初恋ガチ勢

あおみなみ

文字の大きさ
上 下
64 / 101
第18章  俺のこと「おにいちゃん」だってさ、へへっ【メグと大輔】

よみがえる記憶【大輔】

しおりを挟む
頭の中にあるものをはつきり文章に現したい。

芥川龍之介『文章と言葉と』

◇◇◇

 うっとうしく絡まれそうなのが嫌で声をかけなかった兄貴だが、何と向こうから電話がかかってきた。

「なあ、別荘の近くにあったあの施設、閉館したようだな?」
「ああ、やっぱりそのニュースに目を付けたか。
 いつ行ってもガラガラで、30年も続いたことが奇跡だと思っていたんだが」
「いや、でもF県は少し前の震災で大きな被害があって、逆に注目されたりしていたから、そのとき結構客足伸ばしたとも聞いたんだよね」
「なるほどね。中学に入ってから行けなくなっちまったが、もう一度ぐらい行きたかったな」

「そうだな。そういえばあの後、「メグちゃん」に会えなかったしな」
「…!って、何でアニキがその名前知ってるんだよ!」
「知ってるも何も。俺もあのとき一緒にいたから。
 お前がたしか年長さんの夏か?珍しく同じぐらいの年頃の女の子がいて」
「あ…」
「たしか一緒にいたお父さんがちょっとその場を離れてて、心細そうなその子にお前が話しかけて」
「よく覚えてたな」
「あの子ももう高校生ぐらいかな。結局会えなくて残念だったな」
「もういいよ、そういう話は」

◇◇◇

 ところどころうろ覚えだったり、後で作られたりした記憶もあるだろうが、俺はそのときのことをざっと思い出した。

 適度に経年劣化した建物の中は薄暗く、展示物も宇宙人だのUMAといったものばかりで、小さな女の子が1人で見て楽しいものではなかったはずだ。
 動物(ウサギだったかリスだったか)がプリントされたピンクのワンピースを着たその子は、一緒に来ていたはずのお父さんと一緒ではなくて、それに先に気づいたのは兄貴だった。

「あの子は1人なのかな。ちょっと心配だね」
「なんでだ?」
「だってあんな小さな子、ユーカイとかされちゃうかも」
「えっ」

 俺は兄貴の言葉を聞いて、何も考えずにその子に近付いた。
 そして、当時幼稚園ではやっていた「膝かっくん」をその子の後ろに行ってやってみた。
 俺より少し小さくて、近づきすぎたのか、柔らかい髪の毛が口に当たった。
 俺の「膝かっくん」にびっくりしたらしい女の子が振り返ったので、
「お前、チビのくせに1人なのか?」と聞いてみた。
「パパが――おトイレから帰ってこないの…」
「ばっ、それくらいで泣くなよ」

 兄貴に「この子の父さん、トイレだって」と説明したら、
「じゃ、僕たちと一緒に待っていようか?」と言った。
 兄貴はもう小学校6年生になっていたと思う。俺から見たらオトナみたいだった。
 女の子が俺が話しかけたときよりほっとした顔を見せたのが何だかしゃくにさわって、
「こっち来いよ。いろいろ教えてやるから」と、展示スペースを連れまわし、いろいろ説明した。

 女の子はたぶん、俺の話が半分も理解できていなかったろう。
「すげえ」とか、「こわい」とか、「大きい」とか、そういうところで反応を見せた。
 くるくる顔が変わって面白いな、かわいいなって思った。
(何分幼稚園年長なので、「表情が豊か」なんて言葉は知らない)

 そうこうしているうちに、女の子のお父さんが戻ってきた。
「メグ、ごめんなー。寂しかったろう?」
「パパ、おそいよ。おにいちゃんと一緒だから平気だったよ」
「えー、そんなこと言われたら、パパが寂しいよう」
 そう言いつつ、大柄で日に焼けた男の人が、メグの手を引いて外に出た。
 出る前に俺ににっこり笑いかけたのは、多分お礼の意味だったと思う。
 メグは振り向いて、ちょっと恥ずかしそうに手を振った。

◇◇◇

 俺たちも帰ることにした。
「あの子のお父さん、お腹壊してたのかな。こうしてお腹さすってた。
 戻ってきてよかったね」
「メグ…」
「え?」
「あの子、そう呼ばれてた」
「メグちゃんか。メグミちゃんとか、そういう名前かな」
「俺のこと「おにいちゃん」だってさ、へへっ」

 メグが建物の前で父親に写真を撮られているのが見えて、俺は面白半分にフレームインを試みた。
 うまく写ったかどうかは判らないが、ピースしてやった。
 最近の言葉なら、「フォトボム」というやつだろうか。

 これはさすがに兄貴に怒られた。
「ダイ!今日は何だかお前らしくないことばかりするな?
 宇宙人に頭の中改造されちゃったのか?」
「きゃとるみゅーてぃれーしょんっていうんだよ、兄ちゃん」
 俺は覚えたばかりの言葉をすらすら口に出せて満足だった。

◇◇◇

 なるほどな。道理でひっかかりを覚えたわけだ。

 あの後、毎年夏に別荘に行くたび、「メグに会えないかな」と思いながら、ときめきUFO館に行っていたんだと思う。
「メグ」という名前と、あのピンクのワンピースは、俺にとって特別なものだったんだ。

 中等部に入り、同じクラスのアニオタの男が「田舎の美少女なんて、アニメやゲームの中にしか存在しないのだよ!」と力説しているのを聞いて、妙に腑に落ちるものを感じた。
「メグ」も近所の子ではなくて、たまたま都会から遊びにきていた子だったのかもしれない。

 思い出してすっきりしたというのもあるが、今のオレにはそこまで重要な記憶でもないような気もしてきた。
 あのメグも多分、今頃中学生か高校生ぐらいだろう。
 そして誰かに恋しているかもしれない。
 俺が知っている、そして大事にしたい「メグ」は、英明大附属高校1年の、あの黒飴みたいな目をした少女だ。
 2人がそうそう都合よく同一人物ということはあるまい。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 【連載中】は、短時間で読めるように短い文節ごとでの公開になります。 (お気に入り登録いただけると通知が行き、便利かもです) その後、誤字脱字修正や辻褄合わせが行われて、合成された1話分にタイトルをつけ再公開されます。 (その前に、仮まとめ版が出る場合もある、かも、しれない、可能性) 物語の細部は連載時と変わることが多いので、二度読むのが通です。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

処理中です...