短編集『市井の人』

あおみなみ

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金曜日、絵本を持って

気にしい

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相手の胸の内を推し量ったり、顔色を窺ったりするせいで、人との会話が苦手なヤヨイ。
「ママに向いてそうだから」と娘のモモに勧められ、あるボランティアに参加する。

***

 ヤヨイは自分の性格が大嫌いだ。

 正確に言うと、「きっと周囲からは、こういうふうに見られているんだろうな」と勝手に想像し、ひがんだり拗ねたり、何なら自分をバカにしていると違いないとみなしている仮想敵みたいな人々に腹を立てる自分の性格と、そう思っているくせになかなか改められないところが嫌だなと思っていた。

 わざとではないが、一回読んだだけでは分からないような書き方になってしまって申し訳ない。

 要するに人一倍“気にしい”の上、「“人一倍”だなんて、自分を何様だと思っているんだか」とセルフツッコミするような、自分の気にしい度合のランキングまで気にする、いわば筋金入りの気にしいということだ。

 自分を男にしたような、おどおどして自信なさげな人物とたまたま意気投合し、結婚、出産という段階を踏んで、まがりなりにも家庭を守っている。
 家計、というより貯蓄の足しにパートで清掃の仕事をしているが、できるだけ他人とかち合わないような仕事を探してたどり着いた、という感じである。
 生真面目な性格なので、仕事自体の評判は悪くないが、ずっと同じ職場で同じ人たちと接触しなければならないというのは、考えただけで脳みそが疲れてしまう。そこで、少人数で現場に派遣される上、いつも同じメンツではないというのは、ヤヨイにとっては願ったりかなったりだ。時にはワンオペすらあるが、これはむしろ嬉々としてこなした。

◇◇◇

 娘のモモが幼稚園に上がるまでは、公園に遊びに連れていくにしても、あまり人気ひとけのないところを選ぶか、時間帯を考えるかだったので、モモはいつも、ヤヨイがそばに付き添う形で1人で黙々と遊んでいた。
 それでも時々、よその子供が来て、モモに話しかけることもある。モモはうれしそうにそれに応じ、仲よく遊ぶのだが、ヤヨイの方は、子供の母親に「(おうちは)お近くですか?」と話しかけられる恐怖を何とか隠しつつ、ただ黙っていた。
 別に「ええ」とか「歩いて10分くらいです」とか、適当に答えればいいのだが、そういう場で話しかけてくる人は、そういう答えが欲しいのではない。会話のとっかかりのつもりで尋ねてくるものだ。
 そして会話が深まれば、よけいに分かってくる。「この人は、私にも私の話にも興味がないけれど、まっとうな大人の礼儀として会話をたせることに使命感を覚えているに違いない」という、あの空気だ。
 そうすると、真面目に答えるのもバカバカしくなるが、かといって適当に流すこともできない。だからヤヨイは、人との会話というのが苦手だった。

◇◇◇

 それでもモモの就園前はまだよかった。
 幼稚園の同級生の親御さん――というか、父親が積極的に話しかけてくることはそうないので、母親に限定してもいいかもしれないが――との会話は、その何倍もエネルギーを使う。

 よく言えばフレンドリー、悪く言えばなれなれしいある母親に、「ご主人はどちらにお勤め?」と聞かれて業種だけ答えたら、「もったいぶらないで教えてよ」と、具体的な勤め先の名前を強引に引き出され、その後、「あの人、ダンナがいいところに勤めてるからってお高くとまってる」というを聞くはめになった。

 もちろんヤヨイにそんなつもりはないのだが、人間関係というのは、「そう受け取る人もいるから」というのを割と重視されるものだ。
 自分から人に話しかけるのが苦手なのはもちろんのこと、他意もなく答えただけのことで、思わぬ言いがかりをつけられることがある。それをヤヨイはと思った。

 幸い、母親と仲よくなくても、モモはごく普通に好きな友達と楽しく遊んでいる様子が見られたので、モモの友達が自分の家に遊びにくるのは積極的に受け入れた。これも、モモが他人の家に行くことで、「この間はどーも」などと、こちらからご機嫌伺いのようなことをしなければいけないのが、考えただけで憂鬱だったからだ。

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