【R15】母と俺 介護未満

あおみなみ

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水ようかん(1)

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 母のことは気がかりだし、何だかんだ言って、妻に暴言を吐いてしまったことも、全く気にしていないわけではないが、とりあえずはやりかけの仕事に手を付けた。

 そういえば、母の生活の介助をするようになってから、本やネットで得た知識のほかに、母と接することで得た“実感”みたいなものも、十分知見と言えるものではないかと気づいた。
 そして、それらも執筆の仕事に生かせそうだなと考えると、さまざまなことに前向きに取り組める気になれた。

 このあいだ病院に付き添った際、何となくそんなことを話題にした。
 多分、院内に張ってあるポスターか何かを見て、それが呼び水になったのだったと思う。
 残念ながら、具体的に何のポスターだったかは忘れたが。

 俺は虫歯もなく、風邪もめったに引かないので、自分自身の体のことで病院にかかるという経験は、もう何十年もしていない。
 母が繰り返し手術をしたり、病院に通ったりしているのに付き添うようになったから、ここ10年ほどで、病院というものに妙な縁ができてしまった。
 そこでふと掲示板を見たとき、「そうか、病院ってこういう告知をしているんだな」と、感心に近いものを覚えた――のが、呼び水になった格好だったと記憶している。

 俺としては、母が妙に委縮しがちになることがあるので、「俺もメシのタネにさせてもらっているから」という軽いノリで、気を楽にしてもらおうという程度の気持ちだったのだ。
 しかし、母の答えはこうだった。

「あんた、今からでも介護の資格取ったら、そういう仕事に就けるんじゃないの?」

 それは既に仕事と母の手伝いで精いっぱいの、50歳の男に言うのは現実的ではないし、冗談を言っているようにも見えなかった。

「まあ、仕事はもうしてるからなあ…」
「…失礼なことを言ったね、ごめん…」

 場の空気は著しくダウンなものになった。言わなきゃよかった。
 俺の話題選びが下手なのか、俺自身のせいなのか、母のコンディションのせいなのか――全部か。

◇◇◇

 娘から昼近くにメッセージをもらった。
 どうやら少女Aと意気投合したようで、少し遊んでから帰るという。
 「帰る」と言うあたり、今日は俺のところに泊まる気なのだろう。

「夕飯はウチで食うんだな?」
『うん。久々にお父さんのカレー食べたい!』
「分かった。つくっておくよ」

 娘のことだから、少女Aの境遇なども自然に聞き出して、「パパのカレー、おいしいよ。食べていこうよ!」と、当たり前のように誘ったりもしているに違いない。

 娘とのやりとりの少し後、妻からメッセージが届いた。
 ノンストップで帰れば自宅に着いていてもおかしくないが、途中のサービスエリアかもしれない、それぐらいの時間が経過した頃だ。

 それはそれは、かなり一方的なものだった。

「やはり私はあなたを許すことができません▼私だって、あなたと一緒にいられないことに寂しさを感じることがあります▼仮に何もないとしても、あんな年端もいかない女の子を家に連れ込むなんて軽率すぎます▼今あなたの顔を見たら、冷静に話し合える気がしませんから、しばらく帰ってこないで」

 正論も正論、ド正論だ。
 性急に離婚を持ち出さないところを見ると、全ての決着は母の「X」の後ってことかな。それがいつになるかは分からないが。

 どちらにしても、今の俺にはを考える余裕がない。

 自分の家よりも実家の母が大事というわけではないが、50代前半の、手のかからない娘と2人で暮らす自立した女と、「要介護1」のジャッジをされた老婆と、どちらのを優先すべきか、言うまでもないだろう。

◇◇◇

 母は元公務員なので、年金額は十分だが、とくべつ資産があるわけではない。
 そこそこ稼いでそうな兄は、口も出さなきゃ手も金も出さないの典型。気まぐれで適当な贈り物をして、親孝行気分に浸るだけ。いい気なものだ。
 弟は――「忙しい中、それなりに手伝ってくれるだけで助かる」ということにしておこう。

 誰にも言えない、俺の本音はこうだ。

「どいつもこいつも、勝手なことばかり言いやがって」

「あんなババァ、金さえあれば、しかるべきところに丸投げするのに」

「離婚がお望みなら、いつでも別れてやるよ」

◇◇◇

 14時頃、仕事を一段落させ、スーパーに買い物に行った。
 カレーの材料と水ようかんを買う。
 パンと和洋菓子の大手メーカーで出している、五つ入って200円くらいのやつだが前に食べたときなかなかうまかった。
 JK2人組にはプリンやゼリーの方がいいかな?
 夕食どきに母の様子を覗きにいくとき、手土産に持っていくか。
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