59 / 101
第20章 その空間の片隅
本当に若い娘
しおりを挟む電話の彼女――松下千奈美と名乗った――が、私に声をかけ、対面に座り、私の顔を見て言った一言は「うそでしょ?」だった。
「うそ…って、何が?」
「だって、こんなきれいな人だと思わなかったんです」
「お世辞はいいわよ」
「違います。だって、だって…」
「彼」は千奈美をかわいい、美人だと褒めそやしていたようだ。
確かに彼女は、平凡だがかわいい子ではあると私も思った。
若い娘にありがちな挑戦的な態度(偏見だけど)で「奥様の写真ないんですか?」と言っても、「見せられるような女じゃないから」とか、「やっぱりチナちゃんみたいに若くてかわいい子相手だと、「勃ち」が全然違うんだよね~」と、言っていたのだそうだ。
しかし「彼」は、「~なみ」という女性名の、「み」の部分に何か恨みでもあるのかな。
私は「マナちゃん」で、彼女は「チナちゃん」か。
+++
想像はしていたけれど、千奈美というこの女性はあまり賢くないようだ。
根拠その一、直接話法がやたら耳につく。
あれは主語が紛らわしくなるから悪手だと思うのだ。
根拠そのニ、昼下がりのおしゃれケーキ屋さんのティールームで、いくらぼかした表現とはいえ「立ち」ってあなた…。そういう話って意外と周囲に丸聞こえなのよ。
学校のクラスで孤立し、社会から孤立させられた私は、赤の他人の声が耳に入ってきやすいのだ。その私が言うのだから、「聞けえっ」とは言わないが、参考にしていただきたい。
「私なんて、あなたみたいに若い子から見たらオバサンもいいところよ」
そう言われ、なぜか千奈美はびくっと怯えたような表情を浮かべた。
「私若い…ですか?」
「実際お若いんでしょう?失礼だけど、幾つ?」
「じゅう…ななさいです」
「え?」
「17歳です!」
+++
ちょっと待ってくださいな。さすがにそれは想定していなかった。
そういうのは「若い」ではなく「幼い」と言ってもいいのでは。
高校生だってセックスすることぐらいあるだろうけど、男女交際の一環なんて生ぬるいものではない。「子供ができたから、旦那さんと別れてください」と迫るには、あまりにも幼過ぎないだろうか。
「ええと――今日学校は?」
「具合悪いんで、ここ1週間くらい休んでます」
「…ひょっとして、つわり?」
「はい…」
さすがに責任を感じてしまう。
そういえば、浮気は黙認してきたけれど、お相手の妊娠までは考えていなかった。
17の幼気な少女に手を出していることなんて、もっと想像していなかった。
その私の認識の甘さを、二つまとめて前に差し出されているのだ。
「病院――行った?」
「まだですけど、生理遅れたからチェッカー使ったら、陽性って出て…」
「そうか…」
「どうしよう…赤ちゃんなんて…」
千奈美の口から、「ママにはもうバレてるかも…パパだって…」と出てきたところを見ると、特にネグレクト的な環境ではなくて、多分ごく普通のご家庭のお嬢さんなのではないかと思う。
私はそこで、千奈美がなぜ私の誘いを断らなかったのか、分かった気がした。
電話口での強気な様子では、なるほど、彼女の表情までは分からない。
本当は不安を誰かにぶつけたかったのではないか。
しかし両親にはとても言えないし、一番言うべき「彼」にそれを言ったら、去っていってしまうかもしれない。
千奈美がそういうことを想像したかまでは分からないが、私には、「彼」が冷淡この上ない表情で「そんなもの堕胎せよ」と言っているのが簡単に脳内再生できる。
「それは辛いね…」
千奈美はそこで泣き崩れてしまった。若い子は感情表現が大きい。
(まあ私のもっと若い頃を思い出すと、そうでもなかった気がするけど)
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私の隣は、心が見えない男の子
舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。
隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。
二人はこの春から、同じクラスの高校生。
一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。
きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
しるびあのため息
あおみなみ
現代文学
優しく気の利く夫の挙動が気に障ってしようがない女性の「憂さ晴らし」の手段とは?
「夫婦間のモラハラ」の一つの例として書いたつもりですが、実際に深刻な心身の被害を感じている方の言い分を軽んじたり侮辱したりする意図は一切ございませんので、ご理解のほどお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる