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第11話 あにいもうと その2
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※過激な性描写はありませんが、それに準ずるシーンがあります。ご了承ください。
▼▼
それは夏休みの夕暮れどきだった。
久美は友達とプールで泳いで帰ってきてから、家の中で最も涼しい部屋で転寝していた。
そこは家で最も東側にある4畳半で、南窓の網戸を開けっぱなしにしておけば、夕刻にはなかなかいい風が入ってきた。
「ん…」
仰向けで寝ていたら、誰かが自分の胸のあたりをまさぐっているのを感じた。
ぼんやりした頭のままだが、それで目が覚めてしまった。
足を振り上げて起き上がろうとしたら、その足に何か当たり、「いてっ」という声がした。
声の主は、顎のあたりを押さえた浩紀だった。
「…お兄ちゃん?」
「あ、ごめん…」
浩紀はそれだけ言うと、部屋から出ていった。
どうやら久美は、足を振り上げた拍子に浩紀の顎を蹴ってしまったらしい。
なのになぜ浩紀が謝ったのだろう。
いつもなら、「いてえな、何すんだよブス!」と怒るところではないだろうか?
久美がその真相を知るのは、それからさらに2週間後のことだった。
◆◆
その日、祖父母は法事で泊りがけ、両親は雅紀だけを連れ、母の実家に行っていた。つまり、久美はあの兄と2人で過ごさなくてはならない。
憂鬱だったので、出前の冷やし中華を食べると、すぐ風呂に入って自室にこもるつもりだった。本当は楽しみにしていたドラマが見たかったが、仕方がない。
久美は全く気付いていなかったが、実はシャワーを浴びている間、浩紀がバスルームの前に立ち、すりガラス越しの久美のシルエットを眺めていた。
そして何を思ったか、久美がみだりかごに用意していた下着を持ち去ってしまった。
タオルで体をふき終わったとき、下着がないのに気付いたが、うっかり持ってこなかっただけかもしれないと思い、タオルを巻いて自室に取りに戻ろうとしたら、兄が部屋の前に立っていた。
「お前、これ廊下に落ちてたぞ?」
そう言って、久美のブラとショーツを久美の前に差し出した。
大嫌いな兄が、自分の下着をぎゅっと握りしめている手がおぞましい。
無言で取ろうとしたら、兄がその手を高く掲げ、「欲しかったらそのバスタオル取れよ。したら返してやる」と言った。
「は?何言ってんの?」
いたずらにしてもタチが悪すぎる。久美は怒って兄を押しのけて部屋に入ろうとした。
「下着、要らないのか?」
「要らない。ほかにもあるもん…あっ」
久美は部屋に入ろうとした途端、後ろから兄に抱きつかれた。
「くみい…おっぱい見せてよ…お前最近エロ過ぎなんだよ…」
「離してよ!気持ち悪いこと言わないで!」
「今までイジワルして悪かったよお…お前がすげえかわいいから…わざと嫌なこと言ってないと…変な気持ちになりそうで…」
浩紀の荒い吐息はアルコールのにおいが含まれていた。
「お兄ちゃん、お酒臭い!飲んだの?」
「この間…お前が昼寝してたとき、我慢できなくて触っちゃって…俺、あれからずっとお前でヌイてんだよ…責任とれよ…」
兄は大柄だし、女の久美よりは力がある。
しかしアルコールで前後不覚のようになっているし、体もふらふらだ。
久美は自分の周りに巻き付いた腕に思い切りかみついた。
そして浩紀が「痛いっ」と言いながらひるんだすきに部屋に逃げた。
「キモチ悪い!二度と私に構わないで!」
