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キッチン「ちどり」 小説書きのための小説
場末のお食事処 あとがきあり
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ベースはブログに気まぐれで書いた掌編で、「小説の皮をかぶった何か」です。
どなたさまもお気軽にお越しください。
***
その店は、日本中どこにでもあるような地方都市のはずれ、いわゆる場末にあった。
「キッチン ちどり」という、いかにも景気の悪そうな名前だが、一応営業しているようだし、業態としてはとにかく「何か食べ物をつくって提供している店」だろう。一応酒類も扱っているようだ。
「いらっしゃいませ」
中に入ると、化粧っ気のない女将がつくり笑顔で出迎えた。
美人でも不美人でもないが、半年に一度くらい、酔った客に「ママ、水野美紀に似てるって言われない?」などと言われて、内心満更でもないのを必死に隠し、「まあ、お上手ね」程度の返しをしそうな雰囲気である。
肝心の品ぞろえだが、小づくりな構えからは想像もできないほど多い。
ただ、特に目を引くものはなく、こう言っては何だが、家庭料理に毛の生えたようなものばかりだ。
金額設定は、ここが地方だということを割り引いても安目ではある。
「生姜焼き定食ください」
「かしこまりました」
初めて入った店なので、しっかり火の通ったものが食べたいと思い、私は注文した。
◇◇◇
白く平凡なオーバル型の皿に盛りつけられているのは、細切れ肉を使った生姜焼きで、素朴だが食べやすかった。
他に客もいなかったので、女将の調理姿を見るともなしに見ていたが、肉を炒めるときにマヨネーズを少し使っていた。自分の妻もよくやる方法である。ますます家庭料理チックだ。
味噌汁は豆腐とわかめ。無難だが悪くない。
キュウリのお新香はいい感じに浸かっているし、キャベツの千切り、ポテトサラダという付け合わせも安心感があるし、米飯の炊け具合も好みに合って助かった。
「ふうっ、うまかった。ごちそうさん」
腹が膨れた私は、自分でも知らず知らずに態度も口調もラフになっていた。
女将はそれを見てくすっと笑い、「久々のお客さんなので、張り切っちゃいました」と言った。
「久々?」
「お恥ずかしい話、どうもはやらないんですよねえ」
「うまいし、感じのいい店だと思うけどね…」
「ありがとうございます。よかったら、ごひいきに」
「いや…」
(たまたま仕事でこの街に立ち寄っただけ)という言葉を、何となく飲んでしまった。
これでは水野美紀うんぬんと言う酔客もいなそうだ。
◇◇◇
「時々ねえ、「こんなことを言うのは私ぐらいだぞ」って言いながら、率直に駄目出ししてくれる常連さんもいるんですよ」
「へえ。何て?」
「まあ、「はやらない味だ」とかね。あとは「ありきたりで、自分でもつくれそう」みたいな」
「うーん…」
私も、そう言いたくなる気持ちは分からないでもなかった。
「でもねえ。お客さんに受けそうな料理がうまくできるか分からないし、軽々しく手を出すのは怖いですよ」
「そりゃそうだよね」
「お客さんみたいにおいしいっておっしゃる方もいるし、これでいいかなって思ってやってますけど。やっぱり柔軟性が必要なのかって」
◇◇◇
食後のほうじ茶をゆっくり飲んで、精算した。
結局、私以外の来客は1人もなかった。
「ありがとうございました」と深々と頭を下げる女将。
それが悪いとは言わないが、とにかく「普通過ぎる」のだ。
店の雰囲気も、女将のキャラも、料理の味も。
もう少し個性があったら…とは思うが、個性というのは実に難しい。
私はたまたま飯が食いたかったから、奇をてらったものではなく、誠実で普通のものが食べたかったので、ぴったりはまった。
しかし大抵の人は、外食にはそういうものを求めない。
そういうものが食べたければ、ごく普通の家庭料理を自分でつくるか、自分の腹や舌の具合を熟知している人につくってもらうかの方が確実だからだ。
あえて外で食べるときというのは、最低限の手軽に食べられるものか、先刻の女将プラス1以上の魅力を求めるものだろう。
今までもこの街には月に1回くらいは来ていたし、これからもそんなペースだろう。
また機会があれば立ち寄って、今度はハンバーグ定食か何かいっておこうか――と思ったが、そこで漠然とした不安のようなものが湧いた。
(私はあの店を、次に来たときまで覚えていられるだろうか?)
