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第23章 溺れる

話し相手

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 私は神谷君と関係を持ったとき、現況を話した。
 すると、
「じゃ、そういうときはウチに来れば?無駄に出歩くより楽でしょ?」
 と提案された。
「でも…」
「連絡をくれれば、休憩中に部屋に戻ることもできるし。そうしたら君の話し相手くらいにはなれるよ」
 体を重ね合った後でも「話し相手くらいには」と表現するのが神谷君という人なのだろう。

 でも実際問題、セックスなんて20分もあれば余裕でできる。まるで通信教育のノルマか何かみたい。
 私は神谷の言葉に甘え、「彼」に追い出されたときは、部屋にのこのこ上がり込むようになっていた。
 すると神谷君は、徐々にだが、ドアを後ろ手で施錠して部屋に入り、すぐさま私を抱きしめるようになっていた。

 「真奈美」「順一」と名前呼びするようになるまで、大した時間はかからなかった。

+++

「今さらなんだけど…避妊しなくて大丈夫なの?」
「ええ。ピルを飲んでいるの」
 ピルを産婦人科の先生に勧められた経緯も話した。
 あのときお医者さんには「ご主人に浮気を疑われるおそれもあるから、生理不順の治療とか言っておけ」と言われたけれど、なんのなんの、こうしてがっつり浮気しているわけで。

 神谷君――改め順一は私を抱いた後、私が用意した昼食をせわしなく食べ、「うまかった、ありがとう。ごゆっくり」と仕事に戻る。
 毎日毎日、まずそうな冴えない顔でご飯を食べ、「君は何のために専業主婦なんだろうね…」と当てこすりを言われるというシチュエーションに慣れ切った私には、「うまかった、ありがとう」のたった一言が得難い報酬リワードだ。
 彼は私がある程度フリーになる(子育て的な意味で)日曜日に休暇が取れることはないから、本当につかの間の逢瀬で、ピロートークを楽しむゆとりもあまりないが、それでも彼に抱かれることに、私はだんだんと喜びを感じるようになっていった。

+++

 順一は私の乳房が大好きだ。
「信じられないよ…あの天野さんを、俺がこんなふうに…」
 と言いながら、初めてねっとりと愛撫してきたときも、主に乳房と乳首の集中攻撃だった。
 私の胸はそんなに大きくないので、ちょっと申し訳ないと思っているんだけれど、順一いわく、「白くてきれいだし、形がいいし、何より真奈美のおっぱいだということに価値があるんだよ」だって。
 私にしてみると、神谷君が、「おっぱい」という単語をためらいなく口にすることが、いい意味で信じられない。

 妊娠を境に、「彼」とのセックスが惰性になり、徐々に苦痛になっていったが、「彼」は今も気まぐれに私を抱きたがるし、胸をもてあそぶ。あの手や指が毛虫か何かのように煩わしく思えたのは、いつ頃からだろう。そのくせ「君はこうされると弱いんだよね?」としたり顔で言うので、こちらとしても、ある程度の演技をしなければならない。
 そもそも、大抵の女性は胸を刺激されると、それなりに「思うところ」はあるだろうけれど、結局は男が胸を刺激したいから刺激しているという状況の方がはるかに多いはずだ。

 順一とのセックスには、宗太との関係とは違う良さがある。
 宗太のようなこなれた感じはないけれど、不器用そうに一生懸命、「私自身」を愛撫しようとするので、そのぎこちなさにむしろときめく。
 私が「ここをこうしてほしい」と率直に言うと、順一も「やってみるよ」と前向きに聞いてくれる。何というか、関係を一から築いているようなドキドキ感があるんだよね。

 それにしても、浮気相手のテクニックの比較対象が、前の浮気相手とはね。

(浮気、か…)

 残念ながら、順一とのことも、所詮は浮気なのだ。
 「彼」とのことにきちんとけじめをつけなければ、それは変わらない。
 というよりも、「彼」と千奈美の間がどうなっているのかもよく分からない。思えば随分どろっどろの関係だな。

(今日も「彼」は、千奈美と会っているのかな?それとも別の女かな?)

 そう考えてもほとんと胸は痛まないが、相原の家に預けられている幸奈のことを思うと、やはり少し冷静になる。
 宗太と別れたとき、ちゃんとした親に戻ろうなんて殊勝に考えていたくせに。

 順一が果て、少し落ち着いてから、「ねえ真奈美、無理しなくていいんだよ?」と言った。
 どういう意味かと尋ねると、「何だか今日は、ちょっと気が入っていないっていうか――オレ、無理やりしちゃったみたいで…」と、本当に申し訳なさそうに言われた。

「そんな!私、順一に抱かれると本当に幸せで…」
 つい本音を言ってしまったので、順一は恥ずかしがってうつむいてしまった。
「それ他人ひとの奥さんが言うことじゃないよ…」
「そうね、ごめんなさい…」
「でもね…そう言われてオレ、いけないと思いつつ、やっぱりうれしいとも思っているんだ。救いようがないよね」
「そんな…」

 会話をしつつも、順一は身支度をきっちり整え、部屋を出ていくとき、私に背中を向けたままこう言った。

「真奈美、相原さんと別れて、オレのものになってくれないか?」
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