが反論になるのかも分からない。
基本的につましく暮らすA子にとって、一回の支払いで二番目に高額面の札が飛んでいくのは大事件だが、B子たちにしてみると、「私たちが食材代出して料理したもの食べるだけの人」に対する感想としては、「それがどうしたの?」なのかもしれない。
「なんか……ごめん……なさい」
A子は「ここで泣くのはちょっと違うな」と必死で涙をこらえ、3人に謝った。
B子たちは基本的に悪人ではないし、「物を率直に言うだけの気のいい子たち」だと、少なくともA子は思っていた。
「私らもちょっと言い過ぎたけど、禍根を残したくないから言っときたいなって思ったんだ」
「そうそう」
「気を付けてくれればいいから」
「うんうん」
「今度一緒に料理しようよ」
3人は口々にいろいろと言って、「ばいばい」と去っていった。どうやら水に流したつもりらしい。
しかし流したものは、A子のところにがっつり滞留したに過ぎない。
***
A子はしばらく、自分がどんな感情になるのが正解なのか、分からなかった。
要するに、D子から同担拒否され、行きがけの駄賃とばかりに「ただ飯食い」をなじられたということだろう。
カフェにて。
自分は700円のキャラメルマキアートだけだったが、それが飲みたかったので別に問題はない。
B子は枚数によって値段が変わるパンケーキを2枚にベリーソースがけ、ポット紅茶の組み合わせで、1,500円くらいになっていた。
C子はフルーツパフェだったと思う。これも1,000円くらいした。
D子はちょっとお腹が空いていたようで、フルーツグラタンのプレート(ブリオッシュ、ポット飲料、ヨーグルトサラダ付き)というのを注文し、2,000円くらいだったはず。高いがおいしそうなので、後で食べてみようかなと思ったほどだった。
合計5,100円で、ここに消費税も付く。
計算方法にもよるが、3人がお裾分けしてくれた料理のコスト(累計)の方が高いと言われればそれまでだ。
しかし、そもそもいろいろ安く上げるために3人で持ち寄っているのでは……と思うと、少しもやもやする。
そういえば、C子の家が大きな農家で、野菜などの食材をしょっちゅう送ってこられているのは目にしていたし、何なら寮の中で配ってもいる。
***
A子はその夜あまり眠れなかったので、翌朝は5時頃見切りをつけて起き上がり、近所のコンビニで調理パンとコーヒー牛乳を買って、小さな公園のベンチで食べながら考えた。
寮を少しだけ離れ、冷静に整理するつもりだったのだ。
言いたいことはいろいろある。
D子が高1からフォローしているというマンガ家のアカウントを、A子は実は中学生のときからフォローしていた。
たまたま「この人の絵、なんか好きだなあ」程度の気持ちだったので、ここ数年で爆発的な人気になっているのを、「すごいなあ」と眺めていただけだった。
もちろん、自分の方がファン歴が長いのだとマウントを取るつもりは少しもない。
しかし古参だろうが、つい1週間前にファンになった者だろうが、「いい」と思ったグッズを買って使うことに、制約などないはずだ。
が、女子小学生のようなメンタリティーで、「それは○○ちゃんのだから駄目!」と言ってはばからない人は割といるし、「空気読んで」などと、大人の対応を求める者さえいる。
カフェの支払いにしても、おごってもらったことに感謝はしてくれたものの、料理の件と照らして「おたがいさま」という発想にまではつながっていないようだ。
(こういう感情ってよくないなと思っていたけど……バッカじゃないの?)
B子たちは、これからも料理を振る舞ってくれるかもしれないし、話しかけてもくるだろう。
自分はそれに普通に答え、礼を言い、時には一緒に遊びにいって「おごるよ」と申し出るかもしれない。
多分、今までどおりの関係が続くはずだ。
「禍根を残したくない」という誰かの言葉からも、それは予想できる。
ただ、A子自身のマインドが今までと全く同じというわけにはいかない。
A子はおとなしくて自己主張をしないが、「内心」はまた別の話だ。
そういえばまだ小学生ぐらいの頃、今回と同じようなやりとりがあったかもしれない。
あのときはどうだったろう?
