短編集『市井の人』

あおみなみ

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適材適所 今晩、何食べたい?

発泡スチロール箱

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(牛乳…消費期限明日! 卵2個、野菜庫にはしなびた白菜…)

(わー、牛肉(産地不詳)のでっかい固まり! 冷凍のカニが3ばい! いいなあ、お金持ち? 懸賞に当たった? 気前のいい親戚がいる?)

(豚こまの冷凍5個…1つ100グラム? ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、業務用カレー粉…って、この人なんでスーパーに来てんの? 福神漬けがないとか?)

(シュレッドチーズ、冷凍パン、ピーマン、ハム…あ、やっぱりピザソース買って帰るよね。あとスライスマッシュルームとかあってもいいと思うよ)

(冷凍庫にハー●ンダッツ「ラムレーズン」ばっかり5個も! この人オタクだな(**下記注))

 これらは全て、料理好きな女子大生クリコ(20歳)の脳内の独り言である。

**
アニメ『ゆるゆり』参照

◇◇◇

 彼女は両親が共働きだったことと、食べることが大好きだったこともあり、中学時代から、平日は家の食事づくりを担当していた。

 入学と同時に入部し、適当にサボりながら2年で正式に退部した元卓球部だったので、放課後の時間はそこそこあったし、学校帰りの食材調達も、自分なりの娯楽ぐらいに思って喜々としてやっていた。

 しかし、3年ともなると勉強も忙しい。
 そこで母親が、食材宅配の業者に申し込んでくれた。
 
 これはちょっきりの食材しか来ないので無駄がない。
 しかしその分、失敗しても補充が利かないので、それなりの緊張感もある。
 つくったことのないものでも、レシピを見ながら丁寧にやれば何とかなるし、レパートリーが増えるのはうれしかったので、クリコはこれも楽しんで利用していた。

◇◇◇

 とある水曜日。
 学校から帰ってくると、いつものように家の前に、食材「置き配」の発泡スチロールの箱があった。

(今日のメニューは…赤魚の煮つけと、お浸しと、みそしるは何だったっけ?)

 クリコがそんなことを考えながら、家の鍵を開けようとしたとき、箱につまずいてドアに頭を強打し、そのまま箱の上に倒れ込んでしまった。

 制服姿の女子中学生が、鍵を持ったまま箱の上で気を失っている…の図。

 通りすがりの人がクリコのそんな姿を認めたら、びっくりして声をかけたろうが、共働き世帯の多い住宅街なので、昼間人口が控え目で人通りも少ない。
 その上、郵便配達や宅配業者の車も通りかからなかったので、クリコはそのまま突っ伏したままだった。

 しかし、クリコは運よく2、3分程度で意識を取り戻した。

「…ったた」

(え、ひょっとして私今、気を失ってたの?)

 箱を家の中にしまいながら、クリコはそんなことに気づき、少し高揚した。
 本当に『気絶する』なんてことがあるんだ!という、初めての経験をしたことによる高揚ハイ状態である。

 宿題をしながらも、食事の下ごしらえをしながらも、「ママたちが帰ってきたら話そう」とか、「あした学校でみんなに…」などと、お気楽に考えていたが、実際食事時にその話をしたら、「あんたはホントに注意力が足りないわね!これから受験なんだから(以下略)」という母の小言を食らってしまった。

 クリコは「はーい、気をつけます」と、ややふてくされて返事をしつつ、この話が母のツボをつくものではなかったのか、それとも「面白いと思っているのは自分だけなのか?」を少し考えたが、答えは出なかった。

 翌日、クリコがクラスメートたちに、気絶体験記を(多分少し盛り気味に)語るかどうかは気分次第だったが、ともあれ、この話自体はここで終わる――はずだった。
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