短編集『市井の人』

あおみなみ

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ヘタレの小さな反抗

人は言いやすい人に文句を言う

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理不尽な目に遭っても、なかなか自己主張できない、そんな「私」のストレス解消法は。

***

「『ゴミの出し方が悪い』って苦情が出ていましてねえ」
「はあ…」
「いやいや、あなたがってわけじゃないの。ただ、こういうとき、どうしても集合住宅はね…」
「はい…」
「あ、あなたはちゃんとしていると思うよ?でも、念のためにね…若い人が多いし、偏見で見られがちなの。わかってね」

 仕事中、アパートの大家さんが突然訪ねてきたと思ったら、少なくとも私には何一つ関係のない「注意」のためだった。

 私が住む棟は、ごみ集積所から最も近い位置にあって、比較的新しい。
 住民の中にはゴミ出しの時間を守らないとか、分別ぶんべつが行き届いていない人もいないわけではないだろうが、毎回ほぼ朝の7時、納豆の容器を洗って「可燃ごみ」ではなく「プラごみの日」に出している私に、これ以上何をしろと?

 回収日には、車で捨てにくる人も結構いる。
 近くても、ごみの量が多いと車ぐらい出すだろうが、エリア外から来ている人が全くいないと誰が言えるだろう。

 まあなんだ。注意するならそういう人にすべきだろうに、「若年層の多い集合住宅」というのは、そのイカニモ感で目の敵にされやすく、古くから地域に住む(暇な)中高齢者にああだこうだ言われ、大家さんはこうして、したくもない注意をしに「在宅仕事中の私の部屋に」やってきた、というわけだ。

 意地の悪い見方すれば、既成事実つくっとけば、あとは「言われたのに守らないやつが悪い」になるだろうしね。

+++

「あの、それ…全戸に注意なさるのは大変じゃないですか?」
「まあ、夜遅い人もあるしねえ。2階の7号室の●●さんとか…」

 そういう人たちのところには、多分電話すらしていないんだろうな。
「夜遅いのは失礼」って理由で、とうぜん臨戸訪問もしないだろうし。

 しかしったって暇というわけではない。
 話がこれ以上長くなるのは勘弁してほしい。

「もしアレでしたら、注意喚起のチラシお作りしますよ?」
「え? でも大変じゃない?」
「作業のついでです。原本を差し上げますから、それをコピーしていただければ」
「え? コピーってコンビニとかのよね? お金かかるでしょ? それに私機械は苦手で…」
「――分かりました。じゃ、私が部屋数分つくります。ウチを除いて7部屋でいいですね?」
「じゃ、ついでだから、A棟とC棟の分もお願いできるかな?8×3で…」

 えーっ、ヤブヘビ…言うんじゃなかったよ…。
 まあ、これで帰ってくれるならいいか。
 用紙代ぐらい出してもらいたいけど――無理だろうなあ。

「わかりました。23枚ですね」
「え?はちさん・にじゅうしでしょ?」
「だからうちの分は――分かりました。つくったらお届けします」
「えー、近所だし、配っといてよ。ついででしょ?」

 借家人の分際で言うことではないが、「ひさしを貸して母屋を取られる」って、まさに今の状態をいうのだろう。

「分かりました…」
「助かるわあ。自治会入ってない人も多いから、回覧板も行き届かないし」
「そうなんですね…」
「でも、チラシつくっても、見てくれるかなあ」
「――見てくれるといいですね。では、まだ仕事がありますので…」
「あらら、ごめんなさい。頑張ってね」

 大家さんはそう言うと、そそくさと立ち去った。
 用紙代や印字の手間賃を請求されるのを恐れた――わけではなくて、そもそもそういうのを払う発想すらないだろう。
「作業のついで」なんて言わず、「1枚5円で申し受けます」とか言えればよかったんだけど。近くの100円ショップの白黒コピー代がたしかそれくらいだった。

 私は自治会に入っているので、回覧板も回ってくるが、確かにきちんと読んだためしはない。
 チラシがポストに入っていたとしても、ほかのポスティングチラシとともに捨てられるか、裏紙にされるかがオチだと思う。

 だったら、、いかにもテキトー当な張り紙でも別によかったのでは…と気付いたときには、私は23枚分の印字を終了していた。
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