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ささやかだけど気に障ること

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 母の「お見送り」は、ちまっとした家族葬で行われた。
 納棺してお経を唱えてもらった後、火葬場に向かった。
 その際、兄が仮位牌、弟が遺影、私が骨壺の入った箱を分担して持つことになったが、これは決めてあったわけではなく、「何かそのときの立ち位置的にそんな感じになっちゃった」のだ。
 葬儀社の方が神妙な口調で「こちらはどなたがお持ちになりますか…?」と言い、たまたま「近くにいた順」に、母と血縁にある私たちきょうだいが「では私が…」と申し出たに過ぎない。

 そして当然だけれど、三つの中では骨壺がぶっちぎりで重い!
 何しろ“中身”はこれから入るというのに、壺だけの段階で既に重いのだ。

 別に葬儀場から火葬場までの10キロ近く、歩いて持っていくわけではないけれど、最初の「取り決め」は、何となくその後まで効いてくるので、火葬場に着いて車から建物に入るまで、火葬後に壺に骨上げし自宅に運ぶまで、ずーっとこの「担当」は変わらず、結局、きょうだい唯一の女で最も体の小さい私が骨箱運びの任を負った。

 葬儀に参列したことはあっても、ここまで当事者になることは滅多にないので、 正直これはハプニング的なものと受け止めた。
 運転席の夫も、「俺の母のときもきょうだいで分担したけど、そういえばほぼ“アドリブ”だったなあ。何運んだか覚えていない」と1年前のことをぼんやりと言い、「まあ、骨箱運ぶなんて滅多にできないチャンスだよ」と、変なフォローをした。変なフォローではあったが、私自身そう思うので、結果オーライである。滅多に履かないパンプスを履いてけずに済んだだけでもお慰みだ。

◇◇◇

 現在、自宅に簡単な祭壇をしつらえて、片付けで家に入ったときだけお線香をあげている。
 最初のうちはほぼ毎日入っていたけれど、最近は頻度が落ちているので、四十九日前だというのに「何もない日」もあって申しわけないが、あの家の“住人”がいない以上、致し方ない。

 そんな状況では生花を供えるのも難しいので、夫の提案で、100均で小さな器に入った造花とシンプルな花器、そしてその花器にさすための造花を、左右におけるよう1対ずつ買った。
(ちなみに榊のフェイクっぽいものも売られていた。すげえな100均)

 私たちが葬儀の翌日にそれらを持って行ったときには、祭壇には既に缶コーヒーやレトルトパウチのお汁粉と仏具が置かれていたが、花は全くなかった。
 母はコーヒー好きだったけれど、缶コーヒーよりペットボトルのサイダーが好きだったし、お汁粉というのも「甘いもの」縛りで考えた結果だろう。いろいろと工夫して置いてくれたであろう弟を責める気は毛頭ないが、「コレジャナイ…」と正直モヤモヤした。

 お線香を上げるたび、骨箱が目に入るので、あの日腕に感じたずしっとした重さや質感がよみがえる。あくまで体感だけれど、骨箱の重さは、骨上げとする前とした後とでさほど変わらなかった、なんて。
 骨だけになった母の“体重”は、骨壷重量の誤差程度にまでなってしまったのだ。

◇◇◇

 ところで、葬儀よりさらにさかのぼるが、母の死亡が確認された後、母が受けていたサービスの業者さんに、思いつく限り電話をかけまくった。
 病院の予約、ヘルパーステーション、デイサービスなどは、単に「キャンセル」の意味合いもあったけれど、結果的には突然の悲報として受け入れられた。「そうですか」程度で割とビジネスライクに済んだのは医療関係だけだった。
 解約のためにサインが必要だとか、料金の未払いがある場合の処理など、「郵便はまだこの住所が生きているのでこちらでいいが、電話は私の携帯にお願いします」と一言添え、あとは連絡を待つことにした。

 ごく最近、ケアマネさんから「お線香を上げたい」という連絡が来たので、日時を決めて待機することになった。
 それ自体は大変ありがたいけれど、当日朝になって「ヘルパーに話をしたら同行したいと言うが大丈夫か?」と確認の電話があった。ヘルパーさんとは私自身1、2度面識があったし、断る理由もない。「母も喜ぶと思います」とだけ言って待っていた。

 そして約束の日時、時間より10分早く2人が訪れた。
 うーん、幼少期からマナー本で「個人のお宅には2、3分遅れていきましょう」というのを読んでいてしみついている身には違和感だらけだけれど、母の介護度アップによって担当が代わったばかりのケアマネさん、そういえばいちばん最初のご来訪も10分前だったな…。業界のお約束的な何かなのかな。

 ケアマネさんは、控え目な色の菊、カーネーション、トルコギキョウなどがまとめられた花束を持ってきてくださった。ありがたい!けど、ありがたい…けど…正直困る。こういうのは“普通”なのだろうか?よく分からない。
 そして、お金を使って内心「ありがた迷惑」と思われてしまったケアマネさんに、私の中のもう一人の私が同情した。

 お線香を上げた後、ヘルパーさんが、「それで、未払いの利用料金のことなんですけど…」と突然切り出した。

 え?ええ?えーっ?それ今なの?
 いや、「せっかく来たし、ついでに」程度の気持ちなんだろうけれど、こちらにしてみると、「お金の回収のついでに線香上げにきた」と取ってしまうタイミングだ。

 金額自体は2,000円と少々。ただ、私の財布には、たまたま1万円札がぺろっと1枚と小銭という状況だったので、おつりが8,000円ちょっきりになるようにと調整して出すと、「あー、お釣り持ってなくて…」と言われた。

 結果的に請求書払いという形になり、いったん保留になったけれど、「そういうこと」も含めてヘルパーステーションに電話して伝えてあったはずなのだが…?現場スタッフとの申し合わせはどうなっとったのかね。

 母は担当ヘルバーさんのことを、「明るくて感じがよくて熱心」と褒めていたのだが、私自身はちょっとだけひっかかることがあった。
 いつだったか母が体調が悪くてなかなか玄関まで出てこられなかったとき、「あー、何回もブザー押しても出てこなくて。電話も何回もして、やっと取れました~」と、私の方に事後報告があったのだ。

 それは大変でしたね――と心から言いたいところだし、言うべきところでもあるのだけれど、「セーゾンカクニン」という言葉のあまりの軽さに絶句して、やっとやっと「そうですか、ええと、お世話かけました」と言った。

 人様の善意を素直に受け取れない自分に嫌気がさしつつも、いただいたお花はフラワーベースの造花と挿げ替えた。
 ふちが紫色のトルコギキョウは、偶然にも母の好きな花の一つだった。

「好きなお花もらえてよかったね、お母さん」
 
 帰り際、遺影に向かって声をかけてみた。
 そこでフレームの中の母がニヤッとした――みたいなホラー展開はないけれど、「少しだけうれしそうな顔をした」程度には解釈しておこう。
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