初恋ガチ勢

あおみなみ

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第6章 ミニシアターのチケットをもらった。[後編]【千弦と聡二】

泣けるラブコメといえば【聡二】

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恋の味を痛烈に味わいたいならば、 それは片思いか失恋する以外にないだろう

亀井勝一郎


 前章の続きです。

◇◇◇

 比較的近所のシネコンでも全く同じものを上映しているせいか、こちらでは大変ゆったり見られるようだ。
 新しくも大きくもない、強いていえばほどよく、掃除も行き届いているし、「悪くない」劇場だ。
 個人的には、「千弦さんはこういうところで映画を見ているのだな」と考えると、それだけで特別な劇場なのだが。

 いったん席を確保すると、芽久美は物販に行ってしまった。
「ママの好きな映画のグッズが売っていたんで、お土産に」という。
 ……それは後で詳しく聞かせてほしいものだ。

 三枝と2人残された俺は、少々の気詰まりを打破しようと「何か飲み物を買ってこよう」と言ったが、「あ、私が行きます」と返された。

「いや、チケットは千弦さんにもらったものだし、この中では俺が最年長だ。俺に出させてくれ」
「でも…」
「大した負担ではないので、気にしないでくれ」

「先輩って…どうしてメグママを名前で呼ぶんですか?」

 三枝は俺に、意外なような、当然のような、素朴な疑問を呈した。

「さすがに『メグママ』は俺の柄ではないし、俺の母親ではないので『お母さん』はおかしい。せっかくすてきな名前があるんだから、名前で呼ぶべきだろう」
「ふうん…」

 どうも三枝は納得がいかないらしいが、俺もどう言えば納得してもらえるのか見当がつかない。

「とにかく買ってこよう。カフェインは利尿作用があるというし、カフェインの入っていないものがいいかな。
 ほうじ茶かフルーツジュースか……」
「それは先輩にお任せします」
 
 先ほどの名前の件から、三枝の応答は何となく冴えない。
 女性というか少女の扱いというのは、どうにも難しい。

◇◇◇

 肝心の映画だが、思ったよりずっと楽しめた。
 ストーリーや展開はありきたりなものだったが、主演のイケメン俳優がなかなかの演技派だったのだ。ぜひほかの作品で見てみたいと素直に思った。

 同行の2人の少女が「泣けた~」「切な~い」と言い合っているので、若干の温度差は感じた。
 泣けるラブコメといえば、やはり往年の『アパートの鍵貸します』を推したい。
 テニスを始めたばかりぐらいのタイミングで祖父と見たのだが、テニスラケットでパスタの湯切りをするシーンに驚き、大変印象に残ったものだ。
 何せ幼かった俺には字幕もまともに読めていたか怪しいのだが、いい映画ということだけは分かった。

 しかし名前の件といい、飲み物の件といい、どうやら話の長いオジさんは嫌われるようなので、黙っておこう。
 千弦さんは、店にも映画のポスターらしきものを貼っているし、話していても結構映画好きと見受ける。『アパートの鍵貸します』も見ているだろうか。

◇◇◇

「あ、先輩、退屈じゃなかったです?」
 突然思い出したように、三枝が尋ねてきた。

「いやあ、結構楽しめた。主演の彼はなかなか演技派だな」
「だったらいいんですけど…男子ってラブコメとかすっごいバカにするから」
「それはその男子の意見で、俺の意見とは少し違う。気にすることはない」
「…先輩って、優しいんですね」

 一応褒められてはいるようだが、どうも三枝は俺に気ばかり使っているようなのが気になる。
 2年違うとはいえ、しょせんは中学生同士なのだ。
 ああでもない、こうでもないと好きなことを言い合い、調整したり譲ったりしながら楽しんでいけばいい。それができない相手とデートをして楽しいわけが……と思ってハッとした。

 これは一種の疑似デートなのだ。俺は千弦さんに「子供は子供同士、映画にでも行ってきたら?」という扱いを受けたということか?少し不安になる。

「ぱい…檜先輩、どうしたんですか?難しい顔なさって」
「ああ、ごめん。なんでもないよ」
「もしお疲れなら、もう帰られますか?」
「いや、千弦さんには2時から3時の間に店に戻ると言ってある。
 新メニューを食べさせてくれるそうだから、楽しみだな」

 口に出して、現金なことに、我ながら元気を取り戻したのを感じた。
 千弦さんを話題にしたら、晴れやかな気持ちになったのだ。

「あの…私急に用事思い出しちゃって…これで失礼します」
「え…」
「サエちゃん、どうしちゃったの?」

 三枝は「ごめんね。めぐママには『ありがとうございます』って言っておいてね」と言い残すと、小走りで立ち去ってしまった。

 前からの予定で映画を見にきたはずの女子中学生が突如思い出す「急用」というのを、俺は想像できない。

 一つだけ分かったのは、俺が一人女子中学生のエスコートに失敗してしまったということだ。
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