短編集『市井の人』

あおみなみ

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電話口でおやすみ

【終】名指しのイタズラ電話

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 ある朝、同じクラスの佐久間に、「お前の姉ちゃん、ちょっと変じゃねえ?」と言われた。
 いくらぼーっとしていても、家族のことを悪く言われるのはムッとするものだ。大体、姉に会ったこともないくせに。

「何が変なんだ?」
 俺の声が少しとがっていたらしく、佐久間は慌てて言い直した。
「いやその、昨日お前んちに7時頃電話して…」
「ああ、そう言ってたな」
「で、お前いなかったから伝言頼んだんだけど、電話切るときさ…」
「切るとき?」

「『せっかく電話くれたのにごめんね。おやすみ』って言ったんだよ」
「は?おやすみ?お前何時に電話したって言ったっけ?」
「だから7時だって。まだお休みじゃねーしって思ってさ」
「ああ…それはちょっと変だな…」

 しかし、ぼーっとしている姉がやりそうなことだ。
 親の知り合いとかじゃなく、10代男子の声だから、彼氏(生意気なことにいるらしい)とかと同じ感覚で、そんなこと言っちまったのだろう。

「カノジョでもないのに気持ち悪いよな、すまん」
「いや、その…まあ、いいや」
「?」

◇◇◇

 しかし、悪くしたことに、刺激の少ない田舎の中学校じゃ、この程度のことが面白おかしくうわさになったりする。おかげで俺の呼び名はしばらく「おやすみボーイ」になった。

 お察しのとおり、「あいつの姉ちゃんは、彼氏でもない男におやすみとか言うおっちょこちょい(あるいは勘違い女?)→おやすみガール(笑)→その弟だからおやすみボーイ」という、実にしょーもない派生だ。

 ほんとしょーもねえと思いつつ、新しい話題が出てくるまでの辛抱だと思ってやり過ごしていたのだが、その後また変化があった。

◇◇◇

 俺が塾から8時少し前に戻るなり、姉が「お帰り」と同時にこう言った。

「今日はあんたの学校の子が、留守中3人電話よこしたよ?」
「誰?」
「1人はいつもの佐久間君だけど、あとの2人は名乗らないし、用件も言わなかったの」
「はあ?何で聞かないんだよ?」
「聞いたら切られちゃったんだもの」

「イタズラ電話じゃん、そんなの」
「名指しで?」
「ああ――まあ、そうだな…」
 姉にしては鋭い?ことを言ったので、俺もさすがに不思議に思った。

 番号なんてクラス名簿か緊急連絡網を見れば誰でも分かるし、うちの姓は市内に2、3軒らしいから、五十音順電話帳ハローページでも簡単に調べられる。つまり、個人の特定は難しいだろう。
 嫌がらせとかじゃなければまあいいんだが(身に覚えはナイ)、気持ちのいいもんじゃないな。

◇◇◇
 
 それから何カ月か、そういうことが忘れた頃にボツボツあった。
 俺に用事なら、翌朝学校で言うだろうと気にも止めていなかったが、そういえば「お前んちに電話したぞ」と言われたことがない。

 若干気持ち悪いと思いつつも、3年になるころにはほぼ止んでいたので、あまり気にも留めなかった。
 謎が解けたのは、それから20年以上経ってから、同窓会の酒席でだった。

◇◇◇

「俺さ、お前が不在のときねらって、お前んちに何度か電話したことあるんだわ」

 どんなきっかけだったか忘れたが、中学時代比較的仲のよかった前田が、酔った勢いでそんな話を振ってきた。

「不在をねらった?何でまた…」
「お前んち、姉ちゃんが必ず電話出るって聞いて…」

 前田によると、当時『恋してルーク』(ラブコメだが男にも人気があった)なるアニメに出ていた堀尾ほりお美奈子みなこという人気声優兼歌手がいて、姉の声は(少なくとも電話を通すと)その声優にそっくりだったという。歌唱力が高く、透明感のある愛らしい声が大変に受けていたようだ。

「佐久間の話聞いて、ほったん(堀尾の愛称ニックネーム)そっくりの声で「おやすみ」って言ってもらえるかもって期待してかけたやつ、ほかにもいたみたいだぞ」
「そりゃまた物好きな…」

 要するに、おもちゃ販促用の「ちゃんテレフォン」みたいな人気だったということか。謎が解けてすっきりしたものの、複雑な思いもやはりある。

 ほったんボイスの使い手として局地的に人気があったらしい姉は、今や40を超え、5人の子宝に恵まれ、大分声も(体も)太ましくなってきたのだが、それは言わない方がいいのだろう。
 姉より多分10歳以上年上だった本家「ほったん」の方は、今でもオールドファンから「ほったん」と呼ばれ、CDなどもそこそこ売れていると聞く。プロとアマチュアの違いを見せつけられる話ではないか。

◇◇◇

 ちなみに「おやすみ」のうっかり発言は、俺が佐久間から話を聞いた日に「恥ずかしいから気を付けろよ!」ときつめに言ったので、その後は細心の注意を払っていたのか、結局そのワードを引き出すことはできなかったらしい。
 「(サービスのつもりで)『おやすみ』って言ってやって」とけしかけたら、一商売になったかもしれないなどと、ゲスいことを考えてしまった。

【『電話口でおやすみ』 了】
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