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荒物屋さんの若旦那にストーキングされた話
「お仕事ですから」
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モテないやつほど、こういうエピソードを針小棒大に語りますなあ――程度で読んでくださいませ。
***
1980年代後期から90年代初期の頃、今思い出しても意味の分からないヒット商品があった。
その名も「朝シャン用タオル」。
朝シャンプーをしたとき、髪を速く乾かすために使う、吸水性の高い素材でつくられたタオルのことだ。
私はその当時、新婚にはあるまじき古い貸家に住んでいた。風呂にはシャワーがなく、キッチンには湯沸かし器はなかった。そんな家にシャンプードレッサーなどあるわけがない。
となると、当時はやった朝シャンなど、まるで近未来の世界の習慣である。
今調べたところ、「モーニングシャンプー」という言葉は、1987年に新語・流行語大賞の新語部門・表現賞を受賞したらしい。リンスやコンディショナーが入ったシャンプーが発売されたのも、多分この頃だろう。
古い家はアンペア数も低く、ドライヤーやホットプレートなど消費電力の高い電化製品を使うのには慎重になる。だから私はドライヤーを持っていなかった。
当時はまだ月一で行きつけの美容院に行き、ショートヘアを保っていたので、タオルドライで十分だった。たまたま見かけた「朝シャン用タオル」なるものを買い物中に見かけ、少し気にはなっていた。
しかしこれが地味に高い。といってもせいぜい2,000円程度だったろうが、「フェイスタオル大の商品に出すには高い」が正確か。
自分で買うのは厭だが、人にもらったら喜んで使うというタイプの品物があるが、当時の私にとってはその一種だったと思う。
◇◇◇
さてさて。
うら若く愛らしく妊娠中の新婚妻だった私は、毎日せっせとフルタイムで働き、買い物をして帰り、料理をしながらダーリン(ロバート・ダウニーJr.似)を待っていた。
買い物は気分によって、職場近くの大型店に行くこともあれば、バスで地元に戻って中小スーパーに行くこともあった。
その日は食材は特に買う必要がなかったので、前々から気になってはいたものの、何となく入ったことのない店に入ることにした。
駅前商店街のはずれにある、個人商店と思しき、生活雑貨を扱う店舗。
超小型のホムセンといった風情のところだ。
金物、食器、ちょっとした家具などがある、いわゆる雑貨店なのだが、「小間物屋」ではなく「荒物屋」にカテゴライズされる店である。
私が鍋類を物色していると、すぐ近くに背の高い男性が立っていた。
服装はとってもプレーンなシャツとスラックスで、お店のロゴが入った緑色のエプロンをかけていた。
30代前半といったところか。クラシックな七三分けだが割と男前で、銀行やお役所の窓口にいそうな雰囲気の人だった。顔に眼鏡はなかったが、メタルフレームが似合いそうだなと思った。以下「のっぽさん」と称する。
のっぽさんは少し塩辛い声で話しかけてきた。
「こんにちは、いらっしゃいませ」
「あ――いろいろ見させてもらってます…」
私は答えに窮し、わけの分からない返事をした(ここまで丁寧だったかは覚えていない)。
「そうですか。ごゆっくりどうぞ」
と言いつつ、その場を離れようとしない。
鍋は何となく見ていただけで、正直買う気はない。
のっぽさんは、じっとその場で私の方に視線を向けていた(と思う)。
となると、この状況でこのまま見続けるのは難しそうだ。
私は次に、紙ナプキン、紙コップ系の、安価でつぶしの利きそうな商品のコーナーに場所を移した。
「ピーターでない方のラビット」こと「リトルグレイラビット」の紙ナブキンがかわいいなあと思ったと思って手に取った。
気付くと、のっぽさんはまたそばに立っていた。
ヤバいな。万引きしそうな客だと思われ、マークされたか?
こちらとしては、何の取り柄もない人間として生まれてきたのだから、せめて犯罪だけは無縁の人生を送りたいと考えているのに心外な話だ。
しかし偶然ということもあるので、「後を付けてきて、何のつもりですか?」とも言えない。
そんなことをぼんやり考えるともなしに頭の片隅に置いていると、先方さんから声をかけてきた。
「あなた、かわいいですね」
「は…い?」
「僕まだ独身ですが、じき代替わりして、この店を継ぎます」
「はあ、そう、ですか…」
「あなたは学生さん?ひとり暮らしかな?お付き合いしている方はいますか?」
いやいやいや、待て待て待て。
まさかこれは嫁候補としてタゲられたって…ってコト?
