初恋ガチ勢

あおみなみ

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第8章 本当に「多くの人の協力」があったなあ。【千弦と聡二】

「じゃ、明日から紙袋でもかぶって接客します!」【千弦】

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彼は強いから、彼を守ってくれる人は誰もいないの。

桃園ももぞの奈々生ななみ『神様はじめました』(鈴木ジュリエッタ)

◇◇◇

 家から一番近く、制服姿で颯爽と歩く「おにいさん・おねえさん」が身近な存在だった芽久美が、英明大附属中を受けたいと言ったのは、小5のときだった。
 当時学習塾には行っていなかったので、模試的なものを受けたことはなかったが、少なくとも学校での成績は割と優秀だった。

 二者面談の折に担任の先生に相談してみると、「難関ですが、手が届かないというほどの学校ではないと思います」とのこと。
 「ただ、私立は問題が独特だったりするし、自分のレベルの見極める必要もあるでしょうから、塾へ行くことはお勧めします」とも。

 周辺によい私学がたくさんあり、中学校からは私立へという子も珍しくなかったろうが、この担任のアドバイスは良心的というか、かなりまっとうだったようだ。
 教育関係の取材をよくしている友人ライターに聞くと、受験のために塾に通う児童に冷淡だったり、時にはハラスメントまがいのことを言う教師も残念ながら存在する、とか。

 評判のよい塾が一つ隣の駅前だったので、そこに通うことになった。

 いちばんの問題は「先立つもの」だが、正直自力だけではキツそうだったので、実家に相談したところ、協力してくれることになった。もちろん少しずつ返している(現在進行形)。
 義兄経由だと思うけど、うわさを聞き付けた亡夫の実家の方でも、「協力したい」と言ってくれたのだが、それはさすがに辞退した。
 夫の生前は本当によくしてもらったし、親戚でなくてもお付き合いしていきたいような人たちだけれど、だからこそ頼れない。
 しかし、「芽久美ちゃんにプレゼントする分には構わないでしょ?」と、折々に送ってくるお菓子や洋服のたぐいは断れず、時には「どうすんのこれ…」状態になっている。だからあの年齢としでなかなかの衣装持ちだ。

 努力と周囲の協力のかいあって、何とか合格することができたが、実は受験自体に反対していたかもしれないような出来事が、その少し前にあった。

◇◇◇

 開店して3年目ぐらいだったろうか。秋口からなぜか英明の男子生徒が1~3人でというお客さんが増えてきた。

 時々はよく分からない合言葉のようなものを言われたり、「これ、オレの携帯です」と番号を書いたメモを渡されるということもあった。
 私には一瞥いちべつで11ケタを記憶できるほどの能力はないので、不用心な子だなあと呆れつつメモを処分し、再びその子が来たり、ほかの子のそういう行為があった場合は「こういうのは危険だよ」と注意したりしていた。
 当然、合言葉の方は意味が分からないので、「え?それは何?」と聞くと、「じゃ、いいです」と帰ってしまったりする。

 何だか面倒くさい遊びでもはやっているのかしらと思っていたら、ある日、中年の男性と女性の2人連れが来店した。その途端、少年客がそそくさと帰り支度をし、レジがラッシュ状態になってしまった。
 訳が分からず対処した後、2人組に接客すると、「ブレンドを2つください。あの、私どもは英明の中等部で教鞭をとっております、XとZ(仮名)です」と言う。
「はい……?」
「実は店長さんに確認したいことがございまして…」

◇◇◇

 2人の話はまさに寝耳に水だった。

 ぶっちゃけて言うと、「こちらでうちの生徒の筆おろしを手伝っているのは事実か?」だそうだ。
 さすがに筆おろしとは言わなかったけど、言いづらそうに「大人になるお相手」とかいう婉曲えんきょく表現をしていた。

「はぁっ?!(威嚇)」
「生徒たちがうわさしているんですよ。具体的にその…お相手してもらったと言う者もいて、これは看過できないのでは…と」
「ということは、そのうわさ話だけがここにいらした理由ですか?私はそんなこと断じてしておりません!」

 ばかにすんじゃねーぞゴラァ、私はなあ、夫の死後、一度もセックスしてないんだ。
 こんなが男日照りだぞ!笑いたきゃ笑え!
 ――と言うわけにもいかないが、これは怒っていいところだ。

