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第3章 今日はお母さんは来ていないのか?【千弦と聡二】
そうか。あの千弦さんにそっくりなんだ。【聡二】
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無理だったかもしれない、
無茶だったかもしれない、
でも無駄じゃなかった
阿良々木暦『猫物語(白)』
◇◇◇
「檜、ちょっとこれ見てみ」
昼休み、C組の菱沼がわざわざ俺のクラスまで来て自分のスマホ画面を見せてきた。
もう片方の手にオレンジジュースを持っているが、「スマホの手」に意識が行き過ぎて、ストローから漏れ出そうになっているのが気がかりだが、まあそれはいい。
彼のカメラロールにあったらしい、女子が3人写ったショットだ。
背の高い女子が真ん中で、両脇に小柄な女子がいる。
「可愛いべ?3人とも1年D組の子なんだけど」
右側の女子は、知らない子のはずなのに顔には見覚えがあった。
「この子の名前は?」
「あ、やっぱり目付けたな。桜井芽久美ちゃん。その子がダントツだよな」
「いやその…見たことがあるような気がするんだが、思い出せない」
「その子だよ、「カフェさくら」の娘って」
「あ。「桜井」か」
いつか見たウェブのインタビューの記憶がよみがえってきた。
「美人母娘だよなあ。この子も店手伝ったりすんのかな」
そうか。あの千弦さんにそっくりなんだ。
「この写真はどうやって撮ったんだ?隠し撮りでもなさそうだが」
「そもそも俺、そんなみみっちマネしねえよ。
一番左の子が俺のファンだって聞いたんで、教室行ってみたんだよ。
したら流れで「この子の家はカフェやってる」って話聞いて、
確認したら大当たりで、ついでに適当に並んでもらって写真撮ったの」
どうしたら「話の流れで」初対面の下級生の家業を聞き出せるのか知らないが、全くうらやましい社交性だ。
「その一番背の高い子は、お前のファンらしいぜ?」
「そうか…」
真面目そうで好感度の高い少女ではあるが、あまり興味がない。
かといって、この芽久美という少女にばかり興味を示すと、絶対に勘違いをされる。
突っ込んでみたいが、とりあえず流しておくべきだろう。
「ちなみに芽久美ちゃんはミゲルのファンだとよ。変わってんな」
「いや、彼は極めて好人物だから、結構ファンが多いぞ」
大畠には悪いが、本日最も興味のない情報が提供された気分だった。
◇◇◇
学校から5分程度の距離ではあるが、雑事に追われ、なかなか「カフェさくら」に行けていない。
そうこうしているうちに、英明の年中行事「英祭」の季節になった。
中等部から大学まで合同開催の学園祭であり、かなりにぎにぎしく行われるものだ。
我が中等部3年F組は和風喫茶を出すことになった。
運営委員の俺が茶道経験者ということで、やれ野点だ、和服を着て本格的な茶会だと、非現実的なことを言い散らすやつもいたが、
「茶道部ですら体育館の片隅に畳を敷いてお茶を濁すんだ。無茶言うな」
と一蹴した(ダジャレではない。たまたまだ)。
お茶はティーバッグと電気ポットを使うが、ペット飲料とは違う温かなものを出せたら、刺さる人には刺さるのではないか。
和菓子は――あの片山で食べた小ぶりな饅頭はうまかった。
ただ、調べてみたら、個人のブログなどでは絶賛されているのだが、販売している企業のサイトには紹介ページすらない。
千弦さんが言っていた「消費期限が短いので、外には出回っていない」の意味が分かった気がする。
通販で売ることもできないので、知る人ぞ知る限定菓子になってしまうのだろう。
手作りすることも考えたが、安定的にいいものを作るまでのロスが大き過ぎる。
「そう悪くない」レベルのものを、量販店で大量に買う方が確実だ。
絵の得意な者に和菓子の絵をかわいらしく描いてもらい、ビラを作って配ったり、教室わきの掲示板にポスター代わりに貼ったりした。
――という感じで少しずつ体裁を整えていったら、本番ではなかなか好評だった。
+++
俺は当日は接客を担当したが、1年D組のクラスTシャツを着た女子を席に案内した。
この2人は――菱沼に写真を見せてもらった子たちに似ている気がする。
背が高く、髪を低い位置で二つ結びにした女子と、小柄でおかっぱ頭の、目鼻立ちのくっきりした女子。
二つ結びの子がおかっぱの子を「メグ」と呼んでいるのが聞こえ、思い切って声をかけることにした。
本当の喫茶店ならば、従業員が客に立ち入ったことを聞くのは感心しないだろうが、そもそも同じ学校の上級生と下級生にすぎない。間違っていたら詫びればいい。
「ちょっと聞きたいんだが、君の姓は「桜井」さんというのではないか?」
「え…わ…檜先輩?何で分かったんですか?」
俺は菱沼の写真の件はとりあえず伏せ、こう答えた。
「俺は君のお母さんに、片山のカフェで日本茶を淹れてもらったことがあるんだ」
