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第9章 「気持ちが悪いやつだな」と言われ、「お前が言うなよ」と返した。【千弦と聡二】
自分が想像したことに自分で傷ついていれば世話ないわ。【千弦】
しおりを挟む今日は近日公開の映画の取材のため、東京で仕事だった。
聡二君が幼なじみを連れてお店にいきたいと言っていたけれど、残念ながらお断りせざるを得なかった。
「ちょっと不愛想で誤解されやすいですけど、悪いやつではありません」とのことなので、次の機会を楽しみにしよう。
「ただいまーっ」
「お帰り、ママ。今日は何の仕事だったの?」
「守秘義務守秘義務。記事がアップされたら教えるよ」
「ちぇっ」
「そうだ。芽久美、ボールペン使う?これ」
「えーっ、これって花島くららの映画のやつ?」
「うん。たくさんもらったから。お友達にも配れるくらいあるよ」
「このロゴ超かわいいし、みんな見たいって言ってるんだよね」
芽久美がペン5、6本手に取ってから、「まさかママってば、くららちゃんにインタビューしたの?」と、軽く興奮気味に言った。
「残念ながら、それは言えませーん」
「えー。記事っていつ頃アップされる?」
「ファクトチェックが終わってからだけど、映画が公開される頃にはって感じかな」
実際は監督を務めた男性へのインタビューだったのだが、それも念のために伏せた。
女子中学生には受けそうなデザインだけど、この間公園でボイレコを拾ってくれた大学生くらいの男の子には、ちょっときついかしらね。
ロゴデザインはさておいて、「スムーズ」を前面に出したのは正解だったようで、受け取ってくれてよかった。
大柄で低音の声で妙に威圧感があったけれど、とても礼儀正しい感じのいい子だったっけ。
◇◇◇
「おばさん」と言われるのを嫌う女性が多いのは事実だし、気を使ってくれたのに、変な絡み方をしてかわいそうだったかな。
そういえば芽久美が小学生のときも、同級生の子が私に、言いづらそうに「おねえさん」と言ったことがあった。
「何とかちゃんのおかあさんとかおばさんとか言うと、嫌だっていうおかあさんがいるから……先生もそうだし……」と、歯切れ悪く混乱したようなことを言われたので、「おばちゃんのことは“おばちゃん”でいいよ」って言ったら、安心したように「おばちゃん」って言ってくれたことがあったな。
小さい子に「おばちゃん」とか「おばさん」って言われるのは、かなり萌えるわよ。
(高校生より上、20代ぐらいまで世代の子だと、少し微妙な気もするけど)
私は芽久美を授かった21歳のときから「おばちゃん」の心構えだったつもりだけれど、私が平気だからって、ほかの女性にも「気にすんな」というのは傲慢というものだ。
誰も傷つけない表現なんて不可能だもの。
モノ書いてお金をもらっている人間としては、そのときできるベスト表現ができたらなと思うけど。
◇◇◇
そうだ。今度聡二君がお店に来たら、やっぱり何本か持っていってもらおうかな。
「クラスの女の子にプレゼントしてもいいんじゃない?」と勧めようと想像し、ちょっとだけ胸がちくっとした。
自分が想像したことに自分で傷ついていれば世話ないわ。
「今日取材で使ったカフェ、とってもおしゃれでお茶もおいしかったから、今度一緒に行こうか?」
「いいねえ。行きたい!」
「ああいうお店はいいねえ。席と席の間隔がゆったりしているし、お客さんも大騒ぎしないから、録音の妨げにもなりにくいのよ」
「え、『いい』ってそこ?」
実際、最近のボイレコは結構よく音を拾ってくれるが、それだけに「要らないモン」もたくさん入ってしまう。
飲食店での取材というのは珍しくないけれど、話者の声を最もかき消しやすいのは、食器の音でも、椅子を引く音でも、近所の工事の音でもなく、「人の声」なのだ。
信じられる?席同士が近いと、自分の取材対象より隣の席の人の話し声の方が明瞭に入っちゃうことすらあるくらいなのよ。
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