上 下
78 / 101
第27章 決断

幸助の本心

しおりを挟む

 私が千奈美の妊娠を、当事者よりも早く知ったいきさつは、千奈美の口から明かされた。
 その際、順一の部屋でのことをしゃべる可能性も高く、そのときはそのときだと思っていたが、彼女はあくまで「カフェに奥さん(私)を呼び出して、そこで話した」とだけ言った。

「どうして…もっと早く話してくれなかったんだ?」
「言ったら幸助さんは、もう会ってくれないと思って…」
「そんなこと…」
 と言いかけ、「彼」はハッとして、「あ、いやその…」と、取り繕うように言った。
 周囲の目を気にしながら、平静を装って話すことで、自分の本当の気持ちに気づく程度には整理できるということもあるだろう。

「少し生々しい話になりますけど、手術できるのは21週までです。しかも週数が進めば体への負担は大きくなるから、なるべく早い決断が必要です」
 私の説明を冷静な様子で聞いた後、「彼」は、「君はどうしたいの?」と、少し遠慮がちに千奈美に尋ねた。

「私、は…。産むのが怖いです。でも、幸助さんの子供が欲しいです」
 そこで初めて、千奈美がそれまでこらえていた涙と泣き声を解放させた。
「そう、か…」
 「彼」は静かにそう答えるが、無理して平静を装っているというよりも、もっと何か、穏やかな空気に包まれているような雰囲気を醸し出していた。

「あなたは、どうしてほしいんですか?」
「え?」
「産んでほしいんですか?それとも――」

 実際、彼とこんなふうに話し合いの場を持つことは想定外だったものの、私はその日は家に帰らないつもりだったので、キャリーバッグに荷物をまとめていた。

「考えさせてほしい…」
 絞り出すように「彼」が言った。
 どんなに粗末に扱っていようと、れっきとした妻である私の前でそう言ったのだ。
 これは聞き流してはいけない。自分のためにも、幸奈のためにも、そして千奈美のためにもだ。

「そうですか。じゃ、私はしばらく実家に帰ります」
「え?」
「正式には後からいろいろ手続が必要になると思いますけど、あなたの気持ちはじゅうぶん分かりましたから」

◇◇◇

 私は卑怯だ。
 千奈美の「彼」への思いを利用している。
 そして、それに半分応えたも同然の「彼」の態度や答えには、悔しいとか悲しいとかいう感情も湧かなかった。

「少し離れて、お互い頭を冷やしましょう。今は千奈美ちゃんの体を一番いたわるべきです」
「ああ…」
「千奈美ちゃんのご両親ともちゃんと話してください」
「分かった」

 自分でも一番驚いたのだが、私はこれを割と心から言った。
 基本的に他人に無関心なはずの私がだ。
 「彼」が私の指図めいた言い方に、何ら抵抗なく返事をしていることにも気づいていなかった。

 それよりも、(時間休って言っていたけど、戻って仕事になるかな?早退すればよかったのでは…)などと考えていた。

「私からは連絡しませんから、いろいろ固まったら連絡ください。スマートフォンはあなたの名義だから置いていきます」
 と渡そうとすると、控え目に突き返された。
「いや――念のためにまだ持っていてくれ」
「そうですか。では、遠慮なく」

 夫名義のスマホを「持っていろ」と言われただけなのに、彼との長い付き合いの中で、初めて対等な会話ができたような気がした。

、か…)
 意識的か、無意識にか分からないが、「彼」はこの短い話し合いの中で、私との離婚に前向きな姿勢を示してくれたということなのか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不倫してる妻がアリバイ作りのために浮気相手とヤッた直後に求めてくる話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

【R18】今夜、私は義父に抱かれる

umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。 一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。 二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。 【共通】 *中世欧州風ファンタジー。 *立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。 *女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。 *一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。 *ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。 ※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25

ずっと君のこと ──妻の不倫

家紋武範
大衆娯楽
鷹也は妻の彩を愛していた。彼女と一人娘を守るために休日すら出勤して働いた。 余りにも働き過ぎたために会社より長期休暇をもらえることになり、久しぶりの家族団らんを味わおうとするが、そこは非常に味気ないものとなっていた。 しかし、奮起して彩や娘の鈴の歓心を買い、ようやくもとの居場所を確保したと思った束の間。 医師からの検査の結果が「性感染症」。 鷹也には全く身に覚えがなかった。 ※1話は約1000文字と少なめです。 ※111話、約10万文字で完結します。

彼女は処女じゃなかった

かめのこたろう
現代文学
ああああ

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。

春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。 それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。 にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。

妊娠したのね・・・子供を身篭った私だけど複雑な気持ちに包まれる理由は愛する夫に女の影が見えるから

白崎アイド
大衆娯楽
急に吐き気に包まれた私。 まさかと思い、薬局で妊娠検査薬を買ってきて、自宅のトイレで検査したところ、妊娠していることがわかった。 でも、どこか心から喜べない私・・・ああ、どうしましょう。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

処理中です...