「片山、あ、大叔父さんのところ!」
この一言で確定した。
「今日はお母さんは来ていないのか?」
無茶だったかもしれない、
でも無駄じゃなかった
阿良々木暦『猫物語(白)』
◇◇◇
「檜、ちょっとこれ見てみ」
昼休み、C組の菱沼がわざわざ俺のクラスまで来て自分のスマホ画面を見せてきた。
もう片方の手にオレンジジュースを持っているが、「スマホの手」に意識が行き過ぎて、ストローから漏れ出そうになっているのが気がかりだが、まあそれはいい。
彼のカメラロールにあったらしい、女子が3人写ったショットだ。
背の高い女子が真ん中で、両脇に小柄な女子がいる。
「可愛いべ?3人とも1年D組の子なんだけど」
右側の女子は、知らない子のはずなのに顔には見覚えがあった。
「この子の名前は?」
「あ、やっぱり目付けたな。桜井芽久美ちゃん。その子がダントツだよな」
「いやその…見たことがあるような気がするんだが、思い出せない」
「その子だよ、「カフェさくら」の娘って」
「あ。「桜井」か」
いつか見たウェブのインタビューの記憶がよみがえってきた。
「美人母娘だよなあ。この子も店手伝ったりすんのかな」
そうか。あの千弦さんにそっくりなんだ。
「この写真はどうやって撮ったんだ?隠し撮りでもなさそうだが」
「そもそも俺、そんなみみっちマネしねえよ。
一番左の子が俺のファンだって聞いたんで、教室行ってみたんだよ。
したら流れで「この子の家はカフェやってる」って話聞いて、
確認したら大当たりで、ついでに適当に並んでもらって写真撮ったの」
どうしたら「話の流れで」初対面の下級生の家業を聞き出せるのか知らないが、全くうらやましい社交性だ。
「その一番背の高い子は、お前のファンらしいぜ?」
「そうか…」
真面目そうで好感度の高い少女ではあるが、あまり興味がない。
かといって、この芽久美という少女にばかり興味を示すと、絶対に勘違いをされる。
突っ込んでみたいが、とりあえず流しておくべきだろう。
「ちなみに芽久美ちゃんはミゲルのファンだとよ。変わってんな」
「いや、彼は極めて好人物だから、結構ファンが多いぞ」
大畠には悪いが、本日最も興味のない情報が提供された気分だった。
◇◇◇
学校から5分程度の距離ではあるが、雑事に追われ、なかなか「カフェさくら」に行けていない。
そうこうしているうちに、英明の年中行事「英祭」の季節になった。
中等部から大学まで合同開催の学園祭であり、かなりにぎにぎしく行われるものだ。
我が中等部3年F組は和風喫茶を出すことになった。
運営委員の俺が茶道経験者ということで、やれ野点だ、和服を着て本格的な茶会だと、非現実的なことを言い散らすやつもいたが、
「茶道部ですら体育館の片隅に畳を敷いてお茶を濁すんだ。無茶言うな」
と一蹴した(ダジャレではない。たまたまだ)。
お茶はティーバッグと電気ポットを使うが、ペット飲料とは違う温かなものを出せたら、刺さる人には刺さるのではないか。
和菓子は――あの片山で食べた小ぶりな饅頭はうまかった。
ただ、調べてみたら、個人のブログなどでは絶賛されているのだが、販売している企業のサイトには紹介ページすらない。
千弦さんが言っていた「消費期限が短いので、外には出回っていない」の意味が分かった気がする。
通販で売ることもできないので、知る人ぞ知る限定菓子になってしまうのだろう。
手作りすることも考えたが、安定的にいいものを作るまでのロスが大き過ぎる。
「そう悪くない」レベルのものを、量販店で大量に買う方が確実だ。
絵の得意な者に和菓子の絵をかわいらしく描いてもらい、ビラを作って配ったり、教室わきの掲示板にポスター代わりに貼ったりした。
――という感じで少しずつ体裁を整えていったら、本番ではなかなか好評だった。
+++
俺は当日は接客を担当したが、1年D組のクラスTシャツを着た女子を席に案内した。
この2人は――菱沼に写真を見せてもらった子たちに似ている気がする。
背が高く、髪を低い位置で二つ結びにした女子と、小柄でおかっぱ頭の、目鼻立ちのくっきりした女子。
二つ結びの子がおかっぱの子を「メグ」と呼んでいるのが聞こえ、思い切って声をかけることにした。
本当の喫茶店ならば、従業員が客に立ち入ったことを聞くのは感心しないだろうが、そもそも同じ学校の上級生と下級生にすぎない。間違っていたら詫びればいい。
「ちょっと聞きたいんだが、君の姓は「桜井」さんというのではないか?」
「え…わ…檜先輩?何で分かったんですか?」
俺は菱沼の写真の件はとりあえず伏せ、こう答えた。
「俺は君のお母さんに、片山のカフェで日本茶を淹れてもらったことがあるんだ」
「片山、あ、大叔父さんのところ!」
この一言で確定した。
「今日はお母さんは来ていないのか?」
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