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第4章 【番外編】ママ、我が身内ながら攻めてるな。【千弦と聡二】
なぜだろう。すごくパパとママらしい話に思える。【メグ】
しおりを挟む恋愛を一度もしなかった女はたびたび見つかるものだが、
恋愛を一度しかしない女はめったに見つからない。
ラ・ルシュフーコー[フランスの貴族・モラリスト文学者]
◇◇◇
私は英明大附属中1年、桜井芽久美、こっちは黒猫の(略)。
冗談はさておき。
先日、大規模な学校行事「英祭」が終わった。
英明の中等部から大学まで、合同で開催する学園祭。
受験を考えている小中高生や近所の人まで、幅広いお客さんも来て、それはにぎやかだ。
私が小学校1年のとき、おじいちゃんが英明の近くに持っていた店舗付住宅をママが借りてカフェをオープンしたので、私はその年から毎年、英祭にはママと2人で見物客として行っていた。
公立に行かず英明大を受験しようと思った理由も、それが大きいかもしれない。
今年は初めての展示側になったんだけど、クラスの出し物が結構うまくいったことより、クラスでモテモテの風香ちゃんが、イベントの空気で拍車がかかって4人の男子に告白されたといううわさより、もっともっと印象的な出来事は、「檜先輩がママと知り合いだったこと」だ。
ママの叔父さんが東北の片山というところでの方でカフェをやっていて、ママは時々そこを手伝いにいく。
結構遠いのに、何でわざわざママに頼むのかなとは思うんだけど、割と楽しそうに行くし、おいしいお菓子のお土産買ってきてくれるのはうれしい。
で、檜先輩が親戚の法事だかでその街に1人で行ったとき、休憩のために入ったカフェに、たまたまヘルプで入っていたママがいたんだって。すっごい偶然。
それはいいんだけど、檜先輩は英祭でママに会ったとき、「千弦さん」っていきなり下の名前で呼んだんだよね。
私が知らないだけで、もうそこまで親しい仲だったのかとびっくりしたけれど、会ったのはそのときが二度目だし、初対面のときは名乗ってすらいないという。
檜先輩はテニス部の現役時代、データ収集と分析には定評があったって聞いたけど、そういう人だと、一度会っただけの人の名前まで調べられるものなの?
そしてさらに気になるのは、その後檜先輩が、ママのやっているカフェ「さくら」にしょっちゅう来るようになったことだ。
私もお腹が空いていたり、ちょっと嫌なことがあってママに聞いてもらいたいときなんかは、家に帰らないで制服のままお店の方に行くこともあるんだけど、心なしかいつもカウンターに檜先輩が座っているような気がするほどよく見る。
檜先輩は私のママと友達になっちゃったの?
うちのクラス展示を見たママが、「ほかも見てくるね」って教室を出ていったら、檜先輩も後を追って行っちゃったし、怪しいなあ…。
◇◇◇
ところで、いつもママと2人で英祭に行っていたのは、パパがいないからだ。
私が5歳になった年の秋、交通事故で死んだ。
ママはもともとライターをしていたんだけど、パパが死んだ後、ライターの仕事を増やしたり、お友達からバイトを紹介してもらったりして、お金を稼ぐことばかり考えていたみたい。で、結局その2年後、今のお店を開いた。
これは嫌らしい自慢になっちゃうけど、実は私のママはとてもイケてると思う。
みんな「メグちゃんのママ、若くてきれいだよね」って言うし、ライターとかやってるから、結構引き出しが多くて話が楽しい。
カフェで出すお料理や飲み物だって、おいしいって評判がいいんだよ。
なのに、恋人らしい人がいるのを見たことがない。
私が今より子供の頃、仕事は別として、割と私を優先してくれていた――というか未だに私第一みたいで、それでお友達(これは女性)との約束をキャンセルしたこともあったと思う。
私ももう中学生なんだから、そこまで構わなくてもって思うけど、カレンダーの休日にママが仕事のとき、必ずおいしいごはんを用意してから出かけたり、様子うかがいのつもりなんだろうけど、外で見た変なものや面白いものの写真を撮ってLINEで送ってきたり。
これは内緒だけど、そのときもらった写真をSNSに上げたら、3ケタの「いいね」がついたこともあったなあ。
それに、ちょっとでも休みができると、疲れていても「どこか遊びに行きたいところない?」って聞いてきたりして、しかも私自身がママと過ごすのが好きなので、ついつい甘えてしまう。
◇◇◇
今ママにとって一番身近な大人の男性は、孝也伯父さん(パパのお兄さん)だろう。
といっても伯父さんはもう結婚して子供もいるし、ママとは親戚関係より仕事のつながりの方が大きいらしい。
パパが死んだとき、一番面倒を見てくれた人でもあるので、私とも今でも仲良しだけど、その伯父さんが気になることを言っていた。
「千弦はいまだに智也(パパの名前)命だから、
ほかには目もくれないもんなあ。
結構いい女なのにもったいない」
「あー、中学生でパパのことを好きになったけど振られて、
3年後に悲願のゲットってママよく言ってる」
「それ、実は誤解なんだよね。智也が千弦を先に好きになったんだ」
「どういうこと?」
「実は2人が結婚の挨拶にうちに来たとき、
俺は千弦を怒らせることを言ったんだ」
「いったい何を言ったの?」
「まだメグちゃんには言えないなあ」
「ふうん(きっとおっさんみたいなエロいこと言ったんだろうな…)」
「で、さっきメグちゃんが言ったようなことを千弦も言って、
「そこまで苦労してとっつかまえた男を逃してたまるか。邪魔するな」
って言われてさ」
「…ママ、そんな下品なこと言ったの?」
「ま、もう少しマイルドだったけどな。からかったつもりだったんだけど、
俺が2人の結婚に反対していると勘違いされたらしくて」
「ふうん?(なるほど、わからん)」
「でもそれじゃ、千弦がただの必死な人で終わっちゃうだろ?
それが気になったらしくて、智也が後から俺だけに言ってくれたんだ」
「何を?」
「かいつまんで言うと、大学生の身で中学生を好きになって戸惑っていたら、
千弦から告白してきた。
本当はうれしくて仕方なかったが、付き合うには若過ぎたから、
「3年後にまた言って」って言っただけだってさ」
なぜだろう。すごくパパとママらしい話に思える。
「千弦が高校を卒業したとき、自分から告白しようと思っていたら、
向こうが3年後、再び先に告白してきたとさ」
「はあ…そういう真相なんだ?ママは知らないのかな」
「智也本人に聞こうにも、もういないしな。
俺が教えたって、からかってるだけって取られそうだし」
「あ、それはありそう(伯父さんの日ごろの行いのせいなのでは…)」
「つまり、千弦は初恋を実らせちゃって、
なのにその相手をああいう形で失ってしまった。
だからある意味、恋愛に免疫がないのかもしれない」
「なるほどね」
待てよ。
てことは、ママは今まで一度しか恋をしていないってこと?あの年齢で?
しかも、今カウンターにとまってお茶飲んでるあの人がママのことを好きで「ああ」しているとしたら、14歳で男性に愛された女の子が、30過ぎて、今度は15歳の男の子に愛されてるってこと?
ママ、我が身内ながら攻めてるな。
檜先輩がどういうつもりでママの店に通っているのか、そしてママがそれをどうとらえているのかは分からないけれど、これはちょっと観察すべきことが、目の前で起きているのかもしれない。
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