「もう大嫌い!絶交!」と宣言した子が、その翌日は何事もなかったかのように「遊ぼ」って言ってきたので、「昨日のは何だったんだ?」と思いつつ、普通に遊んだこともあった。
逆に、「A子ちゃん大好き。ズッ友だよ」と言っていた子が、進級して別のクラスになると、こちらから話しかけても無視するようになったこともあった。
(あー、やっぱり人間関係ってダルいなあ……)
年齢が上がり、ひとり遊びが上手になっていくと、寂しいとか、ひとり行動は体裁が悪いというような「美意識」よりも大事なものができる人間が一定数いる。
そうして静かにじわじわと、自称「選択ぼっち」になっていくのだ。
積極的な性格ではないが、うまの合う友人は何人かいて、無難に高校まで過ごした。
卒業後は同じ県内の大きな街にある短大に進学した。
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しかし、引っ込み思案のA子に全くのひとり暮らしをさせることに難色を示した家族たちは、学校の寮に入ることを勧めた。
A子はもともとあまり自己主張するほうではないし、それを断るわけではないが、全く知らない人たちとひとつ屋根の下で暮らすことには、少しだけ不安があった。
といっても、自炊のキッチンや風呂・トイレが共同で、新入生は基本的にひとり部屋らしいということで、「テレビとかでシェアハウスってよく紹介してるでしょ、ああいうのだよ(きっと)」と姉に説明され、Aとしても憧れがないわけでもなかったので、前向きに捉えることにした。
ちなみに姉は、明るくて物おじしない性格で、地元の高校を卒業後すぐ同級生だった恋人と結婚し、婚家の手伝いをしているという生活だったので、ひとり暮らしも寮暮らしも経験が全くない。
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***
A子の学生寮は自炊なので、朝ごはんはシリアル、夕飯はレトルトカレーで済ます人もいれば、数人のグループで凝った料理をつくり、誰かしらの部屋で楽しそうに食べている者もいた。
B子、C子、D子の3人組は、もともと同じ高校から入学してきたらしく、息ぴったりでいそいそと料理し、同じ学科の新入生仲間であるA子にも、最初のうちから気さくに声をかけてきた。
自炊がいよいよ板についてくると、「よかったら食べて」と、密閉容器や皿に料理をおさめ、部屋まで持ってきてくれたりした。
A子のシャイで控えめな態度をB子たちは好ましく思い、料理のお裾分けは定番化していった。
学校内でもよく声をかけるようになり、周囲は「なかよし4人組」的な見方をするようになっていた。
A子は「私も料理の仲間に入れてほしい」と何となく言い出せず、かといって3人にごちそうできるようなものを1人でつくる力量もなく、たまに外に遊びに出たときに、カフェなどで「ここは私が出させて」と申し出るくらいの感じで返礼していたつもりだった。
今日びのカフェというところは、飲み物一つとってもなかなかのお値段である。
ただでさえ4人分だし、「お腹すいちゃった」と言いつつ、パンケーキなどを食べる者もいる。
アルバイトもしていないA子にとっては軽い出費とはいえなかったが、時々夕ご飯をごちそうになっている身なので、これくらいはしなくちゃという使命感めいたものがあったのだろう。
お小遣いが足りなくなって母に無心すると、『使うペース早くない?』といぶかしがられた。
しかし事情を説明すると、『それじゃ仕方ないね。いい友達できたんだね』と、うれしそうに言った。
***
とある休日、ほかの3人はたまたま用事があり、A子は1人で過ごすことになった。
寮の周辺には、自転車や徒歩で行ける距離に大きなショッピングモールが二つもあったので、A子は好みのテナントが入っているほうに遊びにいくことにした。
といっても、特に欲しいものも必要なものもなく、ただいろいろと見て帰るつもりだったが、とある雑貨店の隣に、カプセルトイのマシンが並んでいるところがあり、興味を引かれた。
ここ数年でSNSで大人気になり、キャラクターグッズが幅広く展開されているマンガに関連しているものが多い。
A子も、大っぴらに公言はしていないがファンで、お気に入りのキャラクターもいたので、ちょっとした運試しのつもりで400円を入れてハンドルを回した。
