いつかは さようなら～よかれと思うことをしてくれなくていい。嫌なことをしないで。

第34章 【終】オレンジミント

交換日記3冊目

　いまだ実家暮らしだが、母との関係は意外と良好で、「あんたたちがいいなら、ずっとここにいてもいいんだよ？」と引き留めるようなことを言いつつも、「まあ、いい人ができたら、それは、ねえ…」などと、ニヤニヤしながら言うこともある。

　順一を正式に紹介したことはないが、既に、「大切な友人」だと説明したことはあり、順一本人には、もし私ではない恋人ができても祝福したいとは伝えてある。
　彼と食事やお茶をともにしたり、お酒を飲んだりはするものの、二人きりになることは避けている。
　ちゃんと「あなたのことが大好きだが、今は恋人にはなれない」と伝えたので、納得はしてもらったようだ。

　とはいえ、「真奈美は本当に意地悪だね。俺の気持ちを知っているくせに」などと、時々すねたことも言う。
　あなたが心変わりしても責めませんよと言っているだけなのに、そんなふうに言われるのは心外なのだが…。

　「彼」との結婚生活の失敗のせいで臆病になっている――というよりも、人間関係、殊に恋愛関係に、過度な期待を持たないようにするくせがついてしまったのかもしれない。
　そんなふうに思う程度には、私の順一に対する気持ちも、少し恋愛感情に近いものが芽生えているのかもしれないが、正直自分でもよく分からない取っ散らかりようである

　私としては、順一との付き合いの「肝」は、何といっても交換日記だと思っている。
　状況的にメールだろうがチャットツールだろうが、今はためらいなく使えるのだが、返信に微妙なタイムラグがあるというのは新鮮だし、彼の人となりがよく見えるような肉筆に触れるのが好きだ。
（にくふで、じゃありませんよ、にくひつですよ。めちゃくちゃ下品でごめんなさいよ）

　気づけばノートは3冊目になっており、3冊目は私が用意した。

「君はこういうデザインのものが好きなんですね。
　何となく理解できる気がします。
　プレゼントする機会があれば、参考にさせていただきますね」

「図書館に洋書の新刊が入りました。
　テキストはドイツ語ですが、窓やドアの写真を中心に撮っているフォトグラファーの作品集です。
　ひょっとして、あなたはこういうのがお好きかも、などと思いました」

　なぜか二人とも丁寧語で書くのが癖になっているが、特に改める気はない。
　ノートの紙面に漂う、よそよそしいような、初々しいような空気感が、くすぐったくも心地いいからだ。