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金曜日、絵本を持って
得意分野
しおりを挟むそんなヤヨイだが、子供受けは意外とよく、またヤヨイ自身も子供にはさほど苦手意識がなかった。
積極的で表情が豊かな子なら、大人よりも本音が顔に出やすく、「深追いすべきではない」というサインを読みやすいし、幼い頃の自分を見ているような内気な子ならなおのこと、手のうちが読みやすいと感じるからだ。
モモを連れて児童図書館に時々いく。
モモはそこで、ヤヨイがビッグブック(**下記注)や紙芝居を読んでくれるのが楽しみだった。
閲覧机のほかに、靴を脱いで上がるちょっとしたスペースがあり、読み聞かせ会などの小イベントが時々開かれていたが、何もないときは、ごく普通に本を読んだり遊んだりする場として使われている。
ビッグブックなどは個人で館外借り出しはできないが、その場で読むことはできるので、ヤヨイはモモだけを相手に、ビッグブック読み聞かせを控え目な声でしていることが多かった。
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既存の絵本を大型化したもの。立てて使い、複数の子供に対して絵や文字を見やすく提示できる。
◇◇◇
「五郎君はお菓子が好きでしようがありませんでした。
御飯も何もたべずにお菓子ばかりたべているので、お父様やお母様は大層心配をして、どうかしてお菓子を食べさせぬようにしたいというので、ある日、家うち中にお菓子を一つも無いようにして、砂糖までもどこかへ隠して、いくら五郎さんが泣いてもお菓子を遣らない事にしました。」
ヤヨイの声はややハスキーだが、その声は、小・中・高の合唱部で鍛えられた腹式呼吸から繰り出される。張り上げるというほどでなくても、通りはよかった。
モモが体育座りでヤヨイの読み聞かせを聞いている隣に、見知らぬ子供が2人、3人と寄ってきて、ちょっとした読み聞かせ会になることも珍しくない。
「『お母さん、僕のお腹の中でお菓子が踊っている。ああ、苦しい苦しい。堪忍して頂戴、もう決してお菓子を食べませんから。アー、イタイ、イタイ。お母さん、助けて助けて』と、五郎さんは汗をビッショリ掻いて、のた打ちまわりました。」
ギャラリーを得たヤヨイは、少し面はゆいものを感じながらも、声色を使い分けるような熱演も見せ、「おし↓まい↑」と言った瞬間に、子供たちたちの小さな手がパチパチと打ち鳴らされたりした。
本を借り出すためにカウンターに行くと、「朗読お上手ですね。演劇でもやられていたんですか?」などと職員に言われ、「あ、その…」としどろもどろになってしまったが、満更悪い気持ちではなかった。お世辞と分かっていてもうれしい。
ヤヨイはいろいろ不要な推量をしてしまう人との会話が苦手なだけで、大勢の前で何かを読み上げたり、自分の意見を一方的に述べるのは、昔から意外と平気という面があった。
100人なら100人、200人なら200人の聴衆がそれに対してどんな感想を持ったか、いちいち考えるのは現実的ではない。「考えても無駄だし、言いっ放しだし」と開き直った結果だと自己分析していたが、本当のところはよく分からない。
◇◇◇
モモが小学校に入ると、低学年のうちに最も無難そうなPTAの委員会に入り、ミーティングには毎回出るが、周囲の保護者とはほぼ雑談をせずに1年やり過ごした。
モモは特に積極的というわけではないが、くせのない性格で、男女問わず友達が多い。
友達で、家族ぐるみでお付き合いのある子たちの話をされると、モモは自分に何を期待しているんだろうと不安にもなったが、それでも、具体的に言われてもいないことを考えるのはやめようと自分に言い聞かせるようにして過ごした。
そうしてモモが4年生になったとき、学校から1枚の紙を持って帰ってきた。
「ママ、これやってみたら?」
プリントには「読み聞かせボランティア募集」と書かれている。希望者は自分の名前、児童の名前、クラス、連絡先を用紙の下半分に記入して、学校に提出するようだ。
「児童図書館でよく読んでくれたじゃん。ママ上手だし、向いてると思うけど」
「えー、でもなあ…」
そう、読み聞かせること自体は別にやぶさかではないのだが、当然、ボランティアの保護者はほかにもいるだろう。
そういった人たちとのコミュニケーションを考えると、あまり積極的にやろうという気は起きなかった。
「これ、朝の読書タイムだったけ?そういう時間だと、お仕事がね…」
「大丈夫。月一回だし、ママのパートのない日だよ」
仕事を言い訳にしようとしたら、抜け目ないモモに退路を断たれてしまった。この状況で「ほかのお母さんたちと、何を話したらいいか…」なんて泣き言は言えそうもない。
「そう、だね。面白いかもね」
「はい、きーまり。明日持っていくから、これ書いて」
本当に抜け目ないモモは、自分の愛用のマスコットチャームつきボールペンをにゅっと差し出した。
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