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第5章 ミニシアターのチケットをもらった。[前編]【千弦と聡二】
面目ない…【千弦】
しおりを挟む明日から頑張るんじゃない。今日…今日だけ頑張るんだ。
大槻ハンチョー『賭博破戒録カイジ』
◇◇◇
ミニシアターのチケットをもらった。
といっても、都心のオシャレでバーラウンジがあって外国人がたくさんくる、アート系映画ばっかりやっているような尖った劇場ではない。
主流のシネコンと違い、純粋な映画好きが集まって作った、渋いドキュメンタリーからハリウッド大作まで、客の要望に合わせて何でも上映しちゃうような、100~200席のスクリーン5つで工夫して回している、そんな劇場。
話題のドキュメンタリー映画のPR文を書く仕事のため、その作品を見たんだけど、正直私には退屈なものだった。
そうやって書いた文章自体は何とか採用してもらい、ギャラのほかに直接支配人からもらったのがチケットだった。
その支配人はもともと面識のある人だったけれど、3枚くれたのは、「親子でどうぞ」という意図だったんだろう。
中学生の娘が1人いることは言ったが、シングルだとは言っていなかったから。
さて、この中途半端な枚数、どうしたものか。
夫はいなくても彼氏でもいれば、芽久美も一緒になどとできたのだろうが、心当たりがない。
一瞬、檜君改め聡二君の顔が浮かんだが、ひどい気の迷いだ。中1の子の父親ポジを中3の彼に負わせる気か!
友達は都内在住者が多いので、映画のためにわざわざこちらまで来てもらうのも悪い。「お前が来い」という話になるだろう。
いろいろ考えた結果、芽久美に
「お友達誘って行ってくれば?あんたが見たいって言ってた映画もやってるよ?」
と3枚全部流そうとしたのだが、
「この映画は見たいけど、みんな見るならシネコンがいいって言うと思うよ。ここちっちゃいしさ…」
と難色を示された。
なによ、最近の中坊はぜーたくだな。
そこで、私と芽久美と、一番仲良しのサエちゃんの3人パーティーを組み、一緒に行くことになった。見るのは話題になっている邦画のラブコメで、人気絶頂の若手俳優が出ているものだという。
映画はともかく、かわいい女子中学生とキャッキャするのは楽しそうだし、私もそれなりに楽しみにしていたのだけど…。
◇◇◇
「あの…芽久美ちゃん、実は謝らなければならないことが…」
「まさかと思うけど、仕事入っちゃった?」
「いや、仕事は入れないようにしていたんだけど、納期をだね、
その…間違えて覚えてて…」
「もーっ。何で前日に言うかなあ?」
芽久美の怒り方は、ほぼ「何か調達が面倒くさいものを学校に持っていかなきゃならないと、前日or当日になってから子供に言われた母親」のごとしだった。
「だから、サエちゃんと2人で行ってきて。それか別の子を誘うか」
「分かったよ。サエちゃんと行ってくるから、ママは後で1人で行ってね」
「それが、そのチケットの有効期限が今月末で… 行けるビジョンがまるで見えない…」
「知らないよ!あーあ、せっかくのチケット無駄にして…」
「面目ない…」
呆れ顔だけど、芽久美はもう諦めた表情をしている。
私と出かけるのを、割と楽しみにしていてくれたみたいでうれしい。それだけに申しわけない。
が、そこである考えが頭に浮かんだ。
「あ…一緒に行くのはサエちゃんだよね?」
「たった今自分が言ったこと忘れるほどボケたの?」
「じゃなくて――ちょっと待って」
私は最近IDを交換したばかりの人物にLINEを送った。
事情を説明すると、すぐに返信がきて、物の2、3分で解決してしまった。
「私の代わりの引率者見つかったから、その人にお願いした。あなたたちと年は変わらないけど、ま、しっかりした人みたいだし…」
「え、まさか…?」
「多分、芽久美が想像している人だよ?」
「えーっ。そんな不意打ち、サエちゃん心臓止まっちゃうかも」
「そこまでなの?」
「ちっちっ。女子中学生の感受性をなめてもらっちゃ困るなあ」
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