久美はそう言うと、体にバスタオルをまいたまま、本や家具を使って部屋のドアの前にバリケードを築き、浩紀の侵入を防いだ。
「くみい…ごめん…もうしないから…」
兄の声が涙混じりに聞こえる。
しばらくノックの音もしていたが、「うるさい」「あっちいけ」「ケダモノ」「お母さんに言いつける!」と、思いつく限りことを言い続けたら、諦めて撤退したようだ。
実の兄に性的な目で見られるおぞましさに吐き気がしたが、トイレに行こうにも、怖くて部屋を出られない。
本当は入浴後にアイスクリームが食べたかったが、それを台所に取りにいくのもあきらめ、久美はその夜、文字通りの「泣き寝入り」をした。
◆◆
翌朝久美は、まだ朝早く家を出た。
コンビニエンスストアでおにぎりを買い、それを公園で食べて、図書館や友達の家に行って、門限ギリギリまで時間をつぶした。
家に帰ると、祖父母が既にいた。帰宅が遅いといって祖母に小言を言われたが、久美はその日ばかりは祖母のガラガラ声に安堵感を覚えた。
◆◆
その後。
久美は事の顛末を母に話すことはなかった。あくまで直感的に、「こんなことになっても、母は兄の味方をするのでは」と思ったからだ。
ならば、自分1人が我慢すれば丸く収まるというものだ。
久美は浩紀と2人きりになるシチュエーションを作らないように努め続け、そもそも兄がかなりよそよそしくなった。
ひどい悪口を言うことはなくなったが、話しかけてくる頻度も極端に減った。あの兄にも恥というものはあったのだなと、久美は冷めた目で見ていた。
浩紀は大学受験に失敗し、予備校に通うために隣県でひとり暮らしをすることになった。大学もその県か東京かだろうから、もう家に帰ってくるのは長期休暇のときぐらいだろう。
もはや久美の中で浩紀という男は、ただのイジワルな兄ではなく、決して2人きりになってはいけない性犯罪者の扱いである。正直、二度と会えなくてもいいと思っていた。
ひとり暮らしを始めた後、母に「お兄ちゃんに会いにいこうよ。久しぶりに会いたいでしょ?」と誘われても、「勉強があるから」と断った。
(何が「会いたいでしょ?」だ!普通に仲悪かったの見てたくせに…)
実は母にとって自分というのは、時々存在を認識できる透明人間か何かなのかも――などと奇天烈なことを考えた。
自分と母の、自分と性犯罪者の関係って何だろう。
このくらい異常な状況なら、関係が異常だったり、異常なことばかり起きても不思議はないのかもしれないと思うと、不思議とさまざまな物事を突き放して見られるようになった。
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それは夏休みの夕暮れどきだった。
久美は友達とプールで泳いで帰ってきてから、家の中で最も涼しい部屋で転寝していた。
そこは家で最も東側にある4畳半で、南窓の網戸を開けっぱなしにしておけば、夕刻にはなかなかいい風が入ってきた。
「ん…」
仰向けで寝ていたら、誰かが自分の胸のあたりをまさぐっているのを感じた。
ぼんやりした頭のままだが、それで目が覚めてしまった。
足を振り上げて起き上がろうとしたら、その足に何か当たり、「いてっ」という声がした。
声の主は、顎のあたりを押さえた浩紀だった。
「…お兄ちゃん?」
「あ、ごめん…」
浩紀はそれだけ言うと、部屋から出ていった。
どうやら久美は、足を振り上げた拍子に浩紀の顎を蹴ってしまったらしい。
なのになぜ浩紀が謝ったのだろう。
いつもなら、「いてえな、何すんだよブス!」と怒るところではないだろうか?
