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ナミとエリサ
X年後…
しおりを挟むナミが上京後も、2人の交友は続いていました。
しょっちゅう会える距離ではない上に、2人ともそれなりに忙しいので、頻度こそ徐々に低くはなってきましたが、それでも自分や共通の友人に関するトピックスは、まめに連絡し合っていました。
エリサはナミが東京から帰省するたびに、以前とそう変わらない笑顔や服装の趣味にほっとしていたものの、徐々に、それこそ薄皮をはぐように洗練されていく様子を見て少しやきもきし、「なあに?カレシでもできた?」とからかったりして探りを入れました。
そう言うエリサ自身は、3年生になってからできた3歳年上の恋人がいます。
卒業後、就職や進学といった進路は進路として、多分結婚するのではないかという「しっくり」感のある、お似合いのカップルです。
***
エリサは大学を卒業後、親戚のつてで地元の小さな企業に事務員として就職しました。
何か特別な資格を取ったり、スキルアップしたりということに興味がないわけでもありませんが、まずは目の前の仕事に真面目に取り組んでからです。
ナミはそのままM大の大学院に進みました。
「勉強しているうちに、何だか欲が出てきちゃって」というのが、よく言えば自然体、悪く言えば流されやすいところのある彼女らしいところでしょう。
***
エリサは就職して3年目の25歳のとき、恋人との間に子供ができたのをきっかけにひとまず結婚し、退職しました。
そのまま残って産休や育休を取ってという方法もあったものの、そういうことを言い出しづらい雰囲気のある職場だったので、思いきりました。
居心地は悪くなかったものの、この退職はある意味「いい機会」だと思いました。
できるだけ若いうちに出産した方が、その後の社会復帰もしやすくなるだろうと、持ち前の前向きさで考え直すことにしました。
自分の実家も夫の実家も協力的な上、夫の年の離れた3人の姉たちは、みんな「小姑」とは縁遠い、気のいい先輩ママさんたちばかりですから、育児の悩みを抱え込むこともなく、平凡だけれど温かな幸せを味わっていました。
ナミは修士課程修了後は出版社に就職し、「仕事が恋人」な日々を送っているといいます。
地方で絶賛子育て中の専業主婦であるエリサにとって、(外部に話せる範囲での)仕事の内容、著名人と会った話などなど、刺激に富むものばかりでした。
***
2人とももうすぐ30歳というある日、何とか休暇をとって帰郷したナミは、エリサの運転する車で、少し中心地から離れた場所にあるカフェに行きました。
エリサはナミに会うために、3歳になった息子を実家かどこかに預けるつもりでしたが、「息子さんに会ってみたいな」というリクエストがあったので、それに応えました。
わざわざそのカフェにしたのは、北欧インテリアを取り入れたおしゃれな雰囲気で、スイーツや飲み物の評判がいい上に、おもちゃが充実した「チャイルドコーナー」があったり、絵本もたくさん置いてあったりと、子育て中のママさんに人気の店だったからです。
この店ができたのは何年か前のようですが、くしくもその近くには、2人の母親が出産したあの大病院がありました。
「こんなすてきなお店ができたんだね」
メイクも服装も、昔よりずっとあか抜けしていますが、うれしそうにきょろきょろと店内を見回す姿は、やはり自然体なままです。
「東京ならもっとあるでしょ?」とエリサ。
「と思うけど、シングルには縁がないよ~」とナミ。
エリサは「もっとおしゃれな店があるでしょ」の意味で言ったつもりでしたが、ナミは「子育て世代に配慮」的な部分に注目して、そう返しました。
エリサは少し考えてから、話のタネぐらいのつもりでこう言いました。
「あそこのN病院ってさ、私の母親が出産したところなんだよ」
「えー、エリちゃんの誕生日って私の2日後だよね?私もあそこで生まれたらしいんだけど」
「本当?じゃ、どこかで会ってたのかな」
「どうかなあ。ママに聞いたら分かるかもしれないけど…」
***
ところで、3歳になったエリサの息子は比較的聞き分けはいい方ですが、それでも年齢相応の好奇心など発揮し、徐々にそわそわと落ち着かない様子を見せるようになりました。
その対応をするたび、2人の会話は何となく遮られれ、エリサは「ごめんね」と軽くわび、ナミはそんな2人を微笑ましげに笑って見ていました。
「そういえば、エリちゃんはどこでお産したの?」
「家の近くの個人病院で評判のいいところがあったから、そこで」
「そうなんだ。結構豪華なところあるって聞くけど、お金かかったんじゃない?」
「でもなかったけど、食事がおいしくて、先生が話をよく聞いてくれる人で、安心して産めたよ」
「そう、そういうのは何よりだね」
「幸い割と軽かったからね。N病院みたいな大病院は、リスクの高い妊婦さんにはいろいろ都合がいいらしいけど…(以下略)」
出産経験も予定もないナミに、地方産婦人科事情など、そうそう興味のある話ではないかもしれませんが、仕事柄、さまざまなタイプの人と接し、ありとあらゆるジャンルの情報を収集する癖のあった彼女は、幾つか質問などもしながら、どんどん話を膨らませていきました。
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