短編集『市井の人』

あおみなみ

文字の大きさ
上 下
7 / 37
ちゃう・ちゃう

1985・初秋

しおりを挟む
母と娘は、とっても微妙。

◇◇◇

 17歳女子高生Aは、なぜか母親と近所を散歩していた。
 なぜ「なぜか」かといえば、Aは母親とはあまり仲がよくない。
 ただその日は、気まぐれに母が誘ってきたのだ。

 「鉄道のコンテナを再利用した喫茶店ができたので、一緒に行きたい」と母は言う。
 どうやら折あしく、いつも一緒に行く友人の都合がつかなくなったのだそうだ。
 要するには誰でもよかったのだろうが、Aは自分が行きたいところには、ためらいなくひとりでも行く性質たちだったので、そもそもおとも必須みたいな考え方が理解できなかった。
 とはいえ時間があり、また興味も少しあったので、「別にいいよ」と言って同伴することにした。

***

 もともと茶葉や茶器の販売をしている店舗はあった。
 その店の前庭に払い下げの鉄道コンテナを置き、道楽で始めた喫茶店らしく、営業時間は12時から17時とごく短い。

 Aと母はコーヒー二つとピザトースト一つを注文し、トーストはシェアした。
 味も金額設定もごく普通だった。

 使わなくなった鉄道コンテナを利用した店というのものが、その当時どの程度あったか知らないが、少なくとも母娘から見たら新味があった。
 内装は、主に運営しているお茶屋さんの奥様の趣味なのだろう。
 風呂敷や刺し子のテーブルセンター、コースターなど、渋めの和小物があしらわれており、落ち着いた雰囲気である。

 帰りは店舗の方に寄り、普段使いの緑茶と、「お腹に優しい」という触れ込みの野草茶を買った。

 話のタネに一度行けばいいところだね…ということで母娘の見解は一致し、その後は帰宅するだけだった。

***

 帰り道は、市内でも中規模といったところの公園の脇を通る。

 遊具が置かれたスペースと、池を埋め立てた芝生の広場に大きく分かれていて、公園のあちこちにベンチや四阿あずまやがある。
 桜やイチョウ、楓の木も点々と植えられており、春は花見、秋は紅葉狩りの来訪者がぼちぼち訪れるところだ。

 子供の頃、公園全体を使って町内の花火大会をやったことが、薄っすら思い出された。
 こども会から支給されたチケットで、アイスクリームを食べたり、金魚すくいをやったり、結構楽しかった。

 ――のだが、それを話しても「へえ、そう」程度の話だろう。
 特に盛り上がるビジョンも見えないので、2人とも無言のままだった。

 公園のすぐ近くには、見るからにお金持ちらしい、大きく瀟洒なつくりの家があり、その前に乗用車が止まっていた。
 堂々たる路上駐車だが、邪魔というほどではなかった。
 時代は昭和。そもそもあまり問題視されるものでもなかった。

 そういう状況で「いいなあ、立派な家。私も住んでみたーい」などと、親相手にデリカシーのないことを言わないのがAのいいところである。母も無言のままだった。

 しかし、路駐の車の影から、毛の固まりがひょこっと顔を出したときは、一瞬だが「ひっ」と声が出た。

A:ラ、ライオン?!
母:落ち着きな。犬だよ、犬

 それは――多分ごく普通の大きさなチャウチャウだった。
 犬があまり好きではなく、犬種にも疎い自分でも知っている名前だ。
 チャウチャウは2人にほぼ反応せず、舌をチロリと出して、とぼけた表情のまま、ポテポテと歩き去っていった。

 そもそも野良で見かけることはあまりなさそうな犬である。
 多分、この大きな家の飼い犬が、自主的に散歩していたのだろう。
 そんなこと普通にあるだろうか、というのはさておき。

 案の定、家に帰るとその間抜けエピソードが披露され、Aはいじられた。
 いつものことなので、そう深刻なダメージはないが、気持ちのいいものではない。
しおりを挟む

処理中です...