久美がその真相を知るのは、それからさらに2週間後のことだった。
◆◆
その日、祖父母は法事で泊りがけ、両親は雅紀だけを連れ、母の実家に行っていた。つまり、久美はあの兄と2人で過ごさなくてはならない。
憂鬱だったので、出前の冷やし中華を食べると、すぐ風呂に入って自室にこもるつもりだった。本当は楽しみにしていたドラマが見たかったが、仕方がない。
久美は全く気付いていなかったが、実はシャワーを浴びている間、浩紀がバスルームの前に立ち、すりガラス越しの久美のシルエットを眺めていた。
そして何を思ったか、久美がみだりかごに用意していた下着を持ち去ってしまった。
タオルで体をふき終わったとき、下着がないのに気付いたが、うっかり持ってこなかっただけかもしれないと思い、タオルを巻いて自室に取りに戻ろうとしたら、兄が部屋の前に立っていた。
「お前、これ廊下に落ちてたぞ?」
そう言って、久美のブラとショーツを久美の前に差し出した。
大嫌いな兄が、自分の下着をぎゅっと握りしめている手がおぞましい。
無言で取ろうとしたら、兄がその手を高く掲げ、「欲しかったらそのバスタオル取れよ。したら返してやる」と言った。
「は?何言ってんの?」
いたずらにしてもタチが悪すぎる。久美は怒って兄を押しのけて部屋に入ろうとした。
「下着、要らないのか?」
「要らない。ほかにもあるもん…あっ」
久美は部屋に入ろうとした途端、後ろから兄に抱きつかれた。
「くみい…おっぱい見せてよ…お前最近エロ過ぎなんだよ…」
「離してよ!気持ち悪いこと言わないで!」
「今までイジワルして悪かったよお…お前がすげえかわいいから…わざと嫌なこと言ってないと…変な気持ちになりそうで…」
浩紀の荒い吐息はアルコールのにおいが含まれていた。
「お兄ちゃん、お酒臭い!飲んだの?」
「この間…お前が昼寝してたとき、我慢できなくて触っちゃって…俺、あれからずっとお前でヌイてんだよ…責任とれよ…」
兄は大柄だし、女の久美よりは力がある。
しかしアルコールで前後不覚のようになっているし、体もふらふらだ。
久美は自分の周りに巻き付いた腕に思い切りかみついた。
そして浩紀が「痛いっ」と言いながらひるんだすきに部屋に逃げた。
「キモチ悪い!二度と私に構わないで!」
久美はそう言うと、体にバスタオルをまいたまま、本や家具を使って部屋のドアの前にバリケードを築き、浩紀の侵入を防いだ。
「くみい…ごめん…もうしないから…」
兄の声が涙混じりに聞こえる。
しばらくノックの音もしていたが、「うるさい」「あっちいけ」「ケダモノ」「お母さんに言いつける!」と、思いつく限りことを言い続けたら、諦めて撤退したようだ。
実の兄に性的な目で見られるおぞましさに吐き気がしたが、トイレに行こうにも、怖くて部屋を出られない。
本当は入浴後にアイスクリームが食べたかったが、それを台所に取りにいくのもあきらめ、久美はその夜、文字通りの「泣き寝入り」をした。
◆◆
翌朝久美は、まだ朝早く家を出た。
コンビニエンスストアでおにぎりを買い、それを公園で食べて、図書館や友達の家に行って、門限ギリギリまで時間をつぶした。
家に帰ると、祖父母が既にいた。帰宅が遅いといって祖母に小言を言われたが、久美はその日ばかりは祖母のガラガラ声に安堵感を覚えた。
◆◆
その後。
久美は事の顛末を母に話すことはなかった。あくまで直感的に、「こんなことになっても、母は兄の味方をするのでは」と思ったからだ。
ならば、自分1人が我慢すれば丸く収まるというものだ。
久美は浩紀と2人きりになるシチュエーションを作らないように努め続け、そもそも兄がかなりよそよそしくなった。
ひどい悪口を言うことはなくなったが、話しかけてくる頻度も極端に減った。あの兄にも恥というものはあったのだなと、久美は冷めた目で見ていた。
浩紀は大学受験に失敗し、予備校に通うために隣県でひとり暮らしをすることになった。大学もその県か東京かだろうから、もう家に帰ってくるのは長期休暇のときぐらいだろう。
もはや久美の中で浩紀という男は、ただのイジワルな兄ではなく、決して2人きりになってはいけない性犯罪者の扱いである。正直、二度と会えなくてもいいと思っていた。
ひとり暮らしを始めた後、母に「お兄ちゃんに会いにいこうよ。久しぶりに会いたいでしょ?」と誘われても、「勉強があるから」と断った。
(何が「会いたいでしょ?」だ!普通に仲悪かったの見てたくせに…)
実は母にとって自分というのは、時々存在を認識できる透明人間か何かなのかも――などと奇天烈なことを考えた。
自分と母の、自分と性犯罪者の関係って何だろう。
このくらい異常な状況なら、関係が異常だったり、異常なことばかり起きても不思議はないのかもしれないと思うと、不思議とさまざまな物事を突き放して見られるようになった。
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