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第10章 エゴ
うしろめたさ
しおりを挟むその後も「彼」は幸奈を実家に預け、私を追い出したが、徐々にやり方が雑になってきた。
時間も6時、7時まで延長したり、私が遅くなっても文句を言わなくなったり、怪しんでくださいと言わんばかりの態度になってきた。
というか、バスルームに私のものでないバレッタを置きっぱなしにするのは、さすがにどうかと思う。
バスルームを使うなとは言わないけれど、排水口から長い長い、根元が黒くて大部分が茶色という摩訶不思議な髪の毛が出てきたりするのもいただけない。
私は「今日は何をしたことにしようかな」と考えつつ、適当に美術館の展覧会をチェックしたり、宗太の部屋に行く前に図書館で本を数冊借り、それを図書館の談話室やカフェで読みふけっていたことにしようと考えたり、お粗末な工作をした。
というよりも、もしも宗太とあの公園で出会っていなかったら、私がやっていたであろうことをしていることにするだけだ。
お気に入りの作家のハードカバーを3冊持って訪ねたときは、「それ、“最中”に朗読する気?」と、宗太がニヤっとして言った。
「『読書する女』のミウ・ミウみたいに?」
「そうそう、それ」
「結構古い映画知っているね、若いのに」
「真奈美だって、大した年齢は変わらないじゃない」
こんなしゃらくさい会話は、「彼」とは絶対に望めないが、こういうのがコミュニケーションのいい味付けになることも知った。
◇◇◇
ベッドに寝そべり、天井を見ながら雑談をしていると、宗太の携帯が鳴った。
なぜか一瞬「彼」かもと思ってびくっとしたけれど、宗太は寝たまま電話を取り、「ああ、君か…」と少し不愉快そうに返した。
「だから、もう終わりだって言ったろ?しつこいよ」
「**********」
「そうだよ。好きな人ができた。
でも、そんなこと君には関係ないだろう?」
「**********」
「駄目だよ、そんな気になれないから」
短い会話を交わした後、宗太が一方的に電話を切ったように見えた。
「彼女といつ別れたの?」
「ひと月ぐらい前だったと思う。彼女は俺の地元の子で、最近そもそも会えていなかったし、潮時だよ」
「そんな…」
「俺、真奈美を本気で好きになっちゃったんだ。あなたには誠実でいたいんだ。傷つけたくない」
「誠実って…私には夫がいるのよ。それに、彼女のことは傷つけても平気なの?」
「あの子は強いけど、真奈美は――俺より年上なのに、泣き虫じゃないか。放っておけないんだ」
宗太の中の私は、いつまでも「たい焼きを幸せそうに頬張って、ちょっとした言葉で感極まって泣く女」のままなのだろう。
宗太と寝たいと思ってしまったことは事実だが、当然こんなことは望んでいなかった。
本当に自分という人間は、物を深く考えないせいで、ろくでもないことばかりしでかしてしまう。
そもそも今だって、ひとり娘がどんな扱いを受けているかを知った上で、よその男と密会している。
彼はもうすぐ教員採用試験の1次を受験する。
タイミングを見計らうのは必要だけれど、さすがにそろそろ「きちんと」しなければならない。
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