SS集「高校生」

あおみなみ

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家庭科大好き

家庭科の糸川センセ

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 家庭科のF組担当教諭は糸川という40代の(当然のように)女性だった。
 結構話せるタイプだということで人気は高かったが、自分の苦手な分野の教師が好感度の高いタイプだと、それはそれで辛い。
 ミチルのようなタイプは、「不出来な生徒ですみません」と恐縮してしまうからだ。

 被服室にあるミシンは、足踏み式が生徒2人に1台、電動式が若干という感じだった。
 また、ロックミシンも1台あったが、扱いが難しいため、処理が必要な箇所だけ教師がやってくれた。
 ミチルは出席番号18番の近内こんないアサミという生徒とペアだった。
 近内は家庭科系なら万能という生徒だったので、ミチルのあまりの不器用さに呆れつつ、糸川の目を盗んで糸のセットなどを手伝おうとしてくれたのだが、そういうときに限って糸川が「後ろの目」を発動させ、「近内さん、それじゃ勉強にならないから、児島さんに自分でやらせなさい」と、少しきつめに注意する。
 言っていることはもっともなのだが、こういうときの糸川は、ミチルの目には、意地の悪い姑そのものだった。

(家庭科の単位がもらえなくて留年とか嫌だし…ああ、憂鬱…)

 こんなミチルの進度は、他の生徒と比べてかなり遅れている。とうとう糸川に、「放課後の居残り」を命じられてしまった。

◇◇◇

 ミチルは他の科目の成績はなかなか優秀で、物覚えも悪い方ではないのだが、なぜかミシンの糸のかけ方(特に上糸)がうまくイメージできないし、縫い方もおぼつかない。スポーツでいうイップスのような状態かもしれない。やろうとしても、頭も体の動きもまるっきり止まってしまうのだ。

「うーん、どう説明したら、分かってもらえるかなあ」
 糸川の柔らかい声に少しだけトゲが感じられ、しまいには涙が出てきた。
 こんなこともできない自分は、どこかおかしいのではないかと思ってしまったのだ。

 それを見て、糸川が慌てる。
「ごめんなさいね。泣かせるつもりはなかったの」
「あの――私こそ泣いたりしてすみません…」
「私もすごく辛いんだけど――あなただけ特別扱いはできないから」
「分かってます…」
「だって、提出物が期限までに出てこなかったら、私はあなたに「2」をつけなきゃいけないの。あなた、2なんて取ったことないでしょ?」

 は?2とな?
 ミチルの動きが別の意味で止まった。
(2なら――最悪でも進級はできるじゃん!別にいいよ、2で)
 確かに主要5科目で最も苦手な数学でも3は取っているが、あまり大学の推薦入試を考えていないミチルは、さほど評定値を重視していなかった。
 極端な話、全科目「1」でなければそれでよかったのだ。

 内心そう思ったが、それを表に出すわけにもいかない。
「はい、頑張ります」
「その意気よ。困ったことは何でも相談して」
「ありがとうございます」

◇◇◇

 糸川の一言でつきものが落ちた――と言ったら大げさだが、ミチルは次の授業から、もっと気楽に取り組むことができた。
 分からないことは近内に聞きながら、それでも何とか自分でこなし、時にはハサミを入れるべきでないところに入れたり、縫ってはいけないところを縫ったりという失敗をしつつも、何とか期限内に提出することができ、成績も「3」をもらった。
 でき上がったジャンパースカートは、不格好この上ない。ただ、チャコールグレーだったことが幸いし、縫い目の粗があまり目立たなかったのはよかった。
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