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第1章 一杯茶というのもなんですから【千弦と聡二】
次に恋するなら、あんな男性がいいなあ。【千弦】
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南東北の片山という街でカフェを営む叔父さんから、救援要請があった。
銀婚式の旅行を子供たち、すなわち私の年若き(大学生と高校生)いとこたちからプレゼントされ、県内の温泉に1泊2日で行くという。
土・日だし、いっそ店を閉めようかとも思ったのだが、1日だけでも手伝えるなら来てくれないか?ということだった。
「すっごい豪勢じゃない。バイトでもしてたのかな」
『なあに、県内の高級旅館のたかが1泊2日だ。大した額じゃないだろう』
「“高級”って言っちゃってるあたり、うれしさが隠せてないよ?」
『ははは。なんか予約取れたのはラッキーだって言われたんだけど、どうも人気のあるアニメの背景にそっくりで、今だと何か月も先までびっしりなんだとさ。無尽城、とかいったかな』
「あ、でもそれネットニュースで見たかも。幻想的で素敵なお宿だったよ。写真撮ってきてね」
『そういうのは母ちゃんが好きだから、撮りまくるだろうよ。送る?』
「芽久美がそのアニメけっこう好きだから、喜ぶと思うわ」
芽久美というのは私のひとり娘だ。ちなみに、うちから徒歩5分の英明大附属中に今年入学したばかり。
大分雑談が長くなってしまったが、私は自分がやっているカフェと、もう一つの仕事(後述)との兼ね合いを考えて、土曜日だけお手伝いに入ることにした。
自分の店が営業時間が短かったり不定休だったりすることが多いせいか、私は意外と外部から仕事を頼まれる。
中には「結婚式場の模擬挙式のモデル」なんて依頼もあった。
ウェディングドレスを着て、初対面の「新郎」と腕を組み、全く知らない「花嫁の父」に花束を渡すという狂った役どころだけれど、ギャラが結構よかった。
ヘラヘラ調子よく引き受けてしまうのもよくないのだろうが、8年前、若い身空で未亡人なんて立場になってしまったので、少しでもお金を稼ごうと算段を考えていたとき、親戚知人が手を差し伸べてくれた、その名残でもある。
『芽久美ちゃんも来るのかい?』
「もう中学生だから、留守番してるって言うかも」
『そうか、うちのボウズどもは残念がりそうだが、仕方ないか。芽久美ちゃんは親類縁者のアイドルだからね』
「ボウズども」は大学生と高校生ではあるが、芽久美から見たら「いとこ叔父」に当たる。
私の結婚や出産が早かったため、結構こういう年齢差の親戚関係がある。
◇◇◇
そんなわけで叔父さんの店は3、4か月に一回は手伝っているから、もともとの常連さんの中には、結構顔を合わせる人もいる。
週末はランチは休みなので、少し休憩という感じでコーヒーを飲む人がいる程度。
ケーキはいつも近所の洋菓子店から1ホールか2ホールだけ買っているそうだが、今日はそれもお休みだ。
私は兼業で雑誌やウェブのライターもしているので、その補助作業的なことを接客の合間にやろうと思っていたら、「合間」の方が大分長くなってしまった。
そして、14時頃だったろうか、「その人」が来店した。
チノクロスのパンツにサックスブルーのシャツという飾り気のない格好だけれど、背が高くてスタイルがよく、清潔感があった。切れ長の目で、ワックス類など全くつけてなさそうなサラサラの髪がとても涼し気。頭の形のよさが分かるヘアスタイルだ。
きっと和服を着たら似合うだろう(そしてそんな格好でご来店あそばされたら、私は簡単にホレていたかもしれない)。
すてきな人だなあと思いつつ水を運んでいったら、私が「1日限定メニュー」として付箋に手書きした日本茶を注文してくれた。
注文のときから分かっていたけれど、この人、とても声がいい。トーンはやや高目だが落ち着いていて、聞き取りやすい。
その声で言われた「うまい…」という言葉の破壊力たるや。
カウンターに座ってくれたら、ほかにお客さんがいないのをいいことに話しかけてしまったかもしれないが、彼は窓際の席で本を読んでいた。
その横顔がまた、鼻が高くてエレガントで美しい。
私が何百キロも離れた街から来た、1日限定の助っ人でなければ…
そして、この人がもう少し大人か(多分大学生くらい)、私があと10歳くらい若かったら…って、事実と異なるものを2つも3つも並べると、それはもう完全に妄想だけど。
多分そんな魅力的な男性には、同じくらい魅力的な若い恋人がいるだろう。
「(お茶の)おかわりもいいぞ!」という、某漫画に出てくる児童施設の教官みたいな不穏な呼びかけを素直に受け入れ、30分近くいてくれた。
多分いるであろうカノジョさんには悪いけど、今だけは彼の時間の一部をひとり占めしているような勘違いをしてしまった。
配偶者は既に亡く、恋人もいないが、仕事と最愛の娘を生きがいに楽しくやってる桜井千弦 、34歳。
次に恋するなら、あんな男性がいいなあ(年はもう少し上の方がいいけれど)。
既に常連さん…には見えなかったので、これを機に来てくれるようになったら、私の次のヘルプの折に、会う確率が高くなるかもなんて思って、ちゃっかり売り込んじゃった。
仕事で感じのいい男性と出会うことはそこそこあるが、ここまで「気になる」人は初めてかもしれない。
助っ人でたまたま入ったお店のお客さん(多分一見さんとかふりのお客さん)だから、「仕事で出会った」と言えるかは微妙だけど。
