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第8章 夏休みの小事件
レイの行動力
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レイ、一体どこに行っちゃったの?
***
塾の夏期限定の講習は無事終わったけれど、レイはその後すぐ、他県の避暑地の集中合宿に行ってしまった。
レイのお母さんがレイに内緒で申し込んでいたようなんだけど、結構な金額を納入したらしく、「もったいないから、とりあえず行ってくる」ことにしたらしい。
知らされたのは8月に入ってからだというから、事前に言っていたらレイが嫌がると思ったのだろう。
でも合宿が終了しても、レイは帰ってこない。
特に連絡も来ないし、心配になって訪ねていったら明日香さんが出た。
「あら、まつりちゃんは聞いてなかった?レイ、合宿終わった足で東京の親戚の家に行ったのよ」
「え…」
「合宿中、母が近所で待機して、そのまま連れてったって。実は私も昨日聞かされたんだけどね」
「そうだったんですか…」
「でも、まつりちゃんにも何も連絡してこいないなんて変ね。携帯禁止とかなのかな。何か分かったら話すわ」
「ありがとうございます」
◇◇◇
その夜、明日香さんからお姉ちゃんに電話があった。
一方通行の「え」「あー、そういう…」「うん、わかった」という返事の後、電話を切ったと思ったら、「明日香ちゃんが、あんたに話があるって言うんだけど」と言われた。
「もう遅くて悪いけど、家まで来てほしいって」
常識人の明日香さん――というか斉木家のヒトにしては強引だし、時間も遅い。
これは何か特別なことがあったのだろうと思いながら訪ねていくと、なんとリビングにレイがいた。
その場の若干深刻そうな雰囲気が気になったものの、「まつりちゃん!」と呼びかける声は明るく、いつものレイにしか見えなかった。
「実は父と相談して、このことをまだ母には知らせていないのよ」
“このこと”というのは、レイが一人で家に帰ってきたことだろうか。
レイのお父さんが、重々しくこう言った。
「厚かましいお願いで悪いんだが、このバカ息子を桐野さんの家で預かってもらえないだろうか。1、2日でもいい。それでも図々しいことは承知だが…」
さらに明日香さんが、「もちろん正式にはおばさんたちと相談するつもりだけど」と言った。
訳がわからずおろおろしていると、レイのお父さんと明日香さんがかわるがわる少しずつ説明してくれた。
今レイが話すと、感情任せにお母さんを責めそうだから、説明には向かないとの判断らしい。
レイは集中合宿の後、もちろんすぐ片山に帰るつもりだったのだが、なぜかお母さんが迎えにきて、東京に連れていかれた。そこは東京の隣の県にある避暑地だったらしい。
「しばらく顔出していないし、いい機会だから」と言われたので、ちょっと顔を出せば…程度に思っていたら、お母さんに「もう片山には帰らないで、こっちで学校に通いなさい」と言われた。
しかも、「落ち着いたら返すから」と言われ、携帯は没収された。
当然、レイは反発したが、原発事故後の母親の態度を思い出したら、「自主避難」という言葉がすぐ頭に浮かんだらしい。
原発から少し離れた市町村、それこそ60キロ離れた片山に住んでいる人でも、自主的に他県に避難したり、移住したりという人は珍しくない。
これはまともに抗議しても聞いてもらえるわけがないと悟ったレイは、「分かった」とだけ言って、何事もなかったかのように親戚と談笑していたが、一晩明けてから、適当な時間の切れ目を見て、「ちょっとこの辺の街に慣れておきたいんで、散歩してきます」と言って、財布だけ持って家を出て、その足で在来線を5時間近く乗り継いで帰ってきたという。
携帯がないので、いざというときの連絡は不安だったが、どっちみちお母さんが電源を切った状態で持っているのだから使えない。
まずは「本体」だけでも片山に帰れば何とかなるだろうという判断だったようだ。
◇◇◇
「…で、この時間になったということなんだ」
「新幹線に乗るのは少しお金足りなかったらしくてね。バス賃残っててよかったわね。駅から5キロ歩くはめになってたわよ」
「いやあ…タクシーで帰って父さんに出してもらえばいいやって思ったから」
レイは舌をぺろっと出しそうな、ちょっととぼけた表情で飄々と言ったけれど、レイのお父さんはさすがにそんなレイをたしなめた。
「ふざけるな!心配をかけて」
「うん…それはごめん」
「まあ、気持ちは分かるがな…」
「事前に連絡したら、母さんの方に伝わっちゃう可能性もあったし」
状況が状況だけに、レイのお父さんもお姉さんも、お母さんに「念のために」連絡する可能性は確かに考えられた。
すると、逆にお母さんに先回りされる可能性もあったのだろう。
単純に行方不明だと判断されて、捜索願でも出されたら大事になる。
お母さんが「随分帰り遅いわね。携帯を取り上げたのは間違いだったかしら」などと思っているすきを見て、何とか帰り着いた――というのが今回の真相らしい。
かなり必死ではあったんだろうけど、聡明で気の回るレイらしい行動でもあったんだね。