「あ、の、少し前に結婚しまして」
「え」
「来年には子供も生まれるんです」
「そう、ですか、それはよかった」
そう言うと、のっぽさんはその場をふっと消えた。
数分後、ちょっとしたもの(無難な食器類)を買うためにレジに行ったが、のっぽさんはいなかった。
◇◇◇
方向性のおかしいフレンドリーな接客――で済ませていい程度だったので、私はのっぽさんのことを、店主らしい年配の男性に言うこともなく、店を出てきた。
そこから目的方向を向いて歩き出すと、店の脇道からひょこっとのっぽさんが出てきた。
「わっ」
「あ、びっくりさせてごめんなさい」
「いえ…」
「これ、僕からの結婚祝いです。これもお仕事ですから、気にせず受け取って」
私が断るすきも与えず、のっぽさんはまたすいっとその場を去っていった。
結婚祝いと称して渡されたのは、はやりの「朝シャンタオル」と「樹脂製のまな板」だった。推定合計金額、3,000円といったところか。
お仕事…?いやいやいや、それは「ない」でしょう。
事情を話してお店に返そうとしても、多分余計にややこしいことになるだろうと思い、とりあえずありがたく受け取ることにした。
◇◇◇
まな板は予備として取っておいて、後日結構役立った。
朝シャンタオルは――何というか、きしきしした「感じの悪い素材」でできていて、使い心地は抜群に悪く、吸水性もいいとは思えなかった。
本当にこれヒット商品?それともいわゆるパチモン?
結果、私の「自分では買わないが、人からもらってうれしいもの」リストから、朝シャンタオルが消えた。
そして、その店に行くことは二度となかった。
のっぽさんには悪いけれど、やはり気まずい思いをしそうだったからだ。
◇◇◇
最近は100円ショップでも、吸水性のよい各種商品が扱われている。
いわゆるマイクロファイバーという柔らかい素材で、私自身、入浴後にかぶるキャップやヘアバンドを買って使ったこともあるし、使い心地はかなりよい。
もしもまだあの店舗があったら、多分ああいう個人の商店の営業は大変だろうな、と思うが、業態が変わっているかもしれないし、今はそもそもないお店かもしれない。
それはそれとして、あの自称若旦那ののっぽさんは本当に若旦那だったのか、その後かわいいお嫁さんをお迎えできたのか、少しだけ気にならないでもない。
***
1980年代後期から90年代初期の頃、今思い出しても意味の分からないヒット商品があった。
その名も「朝シャン用タオル」。
朝シャンプーをしたとき、髪を速く乾かすために使う、吸水性の高い素材でつくられたタオルのことだ。
私はその当時、新婚にはあるまじき古い貸家に住んでいた。風呂にはシャワーがなく、キッチンには湯沸かし器はなかった。そんな家にシャンプードレッサーなどあるわけがない。
となると、当時はやった朝シャンなど、まるで近未来の世界の習慣である。
今調べたところ、「モーニングシャンプー」という言葉は、1987年に新語・流行語大賞の新語部門・表現賞を受賞したらしい。リンスやコンディショナーが入ったシャンプーが発売されたのも、多分この頃だろう。
古い家はアンペア数も低く、ドライヤーやホットプレートなど消費電力の高い電化製品を使うのには慎重になる。だから私はドライヤーを持っていなかった。
当時はまだ月一で行きつけの美容院に行き、ショートヘアを保っていたので、タオルドライで十分だった。たまたま見かけた「朝シャン用タオル」なるものを買い物中に見かけ、少し気にはなっていた。
しかしこれが地味に高い。といってもせいぜい2,000円程度だったろうが、「フェイスタオル大の商品に出すには高い」が正確か。
自分で買うのは厭だが、人にもらったら喜んで使うというタイプの品物があるが、当時の私にとってはその一種だったと思う。
◇◇◇
さてさて。
うら若く愛らしく妊娠中の新婚妻だった私は、毎日せっせとフルタイムで働き、買い物をして帰り、料理をしながらダーリン(ロバート・ダウニーJr.似)を待っていた。
買い物は気分によって、職場近くの大型店に行くこともあれば、バスで地元に戻って中小スーパーに行くこともあった。
その日は食材は特に買う必要がなかったので、前々から気になってはいたものの、何となく入ったことのない店に入ることにした。
駅前商店街のはずれにある、個人商店と思しき、生活雑貨を扱う店舗。
超小型のホムセンといった風情のところだ。
金物、食器、ちょっとした家具などがある、いわゆる雑貨店なのだが、「小間物屋」ではなく「荒物屋」にカテゴライズされる店である。
