【R15】母と俺 介護未満

あおみなみ

文字の大きさ
上 下
12 / 14

しろくま(かき氷)

しおりを挟む
 
 さて、この状況で少女Aは、現場から逃げなかった。
 面倒くさいだろうに、不完全ながらも敬語を駆使し、自分が何者であるか、俺と知り合ったきっかけ、現在のを、一生懸命説明しようとした。
 妻は冷静そうな顔をしているが、伊達に長いこと夫婦コンビをやっていない。こういうときこそ、腹の底がぐつぐつと煮えているのだろうと分かる。

 娘はどっちの立場に立ったものかと、おろおろしているようだった。

「お話はそれだけ?」
「え――はい。多分奥さんがところは話したと思います」
 “お知りになりたい”とか、そういうことが言いたかったのか?
 国語教師の妻はモヤモヤしているかもしれないが、この場で指摘するほど空気が読めないわけではない。

「私は――あの光景を見てしまったので、このお嬢さんの言うことを信じることはできません」

 だよなあ…。分かってた。で、矛先は俺に向くが、俺は俺で「この子の言うとおりだ」としか言えない。
 ここで「私はあなたの言うことなら信じられるから、このお嬢さんの言っていることも正しい」というふうに簡単にいけばいいのだが、もちろん、そうは問屋が卸さない。
 たとえ夫婦間にそれなりに信頼関係があったとしても、男がいて、女がいてという状況になった途端、目が曇ったり、ハードルが上がったり、うそをついたりするものだしな。

「こんな部屋まで借りて。そもそもお義母さんが同居を拒んだからっていうのがウソだったのかしら?」
「違う、それは断じて違う。それは母さんに聞いてくれてもいい」
「あら、今のお義母さんから、正しい説明が期待できるの?」
「…何だよ、それ…」
「だって、ねえ…」
 妻はそう言いながら、同意を求めるように、娘の顔をちらっと見た。

 大分勢いがなくなってからの“お祖母ちゃん”とも会話したことがある娘が、「お母さん、よく知らないくせに、そういう言い方よくないよ」と言ったのが救いか。
 状況が状況だし、そんなふうに言いたくなる気持ちも分からなくはないが、やはり母の老いや衰えをバカにするような態度は腹が立った。

「…出ていけ…」
「え?」
「どうせ君は、どう説明したって俺を疑うんだろう?」
「そんなこと…」
「おはぎを口実に、ウザい姑に付き合わなくて済んでラッキー、ってか?」
「ちょっ、何を言うのよ!」
「だってそうだろう?あの程度のこと、どんな家族間でもある行き違いだ。そもそも君の失言が悪いのに、過剰反応しやがって」

 自分でも、いくら何でも言い過ぎだということは、言いながら頭の片隅で思っている。
 しかし、(黙れ、俺)という俺自身への命令が全く働かない。そんな感じでまくし立ててしまった。

「ひどい!私がどんな思いで…」
「うるさい。出ていけ。もうここには来るな!」

 俺はもはや、いっぱいいっぱいだった。これでは俺の方が過剰反応だよな。
 何となく、いろいろどうでもいい気持ちになっていた。
 こんな修羅場を見せつけられちゃ、もう少女Aもここには来ないだろう。

◇◇◇

 妻に「帰るわよ!」と促された娘は、「お祖母ちゃんに会っていきたいから、ひとりで電車で帰るよ。お金ちょうだい」と、淡々とした調子で言った。
 妻は一瞬キッとにらんだものの、「勝手にしなさい!」と、5,000円札を渡した。
 よかったな。それだけあれば新幹線もギリギリ乗れるぞ。

 とした様子で財布に5,000円札をしまった娘は、少女Aに向き直り、割と好意的な口調で話しかけた。

「あなた高1なんだよね?私、2年」
「あ、そう…なんですね」
「軍資金ももらっちゃったから、2人でファミレスでお茶しない?」
「え?」
「ここ来る途中のところにお店あったよ。かき氷フェアやってて、“しろくま”も食べられるっていうし、ど?」
「いい…ですけど…」
「あなたともっとお話ししたいんだ。いいでしょ?」

 娘は割とコミュニケーション能力が高いので、初対面で同年代の少女Aにこういう絡み方をすること自体は驚くに当たらない。

「あ、お父さんは仕事とかしてなよ。ガールズトークの邪魔だから」

 はいはい。そうだよね。

「気をつけて行ってこいよ」
「はーい」
「行って…きます」

 俺は、の様子の妻を思い出し、娘が「今日はお互い頭冷やした方がいいから、一晩泊めてよ」と言うであろうことも視野に入れた。

 まあ、さっきのを客観的に見ると、悪いのは――9割ぐらいは俺だな。妻に落ち度があるとすれば、せいぜい「認知に課題のある老婆をディスったこと」だ。それは義母憎しではなく、一般論のつもりだったろうし。
 一番頭を冷やすべきは俺だし、娘に至っては、いきなりドアを開けるという無作法以外、何ら問題はなかった。
 
 さて、晩飯は何にしようかな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

憂鬱症

九時木
現代文学
憂鬱な日々

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...