【R15】母と俺 介護未満

あおみなみ

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乾パン(2)

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 父が亡くなった後、兄は特に気にせず芸術系の私立大学に行ったので、母はその学費のために大きな借金を抱えた。
 学資ローンというやつなので、金利は割と軽目らしいし、一応卒業後に兄が返済する前提ではあるらしいが、母と兄の関係を見ている限り、「親が借りたんだから、親が返すのが当然」で、なあなあになる予感しかない。

 俺は高校を出たらすぐに就職しようと思ったが、「男は大学に行かないと、まともな女と結婚できない」と母に反対され、とりあえず、ある私立大学の夜間部に進んだ。私立だが学費が安く、日中バイトができるからだ。
 俺には冷淡で興味のない母ではあるが、やはり負担を軽めにしてやりたいと思ったのだ。

 兄には「二部じゃまともに就職できないぞ、バカなやつだな」といつもの調子でバカにされたが、実害もないので気にしないようにした。
 弟は高校を中退し、飲食店のバイトなどを転々としながら、そんな中でつくった人脈をもとに、今は保険のアジャスターとして働いている。
 アジャスターがどんな仕事か正直よく分かっていないが、「あの勉強嫌いがよく頑張ったな」と素直に褒めたくなる程度には頑張ったようだ。

 俺は学生の頃の出版社でのバイトのツテで、何となく文章を書いて稼ぐようになり、卒業後は「フリーライター」と自称して仕事をこなし、この年齢までやってきた。
 ちょうど「フリーター(フリーアルバイター)」という言葉が知られるようになってきた時代だったせいか、堅い仕事の母親が「フリーターって、仕事していないってこと?大丈夫なの?」と混乱していたが、俺が30歳になり、現在の妻と結婚する頃には、何とか「物書き的な職業らしい」ということで理解してくれるようになった。

 母は俺に根本的に興味がなかっただけでなく、医者、弁護士、教師、大企業社員などでもないと、どうせ素直に褒めてくれないことは分かっていた。
 それでいて――いや、それだからこそか。やはり将来的に展望の立ちにくい仕事に就くと心配らしい。
 それは我が子かわいさというよりも、「自分に理解できない仕事は犯罪者予備軍」みたいな偏狭な解釈をしていたせいもしれない。
 しかし、俺が自分の都合で何とかなる自営業だからこそ、今のような生活をできているというのは、なんとも皮肉な話だ。

 兄は大学を卒業後、テレビ関係の仕事をしていたが、現在はとあるIT企業で役員に収まっている。多分そこそこ稼いではいるだろうが、子供が幼いうちの離婚歴があるので、養育費やら何やらで大変らしい。
 また、仕事の関係で都会を離れることもできず、若い後妻を連れ、気まぐれな親孝行をしに帰郷する程度だ。
 母は「困った子だね」と言いつつ、一番かわいがっていた兄が帰るとひとたび言えば、そわそわを隠せない。

 弟も俺より安定して稼いでいると思われるが、ひとたび大きな災害でもあれば、いつどこに行かされるか分からない仕事である。現に、緊急搬送騒ぎの直前まで、ほかの県でホテル暮らしをしていた。

 母の病歴やそのときどきの状態のハナシは後々に譲るとして、俺が家の近所にアパートを借り、母の手助けをするようになったのは、「フリーライターって儲かるんだろ?」と、「お前アニキは俺らと違って時間が自由になるから」の2本立てによる押し付けの結果だった。
 この二つがダブルスタンダードだと気付かない時点で、いかに俺――というか「俺的な人間」に興味がないのかがうかがわれる。

 自分の都合だけで自由に時間を操れるような仕事ぶりで、どうやって稼げというのだ。世の中そんなに甘くはない。

 しかし説明しても理解はされなそうなので、「まあ、そういうことなら」と黙って引き受けた、それだけだ。

◇◇◇

 俺はいまだに、父の仏前には乾パン、グリッシーニ、プレッツェルといったたぐいのものを供え、おさがりをもらう。

「父さん、これもなかなかいけるよ。チーズ味なんだ。ワインが合いそうだ」
「一緒にこういうので飲みたかったなあ」
「俺、もうすぐ父さんと同じ年齢になるよ」

 俺が仏壇の前で父と会話をするようなつもりで独り言を言うと、以前の母は笑いながら「変わったお供えだね」と言っていたが、今はうつろな目で、俺が線香に火をともすのを見つめているだけだ。
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