初恋ガチ勢

あおみなみ

文字の大きさ
上 下
19 / 49
第7章 「店長さんは、トリュフォーはお好きですか?」【千弦と聡二】

気づいていた。俺だって気づいてはいたさ!【聡二】

しおりを挟む
いつも自分を磨いておけ。あなたは世界を見るための窓なのだ。
Better keep yourself clean and bright; you are the window through which you must see the world.

ジョージ・バーナード・ショー

◇◇◇

 部活も引退し、クラスも違うとなると、一緒に下校していた面子と行動をともにすることも少なくなってきた。
 ましてや俺は、ここのところ高頻度で「カフェさくら」に寄り道している。

 テニス部で部長を務めていた、「大柄・強面で武道経験者の風紀委員」こと高田たかだ礼一郎れいいちろうと、彼の幼馴染で部のエース的な存在だった市村いちむら清吾せいご
 登校は一緒のことが多いし、学校で顔を合わせれば会話をするものの、何しろともに下校しなくなった。

 それ自体は「そういうもの」としか思っていなかったのだが、学食で偶然会った清吾が、「ねえ、菱沼から聞いたよ?最近、お気に入りの場所があるんだって?」と、耳元でささやくように言ったときは、いろいろな意味で「ぞわっ」とした。
「ああ、「さくら」のことか?」
「その場所に、君は俺たちを誘ってくれないの?冷たいな」

 清吾は、中学生男子に使う言葉ではないが、どこか妖艶な感じのする男だ。
 柔らかそうなウェーブのかかった髪と、いつも濡れたような瞳は、たまたま性別を間違えて生まれてきた美少女という風情なのだ。

「では――予定が合うようなら今日あたりどうだ?」
「うれしいね。美人店長に紹介してもらえるのかな?」
 菱沼はそこまでしゃべったのか。

「1年生に娘さんがいるって、写真見せてくれたんだよね。清楚で賢そうな、とてもかわいい子だった」

 清吾は人当たりも柔らかだし、基本的にいい人間だとは思うのだが、なぜだろう、あの母娘(特に母の方)に近づけるのは危険だと感じる雰囲気がある。

「礼一郎も誘おう。ヤツ好みのボリュームのある食べ物はあるのかい?」
「そうだな、肉類を使ったパンメニューなら…」

◇◇◇

 さて放課後、2人を伴って千弦さんの待つ(別に待ってはいないかもしれないが)「さくら」に赴くと、入店するや否や、店内にいた女性客(年齢やや高め)がどよめいた。
 清吾は先ほど描写したような容姿で身長175センチ、礼一郎も強面ではあるが、かなり整った顔立ちをしている。どう考えても俺が一番地味だ。この2人と張り合うのが間違いだが。
 その3人が、近隣の中学校の制服を着てそろって入ってきたのだから、どんなコスプレだと突っ込みたくなるだろう。
 千弦さんをして、「いらっしゃいませ」より先に「随分迫力のあるお客様だと思ったら…」と言わしめたほどだ。

「千弦さん、こんにちは。紹介できるようなカノジョはあいにく存在しないので、自慢の友人を2人で勘弁してください。」

 千弦さんはよく俺に「カノジョいるんでしょ?連れてきてよ」的なことを言うので、ちょっと意趣返しのつもりもあった。
 俺の言動は基本的に「あなたに興味があります」の意思表示なのだが、千弦さんはそれをそらしたりかわしたりするだけなので、じれったくも腹立たしい。
「聡二君にはかなわないわね。もちろん歓迎です。こちらの席へどうぞ」
 くすくす笑いながら俺たちに席を勧める内心が読めない。
 俺のことを嫌いではないと思うし、中学生だからと極端に子供扱いされるわけではないのだが…

◇◇◇

「ね、聡二。店長さんってフランス映画好きかな?」

 オーダーの後、清吾が俺に言った。

「あそこに貼られているポスター、フランス映画が多いからさ。『ぼくの伯父さん』『地下鉄のザジ』『わんぱく戦争』とか、コミカルなのが多いけど」
「さあ、そういう話はあまりしたことが……」

 映画の話はするにはするが、何気なく引用したセリフやシーンで「あ、『〇〇』ね」とピンと来てもらえるとうれしい、というレベルだ。

 注文したものが運ばれてくると、清吾があくまで柔らかく、またスマートに千弦さんに問いかけた。

「店長さんは、トリュフォーはお好きですか?」
「え?ええ。『突然炎のごとく』と『大人は判ってくれない』は見たことはあるけれど……詳しくはないかな」

「そうでしたか。フランス映画のポスターが多いようなので、もしかしたらと」
「ああ。あれは好きな映画ってこともあるけど、ポスターのデザインが気に入ったものばかりだから、大分偏っているでしょ?」
「でもかわいらしいですよね。俺もレイモン・サヴィニャックみたいな、ああいうタッチ、割と好きですよ」
「ありがとう。気づいてもらえるとうれしいものね」

 気づいていた。俺だって気づいてはいたさ!
 ただ、そちらの知識が乏しく、話題にできなかっただけである!

 2人とも俺の大事な友人ではあるのだが、この場においては、「お店の中では帽子を脱いだ方がいいよ?」と清吾に注意されたり、黙々とポークジンジャーサンドをほお張ったりしている礼一郎の方が好感が持てるなあ……などと、心の狭いことを考えてしまった。

◇◇◇

 帰り道、何となく(自分でも自覚があるくらいに)無口になってしまった俺の顔を覗き込むように清吾が「聡二、顔が硬いみたいだけど、どうしたの?」と言った。

「いや、俺は別に…」
「君があそこを自分だけの場所にしておきたい気持ち、ちょっとわかったよ。邪魔しちゃったみたいでごめんね」

 テニスの技量で一歩(いや、半歩くらいかな)及ばないことはともかくとして。
 この市村清吾だけは、本当に敵に回したくない男である。

 礼一郎は「しゃれた店だな。あのサンドイッチはうまかったが落ち着かん」と言い、千弦さんの「感じのよさ」には高評価だった。
 しかし、清吾と違って危機感を覚えさせないのが、彼の好ましいところである。むしろ、自分の好きな女性を親友が褒めてくれるのはうれしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

両隣から喘ぎ声が聞こえてくるので僕らもヤろうということになった

ヘロディア
恋愛
妻と一緒に寝る主人公だったが、変な声を耳にして、目が覚めてしまう。 その声は、隣の家から薄い壁を伝って聞こえてくる喘ぎ声だった。 欲情が刺激された主人公は…

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

処理中です...