残念ながら「一推し」のキャラクターは出てこなかったが、表情の豊かさや動きのコミカルさから高い人気のある、リスキャラクターのキーホルダーが出てきた。
縁あって自分の手元にやってきてみると、それはとてもかわいらしく思えた。
寮の部屋の鍵には、今までは100円均一ショップでテキトーに買った鈴をつけていたが、いい機会なので付け替えてみると、ただの鍵なのに、やたらとチャーミングに見えて、「ふふっ」と自然に笑みがこぼれた。
***
寮に戻ると、ちょうど隣室のC子と帰宅タイミングがかぶった。
鍵を開けながら、「やあっ」と、手を挙げながらおどけてあいさつする彼女に、「……や、やあ」と返すA子。
しかし、A子の新調したばかりのキーホルダーを見ると、少し声のトーンが変わった。
幸か不幸か、A子はそのニュアンスに全く気付いていなかった。
「ねえ、そのキーホルダーどうしたの?」
「あ、の、サンシャインモールの雑貨屋さんのところで、ガチャやって……」
「それ、好きなの?」
「あ、一番好きってわけじゃなかったんだけど、かわいいなって思って」
「ふうん……」
***
その日はなかよしグループからのお裾分けはなかった。
毎日必ずというわけではないので、特に不審にも思わなかったのだが、午後10時頃、A子の部屋のドアをノックする者がいた。
「はい?」とドアを開けると、そこに立っていたのはB子、C子、D子の3人組。
いつものフレンドリーさはあまりなく、少しとげとげしい空気をまとっていた。
最初に口を開いたのは、3人のリーダー格であるB子である。
「C子から聞いたんだけど……A子ちゃん、リスゾーのことあんまり好きじゃないんだって?」
「え……?」
顔全体に疑問符を浮かべているようなA子の反応にB子はいらだちを覚えながら、そのまま続けた。
「だから、好きでもないのにキーホルダー使うって、どういうこと?」
「え、あ……別に好きじゃないっていうか、今まであんまり意識してなかったっていうか……」
リスゾーというのは、ガチャで出したキーホルダーについていたキャラクターのことだ。
それはいいとして、B子はどうしてこうも「詰める」ような様子でそれを確認してくるのかが分からない。
「え、その程度で使ってんの?D子がかわいそう!」
しかも、B子の後ろでうつむき気味のD子の名前まで出され、本格的に話が見えなくなってきた。
「あの……さっきから何の話……」
A子の声が聞こえているのかどうかは分からないが、B子は語気を強めてこう言った。
「D子はね、高1のときからリスゾーが好きで、グッズとかも全部リスゾーでそろえているんだよ。知ってるでしょ?」
言われてみると、D子の部屋にはぬいぐるみもあったし、文房具やトートバッグなど、リスゾーのものが多いかな?そういえば……と、言われて初めてA子は意識した。
高校1年のときからというのは、リスゾーが登場するマンガの作者のSNSフォロワーがまだ1万人になる前からの、古参のファンなのだと言いたいらしい。
「ついでだから言うんだけどさ。A子ちゃんて今までお料理手伝ったり、自分がつくったのを持ってきてくれたりってしないよね」
「あ、その、料理あんま自信なくて……」
「それ言ったら私たちだってさ、短大に入ってから本とかネットとかでいろいろ調べてつくってんだよ?」
と、今度はC子が言った。
もともと割とおとなしいD子は黙っているが、B子、C子が発言するたび、首を前に振って意思表示をしていた。
「そうなんだ。すごいね」
「すごいね、じゃなくて。A子ちゃん、そういうとこだよ」
「そうそう。おとなしそうに見えて結構ずうずうしいんだよね」
A子はここまで言われても――いや、言われたからこそだろうか、「この間カフェで合計5,000円を超えたが、全部自分が払った」と反論することすらできないし、それが反論になるのかも分からない。
基本的につましく暮らすA子にとって、一回の支払いで二番目に高額面の札が飛んでいくのは大事件だが、B子たちにしてみると、「私たちが食材代出して料理したもの食べるだけの人」に対する感想としては、「それがどうしたの?」なのかもしれない。
「なんか……ごめん……なさい」
A子は「ここで泣くのはちょっと違うな」と必死で涙をこらえ、3人に謝った。
B子たちは基本的に悪人ではないし、「物を率直に言うだけの気のいい子たち」だと、少なくともA子は思っていた。
