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ペアチケット

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 史雄は家が割と裕福なのと、本人があまり精力的でないことが手伝い、大学を卒業後、適当にアルバイトをしている身だった。

 専門学校の学生で、1年のうちはアルバイトをせず勉強に打ち込めと親から言われていたみすずは、自由に使える小遣いが少ないので、「デート」(といってよければ)費用は全て史雄が負担することになる。

 そんな事情もあって、ホテルの数千円の利用料、ビデオレンタル料で済むのは好都合だと考えていたし、みすずも多くは望まなかった。

 史雄がみすずに要求する負担といえば、ホテルに行く前に立ち寄ったスーパーやコンビニで、「自分の食べたいおやつは自分で買ってね」と言う程度である。

◇◇◇

 そんな中で、みすずは学校の同級生である麻子あさこから、映画のチケットを2枚もらっていた。

 正確にいえば、1人分の料金が割安になるペア券だが、どちらも自分で使うつもりだったらしい。
 もともとは、その映画の主演俳優が好きだった彼女が早いうちから買い、封切を楽しみにしていたものだったが、家の事情で退学して故郷に帰ることになってしまったという。

 事情を知り、せめて買い取りたいと言ったみすずに、「ううん。みすずちゃんって彼氏とよく映画見にいくんでしょ?私の代わりに楽しんできてよ」と、麻子は押し付けるように渡してきた。
 全国で使えるチケットならよかったのだが、劇場限定のチケットだったので、「映画のためだけに東京に出てくるのは無理そうなんだよね」と、無理してつくったような笑顔を向けられると、断る理由もなかった。

「じゃ、お言葉に甘えて…。ありがとう」
「こっちこそだよ。仲良くしてくれてありがとね」

 後から手紙に映画の感想でも書きたいと思い、住所を尋ねた。
 しかし、「それがさ…引っ越すことは決まってるんだけど、まだいろいろバタバタしてて。落ち着いたら私から書くね」ということなので、(思ったより複雑な事情を抱えてそう…)と、みすずはそれ以上追及できなかった。

 わずかな間だが親しくしていた麻子からもらったチケットは、ほんの数グラムの、ミシン線の入った紙切れだったが、みすずには重く感じられた。
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