 さすがの私のいきり立った様子に、「事実確認のつもりだったのですが…お気を悪くなさらないでください」とか言いやがる。
 そこで帰ってくれればまだよかったのだが、続く女性の一言で、さすがに塩まいたろかという気持ちになった。

「あなたはとてもおきれいだから、そういう目で見られるのはかもしれませんね」
「……!それはどうも。じゃ、明日から紙袋でもかぶって接客します!」
「何をバカなことを!」

 バカはどっちじゃ、おととい生きやがれ。

 まあとにかく、男子中学生客の謎がこれで解けた。
 合言葉の子はたぶん、聞きかじりを真に受けたか、誰かにかつがれたかだろう。

 その後、学校で何らかの指導があったのか、合言葉やケー番手渡しはこそなくなったが、男子中学生の客はまだちらほらあるし、怪しげな秋波?を送る子もいる。
 私としては、結果的におとなしく飲食してお金を払ってくれれば、どうでもいい。
 ただ、ひどいやらかしがあれば、遠慮なく警察も呼ばせてもらう。
 ネットで一時はやった「(子供なんだから)配慮してくれないと」みたいことを言うやつもいるだろうが、知るかっ。

◇◇◇

 こんなことがあって、私は少しだけ英明という学校に不信感を抱いてしまった。

 実は常連の女性の1人で「佐鳥さとりさん」という人がいらして、英明の図書室で司書をなさっている。
  今も少し年上の友達くらいの存在なのだが、その当時、教師XとZの来訪について愚痴ってしまった。

 佐鳥さんは私の話を一通り聞いた後、コーヒーをかき混ぜながら軽くため息をついた。

「容姿のいい人は強い。強い人は守る必要がない、みたいなところあるよね」
「え?」
「私の友達でね――今は没交渉だけど。男前でエリートの男性と結婚したんだけど、じゃがいもみたいな顔の、職業も不安定な男性と浮気した人がいたのよ」
「はあ…」
「旦那さんと結婚したときは彼に夢中だったと思うんだけど、結婚生活も10年になると、だんだん飽きちゃったのかな」

 私の結婚生活はたった6年で終わった。でも、10年くらいでは飽きない自信もあった。
 ここで反応しても、佐鳥さんの話を邪魔してしまうので、とりあえず黙って聞いていた。

「そんな心のスキに、素朴で気取らない危なっかしいじゃがいもさんが入り込んだのね」

「……それで?」
「結局浮気がばれてね。それでも旦那さんの方は何とか修復に努めたんだけど、友達はじゃがいもさんを選んで、今はどうしているのか分からないわ。親戚も友人もみんな絶縁しちゃうし」
「あちゃー……」

「うちの夫婦とその元ご夫婦は結構よく食事したり飲んだりしていたんだけど、お別れした後に旦那さんを飲みに誘ったら、『あなたのことは好きだが、あんな不細工で惨めな人を捨てたら私が人でなしみたいだから向こうへ行く。あなたはすぐほかの相手が見つかるだろう』って言われたって…」
「うわあ…お友達を悪く言うつもりはないですけど、歪んでますね」
「そうよねえ。愛する人に去られたら、顔がよくてもお金があっても、辛いと思うわよ」
「それ以前に浮気って!」
「本当それ。勝手すぎてびっくりしたわ」

「容姿が悪くて割を食う人がいることは否定できないけれど、容姿がいい人は強者だから、何を言っても何をしても傷つかないって思っている人は案外いるのよね。『ダイヤモンドは傷つかない』ってやつ?」
「私、結構顔は褒められますけど、別口で嫌なこと言われたら、もちろん傷つきます」

 美人だけど頭悪そうとか、性格悪そうとか、当然ながらろくに付き合いのない人ほど言う。
 ま、だから「○○そう」と推測になっているんだろうけど。

「そうそう、そういうこと。教師Xさんの容姿を思い出すと、悪いけど「ひがみ」って言葉しか出てこないわ」

 ぺろっとお茶目に舌を出す佐鳥さんの顔を見て、笑い声を聞いていたら、ああいう無自覚に人を傷つける人はどこにでもいるな、気にしないでおこうという気持ちになれた。

 だから芽久美が英明に行けたのは、佐鳥さんのあの表情ぺろっのおかげでもある。
 本当に「多くの人の協力」があったなあ。
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