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第12話 ふと立ち止まる【終】
しおりを挟む結局久美は、よくも悪くもごく普通に大人になった。
勉強したり、就職したりして、金を稼ぐ苦労や煩雑な社会的手続もそれなりに経験した。
そんな中、当時の自分の母の心配や気苦労も一応理解はしたものの、やはり尊敬はできないし、手放しで愛を表現する気にもなれずにいる。
年頃になって、それなりに異性からアプローチされたり、好きだと思った相手にこちらからアプローチして、うまくいったりいかなかったり。
浮気は「した」経験も「された」経験もある。
自分がしてしまったときは、「心が一番自分の自由にならない」ということ実感したが、されたときは、相手の言い分など一切聞かず、火がついたように泣きわめき、怒り、物に当たった。
そして紆余曲折の末、結婚して子宝にも恵まれた。
夫はよりによって「眼鏡をかけた細面の男(趣味はバイク、400ccライダー)」だったが、穏やかで、人の話をしっかり聞いてくれるところが気に入った。
久美は妊娠したとき、意を決したように、「私、この子がどんなオカメちゃんでも、絶対に銀河系一の美女として扱うわよ」と夫に言ったが、「僕らの子供なら、銀河系一の美女に決まってるじゃん」と、長閑な顔で楽天的な返答をされ、気が楽になった。
人間、外見が全てとは言わないが、「外面は一番外側の内面である」と表現されることもあり、久美はこれを支持していた。
「ブス」と一言言われただけで、人格を丸ごと否定されているように感じた経験が、久美の「銀河系一の美女」宣言につながっている。
子供たちは2人とも女で、超美形というわけでもないが、外見も内面も、それなりに魅力的に成長した。
◆◆
久美が成長過程、そして今現在も、自分の中の嫌な性質に気づくたび、「子供の頃、もう少ししっかり“女の子”扱いされていたら」「兄がもっと優しかったら」「あんな目に遭わなければ」「兄の所業を母に打ち明けていたら」と、いかんともしがたい「たられば」で物を考える癖だけは、自分でもどうしようもなかった。
「ああ」でなかったら、自分はもっとすんなり素直な性格になり、今とはまるで別の人間のように生きていたかもしれない。
そして、「ま、今さらどうにもならないけどね」と、前向きな諦めで気持ちを落ち着かせる。
地味に辛い子供時代はまた別としても、これまで潜り抜けてきた人生はそう「いいこと」や「楽なことばかり」でもなかった。
かといって、世をすねたままでいたり、絶望し切ったりするには、面白いことも美しいと感じることも多過ぎたのだ。
幼い日、自分を励ましてくれた警官の言葉をかりれば、「いい経験で悪い記憶を追い出した」とでもいおうか。
そのおかげで、たとえ負の感情が自分の中で支配的になったとしても、「うぬぼれるな。あんたはそこまでの人間ではない」とか、「そう卑下しないの。あんたって割とイケてるよ」と都度都度自分で自分を値踏みし、適正価格を設定し、心の平穏を保つことができた。
久美はそういう意味で「普通の大人」になれた喜びを、日々かみしめているそうだ。
[了]
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