【『キッチン「ちどり」 小説書きのための小説』 了】
***
これは、「私があちこちの小説サイトで書いたものを公開するときのスタンス」を小説仕立てにしたものです。
「半年に一遍くらい水野美紀」というのは、長女が幼少の頃、お小遣いが欲しそうな顔で「おかーさん、「踊る大捜査線」のゆきのちゃんに似てる」とたまに言っていたことに由来します。
それはさておきまして。
自画自賛と笑ってくれて構いませんが、私は自分の文章が下手だとはあまり思っていません。
特別巧みとか上手だと思っているわけでもありませんが、一応読みやすさは心がけているし、何なら売りは「それだけ」かもと思うことすらあります。
テーマやモチーフの選び方、キャラ設定なども、自分が「いい」「書きたい」と思っているからそうしているだけですし、書けそうもないジャンルに軽々に手を出すのは控えています。
結果、「自分で作ったものを自分で食べる」創作活動も板についてまいりましたが、時々召し上がって、心温まる感想をくださる方もいます。今はそれをかみしめたいと思います。
こんな私が小説で食べていくことはどうやら無理そうですが、小説を食べていくことなら…と開き直ることにしました。
作中の「私(イメージは40代営業マン、CV三木眞一郎さん)」が、私の店をちゃんと覚えて、再び来てくれますように。
どなたさまもお気軽にお越しください。
***
その店は、日本中どこにでもあるような地方都市のはずれ、いわゆる場末にあった。
「キッチン ちどり」という、いかにも景気の悪そうな名前だが、一応営業しているようだし、業態としてはとにかく「何か食べ物をつくって提供している店」だろう。一応酒類も扱っているようだ。
「いらっしゃいませ」
中に入ると、化粧っ気のない女将がつくり笑顔で出迎えた。
美人でも不美人でもないが、半年に一度くらい、酔った客に「ママ、水野美紀に似てるって言われない?」などと言われて、内心満更でもないのを必死に隠し、「まあ、お上手ね」程度の返しをしそうな雰囲気である。
肝心の品ぞろえだが、小づくりな構えからは想像もできないほど多い。
ただ、特に目を引くものはなく、こう言っては何だが、家庭料理に毛の生えたようなものばかりだ。
金額設定は、ここが地方だということを割り引いても安目ではある。
「生姜焼き定食ください」
「かしこまりました」
初めて入った店なので、しっかり火の通ったものが食べたいと思い、私は注文した。
◇◇◇
白く平凡なオーバル型の皿に盛りつけられているのは、細切れ肉を使った生姜焼きで、素朴だが食べやすかった。
他に客もいなかったので、女将の調理姿を見るともなしに見ていたが、肉を炒めるときにマヨネーズを少し使っていた。自分の妻もよくやる方法である。ますます家庭料理チックだ。
味噌汁は豆腐とわかめ。無難だが悪くない。
キュウリのお新香はいい感じに浸かっているし、キャベツの千切り、ポテトサラダという付け合わせも安心感があるし、米飯の炊け具合も好みに合って助かった。
「ふうっ、うまかった。ごちそうさん」
腹が膨れた私は、自分でも知らず知らずに態度も口調もラフになっていた。
女将はそれを見てくすっと笑い、「久々のお客さんなので、張り切っちゃいました」と言った。
「久々?」
「お恥ずかしい話、どうもはやらないんですよねえ」
「うまいし、感じのいい店だと思うけどね…」
「ありがとうございます。よかったら、ごひいきに」
「いや…」
(たまたま仕事でこの街に立ち寄っただけ)という言葉を、何となく飲んでしまった。
これでは水野美紀うんぬんと言う酔客もいなそうだ。
◇◇◇
「時々ねえ、「こんなことを言うのは私ぐらいだぞ」って言いながら、率直に駄目出ししてくれる常連さんもいるんですよ」
「へえ。何て?」
「まあ、「はやらない味だ」とかね。あとは「ありきたりで、自分でもつくれそう」みたいな」
「うーん…」
私も、そう言いたくなる気持ちは分からないでもなかった。
「でもねえ。お客さんに受けそうな料理がうまくできるか分からないし、軽々しく手を出すのは怖いですよ」
「そりゃそうだよね」
「お客さんみたいにおいしいっておっしゃる方もいるし、これでいいかなって思ってやってますけど。やっぱり柔軟性が必要なのかって」
◇◇◇
食後のほうじ茶をゆっくり飲んで、精算した。
結局、私以外の来客は1人もなかった。
「ありがとうございました」と深々と頭を下げる女将。
それが悪いとは言わないが、とにかく「普通過ぎる」のだ。
店の雰囲気も、女将のキャラも、料理の味も。
もう少し個性があったら…とは思うが、個性というのは実に難しい。
私はたまたま飯が食いたかったから、奇をてらったものではなく、誠実で普通のものが食べたかったので、ぴったりはまった。
しかし大抵の人は、外食にはそういうものを求めない。
そういうものが食べたければ、ごく普通の家庭料理を自分でつくるか、自分の腹や舌の具合を熟知している人につくってもらうかの方が確実だからだ。
あえて外で食べるときというのは、最低限の手軽に食べられるものか、先刻の女将プラス1以上の魅力を求めるものだろう。
今までもこの街には月に1回くらいは来ていたし、これからもそんなペースだろう。
また機会があれば立ち寄って、今度はハンバーグ定食か何かいっておこうか――と思ったが、そこで漠然とした不安のようなものが湧いた。
(私はあの店を、次に来たときまで覚えていられるだろうか?)
【『キッチン「ちどり」 小説書きのための小説』 了】
***
これは、「私があちこちの小説サイトで書いたものを公開するときのスタンス」を小説仕立てにしたものです。
「半年に一遍くらい水野美紀」というのは、長女が幼少の頃、お小遣いが欲しそうな顔で「おかーさん、「踊る大捜査線」のゆきのちゃんに似てる」とたまに言っていたことに由来します。
それはさておきまして。
自画自賛と笑ってくれて構いませんが、私は自分の文章が下手だとはあまり思っていません。
特別巧みとか上手だと思っているわけでもありませんが、一応読みやすさは心がけているし、何なら売りは「それだけ」かもと思うことすらあります。
テーマやモチーフの選び方、キャラ設定なども、自分が「いい」「書きたい」と思っているからそうしているだけですし、書けそうもないジャンルに軽々に手を出すのは控えています。
結果、「自分で作ったものを自分で食べる」創作活動も板についてまいりましたが、時々召し上がって、心温まる感想をくださる方もいます。今はそれをかみしめたいと思います。
こんな私が小説で食べていくことはどうやら無理そうですが、小説を食べていくことなら…と開き直ることにしました。
作中の「私(イメージは40代営業マン、CV三木眞一郎さん)」が、私の店をちゃんと覚えて、再び来てくれますように。
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