まあ、こんな初対面のおばちゃんに思いを寄せられても迷惑かな。
若者よ、すまんな。
銀婚式の旅行を子供たち、すなわち私の年若き(大学生と高校生)いとこたちからプレゼントされ、県内の温泉に1泊2日で行くという。
土・日だし、いっそ店を閉めようかとも思ったのだが、1日だけでも手伝えるなら来てくれないか?ということだった。
「すっごい豪勢じゃない。バイトでもしてたのかな」
『なあに、県内の高級旅館のたかが1泊2日だ。大した額じゃないだろう』
「“高級”って言っちゃってるあたり、うれしさが隠せてないよ?」
『ははは。なんか予約取れたのはラッキーだって言われたんだけど、どうも人気のあるアニメの背景にそっくりで、今だと何か月も先までびっしりなんだとさ。無尽城、とかいったかな』
「あ、でもそれネットニュースで見たかも。幻想的で素敵なお宿だったよ。写真撮ってきてね」
『そういうのは母ちゃんが好きだから、撮りまくるだろうよ。送る?』
「芽久美がそのアニメけっこう好きだから、喜ぶと思うわ」
芽久美というのは私のひとり娘だ。ちなみに、うちから徒歩5分の英明大附属中に今年入学したばかり。
大分雑談が長くなってしまったが、私は自分がやっているカフェと、もう一つの仕事(後述)との兼ね合いを考えて、土曜日だけお手伝いに入ることにした。
自分の店が営業時間が短かったり不定休だったりすることが多いせいか、私は意外と外部から仕事を頼まれる。
中には「結婚式場の模擬挙式のモデル」なんて依頼もあった。
ウェディングドレスを着て、初対面の「新郎」と腕を組み、全く知らない「花嫁の父」に花束を渡すという狂った役どころだけれど、ギャラが結構よかった。
ヘラヘラ調子よく引き受けてしまうのもよくないのだろうが、8年前、若い身空で未亡人なんて立場になってしまったので、少しでもお金を稼ごうと算段を考えていたとき、親戚知人が手を差し伸べてくれた、その名残でもある。
『芽久美ちゃんも来るのかい?』
「もう中学生だから、留守番してるって言うかも」
『そうか、うちのボウズどもは残念がりそうだが、仕方ないか。芽久美ちゃんは親類縁者のアイドルだからね』
「ボウズども」は大学生と高校生ではあるが、芽久美から見たら「いとこ叔父」に当たる。
私の結婚や出産が早かったため、結構こういう年齢差の親戚関係がある。
◇◇◇
そんなわけで叔父さんの店は3、4か月に一回は手伝っているから、もともとの常連さんの中には、結構顔を合わせる人もいる。
週末はランチは休みなので、少し休憩という感じでコーヒーを飲む人がいる程度。
ケーキはいつも近所の洋菓子店から1ホールか2ホールだけ買っているそうだが、今日はそれもお休みだ。
私は兼業で雑誌やウェブのライターもしているので、その補助作業的なことを接客の合間にやろうと思っていたら、「合間」の方が大分長くなってしまった。
そして、14時頃だったろうか、「その人」が来店した。
チノクロスのパンツにサックスブルーのシャツという飾り気のない格好だけれど、背が高くてスタイルがよく、清潔感があった。切れ長の目で、ワックス類など全くつけてなさそうなサラサラの髪がとても涼し気。頭の形のよさが分かるヘアスタイルだ。
きっと和服を着たら似合うだろう(そしてそんな格好でご来店あそばされたら、私は簡単にホレていたかもしれない)。
すてきな人だなあと思いつつ水を運んでいったら、私が「1日限定メニュー」として付箋に手書きした日本茶を注文してくれた。
注文のときから分かっていたけれど、この人、とても声がいい。トーンはやや高目だが落ち着いていて、聞き取りやすい。
その声で言われた「うまい…」という言葉の破壊力たるや。
カウンターに座ってくれたら、ほかにお客さんがいないのをいいことに話しかけてしまったかもしれないが、彼は窓際の席で本を読んでいた。
その横顔がまた、鼻が高くてエレガントで美しい。
私が何百キロも離れた街から来た、1日限定の助っ人でなければ…
そして、この人がもう少し大人か(多分大学生くらい)、私があと10歳くらい若かったら…って、事実と異なるものを2つも3つも並べると、それはもう完全に妄想だけど。
多分そんな魅力的な男性には、同じくらい魅力的な若い恋人がいるだろう。
「(お茶の)おかわりもいいぞ!」という、某漫画に出てくる児童施設の教官みたいな不穏な呼びかけを素直に受け入れ、30分近くいてくれた。
多分いるであろうカノジョさんには悪いけど、今だけは彼の時間の一部をひとり占めしているような勘違いをしてしまった。
配偶者は既に亡く、恋人もいないが、仕事と最愛の娘を生きがいに楽しくやってる桜井千弦 、34歳。
次に恋するなら、あんな男性がいいなあ(年はもう少し上の方がいいけれど)。
既に常連さん…には見えなかったので、これを機に来てくれるようになったら、私の次のヘルプの折に、会う確率が高くなるかもなんて思って、ちゃっかり売り込んじゃった。
仕事で感じのいい男性と出会うことはそこそこあるが、ここまで「気になる」人は初めてかもしれない。
助っ人でたまたま入ったお店のお客さん(多分一見さんとかふりのお客さん)だから、「仕事で出会った」と言えるかは微妙だけど。
まあ、こんな初対面のおばちゃんに思いを寄せられても迷惑かな。
若者よ、すまんな。
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