SS集「高校生」

あおみなみ

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声 一生気づかなくても

留守番電話【夫】

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 俺は職場ではスマホの電源を切っている。

 妻には「用事があるときは、チャットツールやSMSじゃなくて、留守電に残して」と言ってある。
 もちろん最初は「通話の方が面倒くさいんだけどな…」と不満げだったが、チャットツールでメッセージを送られても、こちらから通話で返しているうちに、無言のプレッシャーみたいなのを感じてくれたのか、電話してくれるようになった。

「ええと、今朝も言ったかもしれないけど…今日はアキホの部活の保護者会に行っています。遅くなるけど、ご飯は用意してあるのでよろしく」

「あ――と、今デパート。お義父さんの誕プレのポロシャツ、緑とグレー、どっちがいいかな?」

 何気ない日常の、特に面白くも何ともないメッセージばかりだけれど、俺にとっては「聞く」というところがポイントだ。

◇◇◇

 妻とは高校の同級生だった。
 小柄で平凡な、特に目立たない女の子だったけれど、透明で明るい、みずみずしいフルーツゼリーみたいな声質の子だった。
 その声で、しっかりと言葉を選んで話している様子も、生真面目な性格が表れているようで大好きだった。声から入って丸ごと本人に恋したんだと思う。
 子供っぽいとからかわれて、「もうっ」なんて言っている声もかわいい。
 ただ、「かわいい」と言われることにコンプレックスがあるようにも思えたので、なかなか気持ちを伝えることができなかった。

 彼女の声が校内放送で聞こえてきた日、勇気を出して手紙を書いた。
 今思うと、もっとちゃんと書けばよかったんだけど、気持ちが逸っていて、そのとき手持ちのノートとシャープを使って、たった一言。

「おれは 君の声が大好きです」

 下駄箱に入れたら、もう帰った後だった。
 翌日登校してきた彼女は、多分手紙を読んでいたろうけど、特に様子に変化はない。
 あんな走り書きに毛が生えたようなのでは、いくら何でもインパクトがなさすぎだよなと反省。
 それでも思いを伝えられたことで、俺は満足していた。

◇◇◇

 彼女とお付き合いを始め、あまつさえ結婚までしたきっかけは、「友人の結婚披露宴で偶然に再会」というやつだ。
 「久しぶりね」と言う彼女の声は、相変わらず明朗で魅力的だったし、結婚して20年近く経った今でも、俺にとっては一番の“推し声”である。

 彼女はあんな手紙のこと、もう忘れているだろうな。

【『声 一生気づかなくても』了】
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