私が鍋類を物色していると、すぐ近くに背の高い男性が立っていた。
服装はとってもプレーンなシャツとスラックスで、お店のロゴが入った緑色のエプロンをかけていた。
30代前半といったところか。クラシックな七三分けだが割と男前で、銀行やお役所の窓口にいそうな雰囲気の人だった。顔に眼鏡はなかったが、メタルフレームが似合いそうだなと思った。以下「のっぽさん」と称する。
のっぽさんは少し塩辛い声で話しかけてきた。
「こんにちは、いらっしゃいませ」
「あ――いろいろ見させてもらってます…」
私は答えに窮し、わけの分からない返事をした(ここまで丁寧だったかは覚えていない)。
「そうですか。ごゆっくりどうぞ」
と言いつつ、その場を離れようとしない。
鍋は何となく見ていただけで、正直買う気はない。
のっぽさんは、じっとその場で私の方に視線を向けていた(と思う)。
となると、この状況でこのまま見続けるのは難しそうだ。
私は次に、紙ナプキン、紙コップ系の、安価でつぶしの利きそうな商品のコーナーに場所を移した。
「ピーターでない方のラビット」こと「リトルグレイラビット」の紙ナブキンがかわいいなあと思ったと思って手に取った。
気付くと、のっぽさんはまたそばに立っていた。
ヤバいな。万引きしそうな客だと思われ、マークされたか?
こちらとしては、何の取り柄もない人間として生まれてきたのだから、せめて犯罪だけは無縁の人生を送りたいと考えているのに心外な話だ。
しかし偶然ということもあるので、「後を付けてきて、何のつもりですか?」とも言えない。
そんなことをぼんやり考えるともなしに頭の片隅に置いていると、先方さんから声をかけてきた。
「あなた、かわいいですね」
「は…い?」
「僕まだ独身ですが、じき代替わりして、この店を継ぎます」
「はあ、そう、ですか…」
「あなたは学生さん?ひとり暮らしかな?お付き合いしている方はいますか?」
いやいやいや、待て待て待て。
まさかこれは嫁候補としてタゲられたって…ってコト?
「あ、の、少し前に結婚しまして」
「え」
「来年には子供も生まれるんです」
「そう、ですか、それはよかった」
そう言うと、のっぽさんはその場をふっと消えた。
数分後、ちょっとしたもの(無難な食器類)を買うためにレジに行ったが、のっぽさんはいなかった。
◇◇◇
方向性のおかしいフレンドリーな接客――で済ませていい程度だったので、私はのっぽさんのことを、店主らしい年配の男性に言うこともなく、店を出てきた。
そこから目的方向を向いて歩き出すと、店の脇道からひょこっとのっぽさんが出てきた。
「わっ」
「あ、びっくりさせてごめんなさい」
「いえ…」
「これ、僕からの結婚祝いです。これもお仕事ですから、気にせず受け取って」
私が断るすきも与えず、のっぽさんはまたすいっとその場を去っていった。
結婚祝いと称して渡されたのは、はやりの「朝シャンタオル」と「樹脂製のまな板」だった。推定合計金額、3,000円といったところか。
お仕事…?いやいやいや、それは「ない」でしょう。
事情を話してお店に返そうとしても、多分余計にややこしいことになるだろうと思い、とりあえずありがたく受け取ることにした。
◇◇◇
まな板は予備として取っておいて、後日結構役立った。
朝シャンタオルは――何というか、きしきしした「感じの悪い素材」でできていて、使い心地は抜群に悪く、吸水性もいいとは思えなかった。
本当にこれヒット商品?それともいわゆるパチモン?
結果、私の「自分では買わないが、人からもらってうれしいもの」リストから、朝シャンタオルが消えた。
そして、その店に行くことは二度となかった。
のっぽさんには悪いけれど、やはり気まずい思いをしそうだったからだ。
◇◇◇
最近は100円ショップでも、吸水性のよい各種商品が扱われている。
いわゆるマイクロファイバーという柔らかい素材で、私自身、入浴後にかぶるキャップやヘアバンドを買って使ったこともあるし、使い心地はかなりよい。
もしもまだあの店舗があったら、多分ああいう個人の商店の営業は大変だろうな、と思うが、業態が変わっているかもしれないし、今はそもそもないお店かもしれない。
それはそれとして、あの自称若旦那ののっぽさんは本当に若旦那だったのか、その後かわいいお嫁さんをお迎えできたのか、少しだけ気にならないでもない。
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