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第11章 「俺は多分、この先千弦さんを困らせるようなことを言うと思います」【千弦と聡二】
俺自身、この場では“片桐側”の人間だった。【聡二】
しおりを挟む思ってるだけで何もしないんじゃな 愛してないのと同じなんだよ
車寅次郎『男はつらいよ 寅次郎の青春』
◇◇◇
3月中旬の某日、英明大附属中学校の義務教育修了式が行われた。
いわゆる卒業式というやつである。
わが校は高等部からの入学枠も若干はあるが、六年制が基本のこともあり、この名称を使われる。
元部長の高田礼一郎と、彼とは幼馴染でニコイチ的な行動が多い市村清吾と相談し、千弦さんの店をかりて、テニス部のもと正メンバーだけで、ちょっとした卒業祝いをすることになった。
貸し切りは前例がないということなので、さらに千弦さんと詳しく相談して(副部長兼会計担当の役得である)、休店日に数時間だけ場所を提供してもらう形にした。
場所代というか謝礼を払い、料理や飲み物は持ち込みにして、ごみは持ち帰る。
「休みの日なのにすみません」
「いえいえ、大事な常連さんのお祝いだしね。
店のものを壊さないなら、ある程度自由にしてもいいから」
「いや、そこはもちろん。そんなことのないようきちんと見張りますし」
「頼もしいわね」
といっても、テニス部の連中は(少なくとも3年生は)、やんちゃに見えてもわきまえている者ばかりだ。
心配なのは、2学期から新しく正副部長になった2年生のうちの、副部長の片桐玉青というやつくらいだ。
テニスの実力的には正部長の川崎よりもずっと上なのだが、テニス以外はポンコツというタイプなので、ほぼ形だけの副部長である。
気のいい憎めないやつではあるが、騒々しく、少し考えなしなのが気になる。
◇◇◇
「3年生の皆さん、卒業おめでとう。デコレーションのセンスがないので、こういうケーキで申しわけないけど、よかったら」と言って、千弦さんがサービスでチョコレートのケーキを出してくれた。
それには焼いた際にできたらしい見事なひび割れが入っていたのだが、片桐が「店長、ドンマイっスよ。腹に入れば一緒っス!」と言った。
本当に「そういうところだぞ!」と言いたくなる振る舞いである。
しかし菓子作りの心得がある菱沼がこう言った。
「お前、さてはシロートだな?ガトーショコラはこれが成功なんだよ。ね、店長?」
絶妙にフォローだ。
当の千弦さんは、「片桐君も菱沼君も優しいわね、ありがとう」と笑うだけだったが、俺自身、この場では“片桐側”の人間だった。
つまり千弦さんが失敗したと思ったのだ。
いつだったかの映画のポスターのときと一緒だ。
菱沼に軽く嫉妬したことも含めて、俺もまだまだ修行が足りない。
肝心のケーキだが、甘味は強いがコクがあって実にうまい。
前に「甘くなくておいしい」という表現が嫌いだと千弦さんが言っていたのを思い出した。
お菓子が甘いのは当たり前なのに、甘いところから否定してどうするの、というわけだ。
「甘さがしつこくないとか控えめとかいうならまだ分かるけどね。甘くないのがいいなら、ケーキなんて食べないでって思っちゃう」
俺は甘いもの全般、そう得意なわけではないこともあり、少々耳が痛かった。
甘いからダメなんではなく、口に合わないというだけの話なのだ。
そういえば、二年参りの後に千弦さんが入れてくれたほうじ茶ラテもうまかった。
◇◇◇
俺たちの様子を少し見た後、千弦さんが「じゃ、何かあったらLINEででも声をかけてください」と自宅の方に戻ろうとしたとき、清吾が千弦さんに声をかけた。
「店長さん、礼一郎とも相談したんですけど、ここで少しお話しませんか?お時間が大丈夫ならでいいんですが…」
そう言って俺と金澤(3年)の間にさりげなくスペースを作った。
俺の右隣が片桐、左隣が金澤だったので、この位置は妥当に思えたのだが、「じゃ、お邪魔しちゃおうかな」と千弦さんが着座した途端、金澤が千弦さんに話しかけた。
のちのち清吾が、「空気を読まずに店長に話しかけるとしたら、絶対、玉青の方だと思ったから、金澤の隣に座らせたのになあ…」と言っていたとおり、これには俺も予想外だった。
ただし、何にせよすぐ隣に千弦さんがいる。
千弦さんに聞こえる声なら、俺にも聞こえる。
さりげなく会話に参加してしまうということもできよう。
金澤はごくごく礼儀正しい男なので、千弦さんに失礼なことを言うこともない。
「実はお店に入ったときから気になっていたのですが…」
「なあに?」
「あの、雑誌スペースのところにある絵本ですが、店長のご趣味ですか?」
「ああ、あれは…」
それは絵本とはいっても、江戸川乱歩の短編『押絵と旅する男』を美麗な挿絵で絵本の装丁にした、凝った本だった。金澤は少し古い小説が好きなので、反応したらしい。
「去年の誕生日にお友達にもらって、とても素敵だったので、皆さんに見てもらおうかと思って」
「素敵だった」と言いつつ、プライベート空間ではなくここに置くというのは、ひょっとして趣味に合わなかったのかもしれない。
色合いや絵柄が、いわゆる女性の好きそうな感じなので、「さくら」のような店を好む女性には、確かに好まれそうだ。
――いや、それより何より。
「そういえば千弦さんのお誕生日って、いつなんですか?」
よし、さりげなく話しかけられた…と思う。
千弦さんは、金澤とは反対側から声がしたためか、少し驚きつつも教えてくれた。
「え?あ…今月の31日なのよ。恥ずかしながら35です」
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