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第33章 「彼」の本心
「彼」の初恋
しおりを挟むそこで私は「緑色で印刷された紙」など出してみる。
「名前、書いてください。提出は私がします。休みの日でも受け付けてもらえるそうですから、これから一緒に行きますか?」
多分、腹の探り合いだったろう。
彼は私がどの程度まで知っているかは分からない。
だが堂々と墓穴を掘り、「これからも浮気する意思アリアリです」を宣言した。
何なら私だって、順一との関係などを(場合によっては宗太とのことも)彼に知られているリスクはあったのだが、真っ先にそれを持ち出さないところを見ると、何も知らないのだろう。
そして私はこのやりとりを、しっかり録音もしていた。
ゴネたときは「ここに証拠として残しました」と言うつもりだったけれど、その必要もないかな。彼は意外と素直にサインしてくれた。
「最後に伺いたいんですけど」
「…何だ?」
「千奈美ちゃんのことが本気で好きなんですか?」
「何でそう思う?」「ただの浮気なら、バレた時点で即さようならだったはずです。責任を果たして、その上で会う約束までして…どうしてそこまで彼女に執着するんですか?」
「…」
面倒な女を振り払うための方便だったとか、好きなわけないだろうとか、言い訳とも本心ともつかない答えも想定はしていた。
「はっきり言って…よく分からないんだ」
「分からない?」
「僕はマナちゃんが本当に好きだった」
「…そういうのは今いいです」
「いや、最後だから聞いてくれ。本当だよ。どんな女と寝ても、君ほど大事だと思える人には出会えなかった」
「…(「あー、はいはい」と、内心、耳を小指でかく)」
「でも――彼女だけは違った。
いつまで経っても、僕の心から出ていこうとしなかったんだ」
「いいセリフね。落ち着いたら彼女に真心を込めて言ってあげてください」
「マナちゃん、本当にすまなかった…」
私は生まれて初めて「彼」から頭を下げられた。
どうやら彼の中での私は、いつの間にか「若い女に心変わりした夫に捨てられた妻」になったらしい。
少々腹は立つが、私の人生から立ち去ってくれるなら、それでいい。
いつまでも心の中から出ていかない千奈美ちゃんに、出ていかれないよう、追い出すことのないよう、優しく人間らしく接してあげてほしい。
明らかに千奈美への思いを扱いかね、戸惑っている。
ひょっとしたら、それは「彼の初恋」かもしれないのだ。
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