短編集『市井の人』

あおみなみ

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適材適所 今晩、何食べたい?

スーパーでの珍現象

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 クリコの一家はある休日、家族総出で郊外の大型スーパーに出かけた。

 食材の宅配サービスは、クリコが高校入学後に解約し、人手のある日にまとめ買いをするという方式に切り替わった。
 十数年使い続けた冷蔵庫の調子が悪くなり、思い切って買い替えたので、積極的に食材を収めたいという気持ちもあったし、一家そろって食べるのが大好きなので、買い出しはちょっとしたアミューズメントでもあった。

◇◇◇

 父が「俺、ちょっと酒見てくるわ」と、店に入った途端に別行動を取った。
 多分、酒のほかにアテになるものも物色するだろうが、自分の小遣いの範囲で買うので、母は「あんまり買い過ぎないでよ」とだけ後ろ姿に声をかけ、父はそれに応えて「おうっ」と後ろ姿で手を振った。

 大体、自分の買い物が済むと、「車戻ってるわ」とメッセージをよこすので、母とクリコの食材買い出しが終わると、今度は「終わったよ」とこちらからメッセージを送り、荷物運びの手伝いをしてもらうのがいつもパターンだった。

「ええと、冷蔵庫に何があったかな」

 母があごに手を当て、少し宙を見るような表情をしたとき、母の頭上にぼんやりとしたビジョンが浮かんできた。
正確に言うとクリコにしか見えないものだったのだが、それは見慣れた自宅の冷蔵庫やパントリーの“画像”だった。

「卵は…5個、牛乳は…4日後が消費期限のがある。スライスチーズは…多分5枚かな。パン粉があんまりないから、買った方がいいかも。あと冷凍庫に鶏むねが2枚と…サバの半身4枚、野菜庫は…」

 クリコは読み上げるように、目に見えたものを次々に口に出していった。
 母はびっくりして、「あれ…それメモしてきたんじゃないの?」と、手に何も持たず、そらんじている様子のクリコを見た。

「え?だって、もの」
「見える?何が?」
「うちの冷蔵庫の中身が…」

 すっかり食事づくり担当になったクリコのことだ。ちょっと比喩的に言ったのだろうと、母は気にも留めず、「あんたすごいわね。ふつーに主婦だわ」と奇妙な褒め方をした。

「じゃなくて。見えるんだってば!」
「おかしな子ね。それって千里眼せんりがんってこと?」
「うん、そうなのかも…」
「なーに言ってんだか」

 母はそれ以上追及しなかったが、クリコにはその後も、出会う人出会う人の頭上に、ぽっかりとビジョンが浮かぶのが見えた。
 どれも冷蔵庫やパントリーらしきものばかりだが、中には「押し入れに大量のカップ麺」という人もいた。

 休みの日の大型店で、人出もかなりのものだから、全部わけではない。しかし、嫌でも目には入ってしまう。

(なに…これ…)

 うまく説明できない。多分説明しても信じてもらえないだろう現象に混乱し、また目に飛び込んでくる画像情報に酔ってしまったようで、クリコは気分が悪くなってしまった。

「どうかした?」
「ちょっと気持ち悪い…」
「あら、大丈夫?そういえば顔色悪いわね」
「うん、少し休めば大丈夫だと思う」

◇◇◇

 クリコは「休憩所にいるね」と母に言い残し、その場を離れた。
 行き交う人出は相変わらずだが、その人々の頭上には何も浮かんでこない。
 ベンディング機で買ったレモン味の炭酸を気付代わりに飲み、回復したクリコが「今どの辺?」と母にメッセージを送ると、「レジの列に並んでる」とすぐに返信が来た。

「じゃ、そこ行くよ」
『お父さんに来てもらうから休んでなさい。2人で迎えにいく』
「ありがとう」

 母の言葉に甘え、クリコは休憩所の丸いテーブルに突っ伏してほほを当て、軽くため息をついた。

 一体何が起こったのか、さっぱり分からなかった。
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