14 / 33
根古柳四丁目2番15号
【終】夢枕のおじいちゃん
しおりを挟む家に帰るまでの話題はどうしたものかと考えをめぐらす私の心配をよそに、お祖母ちゃんはかなり生き生きとした顔で、「お祖父ちゃん、あの世でも相変わらずだったねえ」なんて言っているので、私は「そうだね、安心したね」としか返事ができなかった。
「金庫の番号わかんなくて残念だったね」
「そうだね。多分大したものは入っていないと思うんだけど…」
「そうなの?」
「通帳とか大事なものは、すぐ出せるところに置いておいてくれたんだよ」
何だそりゃ…。まあいいや。でも、そりゃそうよね。
+++
「そうだ!アヤちゃん、今度の土曜日か日曜日、時間ある?」
「うん、今のところ両方大丈夫だけど」
「よかった!もうすぐ夏の土用に入っちゃうから、草抜き手伝ってほしいのよ」
「えーっ…まあ、いいけど」
「バイト料はちゃんと出すよ」
「そんなのは別にいいけど」
「お祖父ちゃんはやっぱりすごいね。
うっかり土用に入ってから草抜きするところだったよ」
「そういえば、どうして今日あの人のところに行ったの?」
「あ、それね。お祖父ちゃんが夢に出てきたんだよ」
「夢?」
「旅行に行ったときの夢だったんたけど、キオスクでミカン買ってたら、『早くしろ、列車が出るぞ』って急かされて」
うん、目に浮かぶようだ。
「朝起きたら、『早くしろ』って言葉がすごく気になったんだよ。何か別な意味があるんじゃないかなって」
「ふうん…?」
+++
そしてお祖母ちゃんは、ああでもない、こうでもないと考えた。
公共料金や税金はちゃんと納めている。
梅干しの仕込みも大丈夫。
7月だし、衣替えはとっくに終わっている。
そう考えていって、なぜか「金庫」にたどり着いた。
でもお祖母ちゃんはダイヤル番号が分からないし、書いてあるメモの類も見つからなかった。
そこで、お祖父ちゃんが死んでしばらく経った後、お友達に教えてもらった拝み屋さんのことを教えてもらったということを思い出した。
「旦那さんに会いたくなったら、こういう人に頼んでみな」みたいな感じだったらしい。
お祖母ちゃんも、興味がないわけではなかったけれど、あまりしようもない用事で行くと、お祖父ちゃんに叱られるのではないかと思って控えていた。
――ということらしい。
「早くしろって、金庫じゃなくて、草抜きのことだったんだねえ」
「…そ、そうだね」
「やっぱりあの人は、しっかり私たちを見守ってくれてるんだね」
「うん」
お祖母ちゃんがそれで納得したなら、それでいい。
+++
そんなSF体験があったせいか、私はその夜、お祖父ちゃんの夢を見た。
私が5歳か6歳の頃、平仮名は全部読めるようになったくらいの頃だった。
お祖父ちゃんは一体、私を何者にしたかったのか分からないけれど、てにをはや句読点、分かち書きを意識して、分かりやすく絵本が朗読できるように、ああだこうだと指導していた。
字が読めても、言葉の固まりや文章の流れも正確に把握できるとは限らないので、最初はつっかえつっかえだった。
あまりにも同じ箇所でひっかかり続けると、ちょっと怖い顔になったけど、焦って声が駆け足になると、「ゆっくりでいいぞ」と、少し優しい調子で言いながら頭をなでてくれた。
+++
『ゆっくりでいいぞ』
お祖母ちゃんの『早くしろ』とはあまりにも対照的。
ひょっとして、お祖父ちゃんがお祖母ちゃんに伝えたかったのって「こっち」なのかも。
「いつでも待ってるから、こっちに来るのは『ゆっくりでいいぞ』」
とかね。
まあ、どれもこれも、生きている人間の勝手な解釈でしかないんだけど。
+++
『ゆっくりでいいぞ』の言葉どおり、お祖母ちゃんがお祖父ちゃんのもとに旅立ったのは、それから10年経ってからのことだった。
私はよその土地の大学を卒業し、そこで職を得て働き始めていたけれど、何とか大急ぎで帰省し、お祖母ちゃんとちゃんと「お別れ」ができた。
私の花嫁姿とかひ孫とか、ちょっと楽しみにしていたようなので、それをかなえられなかったのは残念だけど、「アヤちゃん、美人になったねえ」って、はかない呼吸の中から絞り出すように、笑顔で言ってくれた。
(そんなことを言ってくれるのは、お祖母ちゃんだけだよ)
+++
忌引休暇を終えて帰る前に、我が母校・屋布高校と、そこから歩いて何分もかからない「根古柳四丁目2番15号」のあの場所に行ってみた。
あの複雑に増築した感じの平屋も、キョウチクトウの木も、もちろん看板もなくなり、更地になっていた。
建物が建っていた場所が更地になったのを見ると、いつも「ここってこんなに狭かったっけ?」と思うものだけど、今回も例外ではなかった。
あの拝み屋さんは、今もどこか別のところで元気に数珠を鳴らしているのだろうか。
しゃれにならない霊感商法は勘弁してほしいけれど、お祖母ちゃんに「土用の土いじり」の注意喚起をしてくれてありがとう。
私は草抜きをして、何と5,000円ももらっちゃったので、3,000円で欲しかったTシャツを買って、2,000円は貯金箱に入れたっけ。
「まあ、何というか、いろいろ感謝します」
そんな気持ちを込めて、更地に向かってぺこっと一礼してみた。
【『根古柳四丁目2番15号』 了】
1
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる