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秋の小径
誠と由美子
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思い出「くらい」は美しく。
よくある恋人たちの別れとその後、的なお話。
***
「ようこそ 宇佐花ゆうえん」
誠と由美子が遊園を訪れたのは、今回で2回目である。
前回に来たのは紫陽花が美しい季節で、梅雨の晴れ間の五月晴れを地でいく好天だったので、かなりの人出だった。
窓口で入場料600円を払うとスタンプカードを渡され、1年間有効の年間パスポートになる。
そんな驚くような料金設定の「宇佐花ゆうえん」は、誠たちが住む市のかなりはずれの方にあったので、2人は駅から1時間に1本だけ出ているバスに15分揺られ、ここにやってきた。
四季折々の花を楽しみながら散歩をして、軽食を食べたり、土産を買ったりすることもできる。そして入場料も「手頃のち無料」なのだから、デートコースとしてはなかなか悪くないが、こういうところに好んでくる高校生カップルはあまりいない。
友人たちに話しても、「そんなところ退屈しないの?」「そこ、小学校の遠足で行ったきりだよ」という反応ばかりだ。
◇◇◇
由美子も誠も、他愛もない話をしながら、施設内をくまなく歩くのを心から楽しんでいた。
学校では同じクラスだし、電話やチャットツールでもひんぱんに会話をしているから、共通の話題が多いが、だからこそ「何度も何度も同じ話をする」という状況さえ楽しんでいる、そんな時期だったのだろう。
今回は紅葉と山茶花の花が美しく、園全体が温かな色に満ち溢れていた。
時々お気に入りの紅茶飲料で水分を補給し、見たばかりのアニメの話などをしながら池の周りを歩いていたら、大きく枝を広げた楓(通称「秋の女神」で親しまれているらしい)の木の下に、ベージュ色の何か布っぽいものが落ちているのを由美子が見つけた。
手に取ってみると、それは動物のぬいぐるみだった。
ネズミのような顔をしていて、ほぼ正方形の薄っぺらい体の四隅に、小さな手(厳密には足か)のようなものがついている。頭の部分には、少し長目のひもがついていた。
「これ、何の動物だろ?」
「あ、きっとタイリクモモンガだよ」
「モモンガか――ってか、そこまで特定できるの?」
「うん。多分これと全くおんなじやつ、中学の修学旅行で買ったことがあるんだ」
誠と由美子は違う中学校の出身だった。
同じ市内ではあるが、修学旅行の行先が微妙に違っていたので、そう言われてもすぐにはピンとこない。
「ひょっとして動物園に行ったの?上野?」
「うん、由美子たちは行かなかったの?」
「博物館しか行かなかったな」
「うちの学校は動物園は行ったけど、博物館はなかった。そっちのがよかったな」
誠は妹のお土産にそれを買ったという。
2年経った今も、大喜びで部屋の天井に吊るしているらしい。
そういうふうにすると、まるでモモンガが滑空しているように見えるのだ。
「あ、それで長いひもがついてるのか」
「そうそう」
さて、ぬいぐるみの出自は推定されたとして、それがどうしてここにあるのか、それは2人に共通の疑問だ。
真新しいわけではないようだが、さほど汚れてもいないし、割とそっくりしている。
ということは、ここに誰かが落としたか何かしたとしても、さほど時間は経っていないのではないだろうか。
というより、落とし主はまだ近くにいる可能性もある。
お互いがそんな想像を話し合い、ひとつの結論に達した。
すなわち「邪魔にはならないが、目立つ場所に置いておく」である。
落とし物を見つけたとき、そのように対処する人が多いのではないだろうか――と思われるやり方だ。
いろいろ考えて、結局もとあった場所に置くことにした。
「持ち主すぐ戻ってくるといいな。ばいばい」
誠はモモンガに向かって手を振った。
由美子はそんな様子を見て、くすっと薄く笑った。
本当をいえば、可愛らしいぬいぐみを少し気に入っていて、持ち帰ろうかなとも考えたのだが、口に出さなくてよかったと思った。
あとは持ち主のもとに帰ってくれれば、それでいい。
◇◇◇
2人がその後遊園を訪れたのは、藤棚が可憐な小花で満たされた季節だった。
もうすぐ年間パスポートの期限が切れるので、また行ってみようかという話になったのだ。
2人は相変わらず仲がよかった。
その後は本格的な受験勉強が始まり、励まし合いながら勉強したが、翌春、それぞれが逆方向の土地で大学生活を始めると、カップルとしての関係は自然消滅した。
よくあることである。
よくある恋人たちの別れとその後、的なお話。
***
「ようこそ 宇佐花ゆうえん」
誠と由美子が遊園を訪れたのは、今回で2回目である。
前回に来たのは紫陽花が美しい季節で、梅雨の晴れ間の五月晴れを地でいく好天だったので、かなりの人出だった。
窓口で入場料600円を払うとスタンプカードを渡され、1年間有効の年間パスポートになる。
そんな驚くような料金設定の「宇佐花ゆうえん」は、誠たちが住む市のかなりはずれの方にあったので、2人は駅から1時間に1本だけ出ているバスに15分揺られ、ここにやってきた。
四季折々の花を楽しみながら散歩をして、軽食を食べたり、土産を買ったりすることもできる。そして入場料も「手頃のち無料」なのだから、デートコースとしてはなかなか悪くないが、こういうところに好んでくる高校生カップルはあまりいない。
友人たちに話しても、「そんなところ退屈しないの?」「そこ、小学校の遠足で行ったきりだよ」という反応ばかりだ。
◇◇◇
由美子も誠も、他愛もない話をしながら、施設内をくまなく歩くのを心から楽しんでいた。
学校では同じクラスだし、電話やチャットツールでもひんぱんに会話をしているから、共通の話題が多いが、だからこそ「何度も何度も同じ話をする」という状況さえ楽しんでいる、そんな時期だったのだろう。
今回は紅葉と山茶花の花が美しく、園全体が温かな色に満ち溢れていた。
時々お気に入りの紅茶飲料で水分を補給し、見たばかりのアニメの話などをしながら池の周りを歩いていたら、大きく枝を広げた楓(通称「秋の女神」で親しまれているらしい)の木の下に、ベージュ色の何か布っぽいものが落ちているのを由美子が見つけた。
手に取ってみると、それは動物のぬいぐるみだった。
ネズミのような顔をしていて、ほぼ正方形の薄っぺらい体の四隅に、小さな手(厳密には足か)のようなものがついている。頭の部分には、少し長目のひもがついていた。
「これ、何の動物だろ?」
「あ、きっとタイリクモモンガだよ」
「モモンガか――ってか、そこまで特定できるの?」
「うん。多分これと全くおんなじやつ、中学の修学旅行で買ったことがあるんだ」
誠と由美子は違う中学校の出身だった。
同じ市内ではあるが、修学旅行の行先が微妙に違っていたので、そう言われてもすぐにはピンとこない。
「ひょっとして動物園に行ったの?上野?」
「うん、由美子たちは行かなかったの?」
「博物館しか行かなかったな」
「うちの学校は動物園は行ったけど、博物館はなかった。そっちのがよかったな」
誠は妹のお土産にそれを買ったという。
2年経った今も、大喜びで部屋の天井に吊るしているらしい。
そういうふうにすると、まるでモモンガが滑空しているように見えるのだ。
「あ、それで長いひもがついてるのか」
「そうそう」
さて、ぬいぐるみの出自は推定されたとして、それがどうしてここにあるのか、それは2人に共通の疑問だ。
真新しいわけではないようだが、さほど汚れてもいないし、割とそっくりしている。
ということは、ここに誰かが落としたか何かしたとしても、さほど時間は経っていないのではないだろうか。
というより、落とし主はまだ近くにいる可能性もある。
お互いがそんな想像を話し合い、ひとつの結論に達した。
すなわち「邪魔にはならないが、目立つ場所に置いておく」である。
落とし物を見つけたとき、そのように対処する人が多いのではないだろうか――と思われるやり方だ。
いろいろ考えて、結局もとあった場所に置くことにした。
「持ち主すぐ戻ってくるといいな。ばいばい」
誠はモモンガに向かって手を振った。
由美子はそんな様子を見て、くすっと薄く笑った。
本当をいえば、可愛らしいぬいぐみを少し気に入っていて、持ち帰ろうかなとも考えたのだが、口に出さなくてよかったと思った。
あとは持ち主のもとに帰ってくれれば、それでいい。
◇◇◇
2人がその後遊園を訪れたのは、藤棚が可憐な小花で満たされた季節だった。
もうすぐ年間パスポートの期限が切れるので、また行ってみようかという話になったのだ。
2人は相変わらず仲がよかった。
その後は本格的な受験勉強が始まり、励まし合いながら勉強したが、翌春、それぞれが逆方向の土地で大学生活を始めると、カップルとしての関係は自然消滅した。
よくあることである。
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