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第29章 「彼」からの連絡
面接
しおりを挟む結婚前のスーツ(ウエスト61)も、そう無理なく着られた。
幸奈に母乳を与えるのに失敗したから、食べたら食べた分だけ太ると自覚して、太らないようには気をつけていたかいがあったみたい。
これも私にプレッシャーを与え続けてくれた「彼」のおかげ――なんて、どこぞの居酒屋の社長さんじゃないんだから、そんなことで感謝なんかしちゃいけない。
私の体形がそれなりに戻り、ちゃんと維持できたのは、自分の努力の賜物だ。
化粧、濃過ぎないよね?
髪も崩れてこないように、きちんとまとめなきゃ。
うん、よしよし。私もまだまだ捨てたもんじゃない。
早目にエントリーしたかいあって、その翌日には面接日が決まった。
実働は来月からって書いてあったし、早い者勝ちとかじゃないかもしれないけれど、早目に応募した方が意気込みは示せる。
今までアルバイトの経験もないし、大学を卒業した後に就職したところはほぼほぼ親戚筋の縁故だったせいもあり、こんなに気合いの入った「就活」は初めてかもしれない。
「あんたってやっぱり、美人さんだよね」
ドレッサーの前で最終調整していた私を見て、幸奈を抱っこした母が言った。
「どうしたの?急に。恥ずかしいこと言わないでよ」
「あんたはね、父さんの方のお母さんに似ているのよ」
「あー、うん。聞いたことがある」
父の母親、つまり私の祖母は、父と母が結婚する前に亡くなったらしく、残っている写真は若くきれいなままだ。
「あんたが生まれたとき、これで頭が私に似たら完璧だね、なんて、よく父さんと笑ってたわ」
母はそう言いながら、ちょっと困ったような顔をして笑った。
そういえば母は、私がテストで悪い点を取ったり、ドジを踏んだりしたときは、心に来るような言葉で注意したり、ため息をついたりはしたけれど、私の容姿についてああだこうだ言うことはなかった。
言うとすれば、「ちょっとかわいいからっていい気になっていると、痛い目を見る」みたいな言い方だったはず。そんなつもりはなくても、唐突に注意される。
これじゃ中身にも外見にも自信が持てなくなって当たり前だな、なんて他人事みたいにおかしくなった。
「あんたはきれいだし、人を気遣う優しいところもあるのに、私はどこ見てたのかなあ…」
今回の私の出戻り案件で、母も思うところあったようだ。
「お母さんもキレイだよ、年のワリにね」
「あらら。美人に褒めてもらってうれしいね。さあ、遅刻しないように行ってきな」
「はーい」
さて、美人という要素はこども図書館スタッフには有利に働くかな?
◇◇◇
「相原真奈美さん、26歳でお子さんがいらっしゃるのね」
「はい、1歳になったばかりで…」
職歴の欄は一つだけで、しかも勤務年数もたったの1年。
大学だって、地元だからこそランクが丸わかり。
かといって、詐称しても仕方ないので、正直に差し出す。
「これは好奇心で聞くんだけど、卒論は何でしたか?」
唐突な質問ではあったが、少しマニアックな図書館に面接に来た文学部出身者にする質問としては、そこまで変ではない。
「あ――邨野耕太(**下記注)の研究でした。
地元なので資料を集めたり、あとは子孫という方にお話を伺ったり…」
「へええ、なるほど。『ムシの詩人耕太』ね」
面接に当たってくれたのは、館長さんらしい50歳くらい(母より少し若いかな?という感じの)知的な女性だった。
「桑野原女子大というと――大田原先生がいらっしゃるのよね」
「はい、家政学部のですね」
「あ、そうか、あなたは文学部か。大田原先生には、この図書館で主催のセミナーとかにもご助力いただいているんですよ」
「ああ、そうなんですね」
家政学部の大田原トモエ教授は、専門は児童心理学だけれど、絵本や児童文学にとても造詣が深いので、デイジー図書館で「こどもの本講座」という大人向けのセミナーをすると、講師としてお招きすることが多いらしい。
「その分野では研究というよりも、児童文学オタクって感じね。とても気さくで面白い方で」
そういえば、よくローカルのテレビに出演しているのを見ると、カジュアルな服装で早口の、おもろいおばちゃんという感じの人――だったはず。
「じゃ、本当にテレビで拝見するとおりなんですね」
「そうそう、本当にあのまま」
意外な雑談で盛り上がってしまったので、自分の現況や、特に希望することについて話すのを忘れるところだった。
ごまかしたりうそをついたりしてもアレなので、離婚前提の別居中で実家に身を寄せていること、だから状況次第では、途中で姓が変わる可能性が高いことなども、きちんと説明した。
館長さんは神妙な顔で言った。
「そうか――人生いろいろね。はい、ありがとうございました。1週間以内にお返事差し上げますので、もう少し待っていただけますか?」
「はい。今日はお時間をいただいて、ありがとうございました」
「いえいえ」
気さくで感じがよくて、いい人そう。
好感触――のような気もするけれど、感じのいい人は、どんな人にも感じがいいだろうし…まあ、五分五分くらいの気持ちで待つしかなさそうだ。
**
「カエルの詩人」と呼ばれる実在の詩人を念頭に考えた詩人の名前です。この作中では全体的に、特に「どこ」という地名を設定していないので、「地元」というぼかした書き方をするため、架空の名前と設定にしました。
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