「母さんのことなんだけどね…とりあえずパパも私もあんたの援護をするわ」
「そうだな。こんなやり方は、やはり感心できない」
「よかった…2人ともありがとう」
***
塾の夏期限定の講習は無事終わったけれど、レイはその後すぐ、他県の避暑地の集中合宿に行ってしまった。
レイのお母さんがレイに内緒で申し込んでいたようなんだけど、結構な金額を納入したらしく、「もったいないから、とりあえず行ってくる」ことにしたらしい。
知らされたのは8月に入ってからだというから、事前に言っていたらレイが嫌がると思ったのだろう。
でも合宿が終了しても、レイは帰ってこない。
特に連絡も来ないし、心配になって訪ねていったら明日香さんが出た。
「あら、まつりちゃんは聞いてなかった?レイ、合宿終わった足で東京の親戚の家に行ったのよ」
「え…」
「合宿中、母が近所で待機して、そのまま連れてったって。実は私も昨日聞かされたんだけどね」
「そうだったんですか…」
「でも、まつりちゃんにも何も連絡してこいないなんて変ね。携帯禁止とかなのかな。何か分かったら話すわ」
「ありがとうございます」
◇◇◇
その夜、明日香さんからお姉ちゃんに電話があった。
一方通行の「え」「あー、そういう…」「うん、わかった」という返事の後、電話を切ったと思ったら、「明日香ちゃんが、あんたに話があるって言うんだけど」と言われた。
「もう遅くて悪いけど、家まで来てほしいって」
常識人の明日香さん――というか斉木家のヒトにしては強引だし、時間も遅い。
これは何か特別なことがあったのだろうと思いながら訪ねていくと、なんとリビングにレイがいた。
その場の若干深刻そうな雰囲気が気になったものの、「まつりちゃん!」と呼びかける声は明るく、いつものレイにしか見えなかった。
「実は父と相談して、このことをまだ母には知らせていないのよ」
“このこと”というのは、レイが一人で家に帰ってきたことだろうか。
レイのお父さんが、重々しくこう言った。
「厚かましいお願いで悪いんだが、このバカ息子を桐野さんの家で預かってもらえないだろうか。1、2日でもいい。それでも図々しいことは承知だが…」
さらに明日香さんが、「もちろん正式にはおばさんたちと相談するつもりだけど」と言った。
訳がわからずおろおろしていると、レイのお父さんと明日香さんがかわるがわる少しずつ説明してくれた。
今レイが話すと、感情任せにお母さんを責めそうだから、説明には向かないとの判断らしい。
レイは集中合宿の後、もちろんすぐ片山に帰るつもりだったのだが、なぜかお母さんが迎えにきて、東京に連れていかれた。そこは東京の隣の県にある避暑地だったらしい。
「しばらく顔出していないし、いい機会だから」と言われたので、ちょっと顔を出せば…程度に思っていたら、お母さんに「もう片山には帰らないで、こっちで学校に通いなさい」と言われた。
しかも、「落ち着いたら返すから」と言われ、携帯は没収された。
当然、レイは反発したが、原発事故後の母親の態度を思い出したら、「自主避難」という言葉がすぐ頭に浮かんだらしい。
原発から少し離れた市町村、それこそ60キロ離れた片山に住んでいる人でも、自主的に他県に避難したり、移住したりという人は珍しくない。
これはまともに抗議しても聞いてもらえるわけがないと悟ったレイは、「分かった」とだけ言って、何事もなかったかのように親戚と談笑していたが、一晩明けてから、適当な時間の切れ目を見て、「ちょっとこの辺の街に慣れておきたいんで、散歩してきます」と言って、財布だけ持って家を出て、その足で在来線を5時間近く乗り継いで帰ってきたという。
携帯がないので、いざというときの連絡は不安だったが、どっちみちお母さんが電源を切った状態で持っているのだから使えない。
まずは「本体」だけでも片山に帰れば何とかなるだろうという判断だったようだ。
◇◇◇
「…で、この時間になったということなんだ」
「新幹線に乗るのは少しお金足りなかったらしくてね。バス賃残っててよかったわね。駅から5キロ歩くはめになってたわよ」
「いやあ…タクシーで帰って父さんに出してもらえばいいやって思ったから」
レイは舌をぺろっと出しそうな、ちょっととぼけた表情で飄々と言ったけれど、レイのお父さんはさすがにそんなレイをたしなめた。
「ふざけるな!心配をかけて」
「うん…それはごめん」
「まあ、気持ちは分かるがな…」
「事前に連絡したら、母さんの方に伝わっちゃう可能性もあったし」
状況が状況だけに、レイのお父さんもお姉さんも、お母さんに「念のために」連絡する可能性は確かに考えられた。
すると、逆にお母さんに先回りされる可能性もあったのだろう。
単純に行方不明だと判断されて、捜索願でも出されたら大事になる。
お母さんが「随分帰り遅いわね。携帯を取り上げたのは間違いだったかしら」などと思っているすきを見て、何とか帰り着いた――というのが今回の真相らしい。
かなり必死ではあったんだろうけど、聡明で気の回るレイらしい行動でもあったんだね。
「母さんのことなんだけどね…とりあえずパパも私もあんたの援護をするわ」
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