「私らもちょっと言い過ぎたけど、禍根を残したくないから言っときたいなって思ったんだ」
「そうそう」
「気を付けてくれればいいから」
「うんうん」
「今度一緒に料理しようよ」
3人は口々にいろいろと言って、「ばいばい」と去っていった。どうやら水に流したつもりらしい。
しかし流したものは、A子のところにがっつり滞留したに過ぎない。
***
A子はしばらく、自分がどんな感情になるのが正解なのか、分からなかった。
要するに、D子から同担拒否され、行きがけの駄賃とばかりに「ただ飯食い」をなじられたということだろう。
カフェにて。
自分は700円のキャラメルマキアートだけだったが、それが飲みたかったので別に問題はない。
B子は枚数によって値段が変わるパンケーキを2枚にベリーソースがけ、ポット紅茶の組み合わせで、1,500円くらいになっていた。
C子はフルーツパフェだったと思う。これも1,000円くらいした。
D子はちょっとお腹が空いていたようで、フルーツグラタンのプレート(ブリオッシュ、ポット飲料、ヨーグルトサラダ付き)というのを注文し、2,000円くらいだったはず。高いがおいしそうなので、後で食べてみようかなと思ったほどだった。
合計5,100円で、ここに消費税も付く。
計算方法にもよるが、3人がお裾分けしてくれた料理のコスト(累計)の方が高いと言われればそれまでだ。
しかし、そもそもいろいろ安く上げるために3人で持ち寄っているのでは……と思うと、少しもやもやする。
そういえば、C子の家が大きな農家で、野菜などの食材をしょっちゅう送ってこられているのは目にしていたし、何なら寮の中で配ってもいる。
***
A子はその夜あまり眠れなかったので、翌朝は5時頃見切りをつけて起き上がり、近所のコンビニで調理パンとコーヒー牛乳を買って、小さな公園のベンチで食べながら考えた。
寮を少しだけ離れ、冷静に整理するつもりだったのだ。
言いたいことはいろいろある。
D子が高1からフォローしているというマンガ家のアカウントを、A子は実は中学生のときからフォローしていた。
たまたま「この人の絵、なんか好きだなあ」程度の気持ちだったので、ここ数年で爆発的な人気になっているのを、「すごいなあ」と眺めていただけだった。
もちろん、自分の方がファン歴が長いのだとマウントを取るつもりは少しもない。
しかし古参だろうが、つい1週間前にファンになった者だろうが、「いい」と思ったグッズを買って使うことに、制約などないはずだ。
が、女子小学生のようなメンタリティーで、「それは○○ちゃんのだから駄目!」と言ってはばからない人は割といるし、「空気読んで」などと、大人の対応を求める者さえいる。
カフェの支払いにしても、おごってもらったことに感謝はしてくれたものの、料理の件と照らして「おたがいさま」という発想にまではつながっていないようだ。
(こういう感情ってよくないなと思っていたけど……バッカじゃないの?)
B子たちは、これからも料理を振る舞ってくれるかもしれないし、話しかけてもくるだろう。
自分はそれに普通に答え、礼を言い、時には一緒に遊びにいって「おごるよ」と申し出るかもしれない。
多分、今までどおりの関係が続くはずだ。
「禍根を残したくない」という誰かの言葉からも、それは予想できる。
ただ、A子自身のマインドが今までと全く同じというわけにはいかない。
A子はおとなしくて自己主張をしないが、「内心」はまた別の話だ。
そういえばまだ小学生ぐらいの頃、今回と同じようなやりとりがあったかもしれない。
あのときはどうだったろう?
「もう大嫌い!絶交!」と宣言した子が、その翌日は何事もなかったかのように「遊ぼ」って言ってきたので、「昨日のは何だったんだ?」と思いつつ、普通に遊んだこともあった。
逆に、「A子ちゃん大好き。ズッ友だよ」と言っていた子が、進級して別のクラスになると、こちらから話しかけても無視するようになったこともあった。
(あー、やっぱり人間関係ってダルいなあ……)
年齢が上がり、ひとり遊びが上手になっていくと、寂しいとか、ひとり行動は体裁が悪いというような「美意識」よりも大事なものができる人間が一定数いる。
そうして静かにじわじわと、自称「選択ぼっち」になっていくのだ。
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