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弘人のアパート
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はがきではMと名乗っていた少女(年齢不詳)の言葉に従い、弘人は薬局に向かったが、店の前に自動販売機があることに気付いた。
「そこで買うんですか?お店開いてるのに」
「…別に、僕の勝手だろう?」
「真っ昼間だし、余計目立っちゃうと思いますけどね」
「あのさ…もうちょっと声のボリューム落としてくれない?」
「普通ですけど?」
確かに別に声が大きいわけではない。ただ、せめて目立たないようにしてほしかったのだ。
本当は「ちょっと離れたところにいてほしい」と言いたかった。
この状況で、買うものがコレで、今からこの子とエロいことしますと宣言しているようなものではないか。
「加瀬さんって人目を気にする人なんですね」
「全くしない人なんているのか?」
「私は会ったことないですけど、いるかもしれませんよ」
弘人はMのいたずらっぽい表情を見て、この子はあまり世間体とか気にしないタイプなんだろうなと思った。
そもそも、初対面の男の家に「そういうことをする」前提で行こうというのだ、しかもこんなにも意気揚々と。
「よその人は自分が考えるほど、自分のことなんか見ていないものです」
「それはそうかもしれないけど…」
弘人はモトカノが、人前で堂々と自分以外の男とキスしている現場を見てしまったことがある。だから「見ていないと思ったら、しっかり見られていた」みたいな、逆もまた真なりということも知っていた。
「見る人」と「見られる」人という役割が、そもそも明確に分かれているのかもしれない。
(僕は多分「見る人」であって「見られる人」ではないのだろう)と、弘人は漠然と思った。
*****
弘人が住む街は、タクシードライバー泣かせだとよく言われた。
とにかく道が複雑で狭い。大学進学のために越してきたばかりの頃は、駅との間の道でしばしば迷子になり、そのたび裏道に詳しくなっていった。
これからMとあの狭い部屋で、「そういう」ことをする。何となく2回目はないような気がして、道を覚えられるのを防ぐため、かなり遠回りをした。
住所を知っていても、道を覚えて正しくたどり着くのは難しいだろう。
あのような申し出をされ、断ってもよかったのだが、おとなしく人畜無害に見える弘人も、女性というものに全く興味がないわけではないし、経験してみたいという気持ちはあった。
「ここだよ」
「レトロっぽくて、何だかかわいいアパートですね」
ハセベ荘は昭和40年代に建てられた、築20年以上の古臭い建物だ。物は言いようというやつか。
「風呂ないから、近くのコインシャワーとか銭湯に行くんだ」
「コインシャワー?」
「知らない?100円でシャワーが浴びれるの」
「想像つきません」
「ま、いいや。そういうのがあるんだ」
この様子だと、Mは風呂のあるアパートか実家に住んでいるかなのだろうが、弘人は深掘りする気になれなかった。
*****
弘人の部屋はあまり物がない1Kである。
コーヒーを飲んだりレトルトカレーを温めたりするとき、お湯を沸かす程度だから、台所もそう汚れない。殺風景ではあるが、こざっぱりとした印象になっている。
「さあて、じゃ、始めますか!」
照れ隠しなのか、実は頭のねじが1、2本取れているのか知らないが、「M」が左腕をぶんぶん振り回しながら、弘人よりも先に「寝室兼勉強部屋兼ダイニング兼(以下略)」の6畳に入っていった。
「あの…」
「加瀬さん、私いざとなったときに「私たち友達でしょ」なんて言いたくないんです。きれいごとはなしでいきましょう?」
そう言いながら振り返った顔は、先ほどまでちょいちょい見せた、人をからかうような笑顔とは違って、うっすら色っぽさを感じさせた。
というよりも、「そういう対象」として意識してしまったので、そう見えるだけかもしれない。
弘人は何かに突き動かされ、「M」を後ろから抱きしめた。
「もう――嫌だって言っても聞かないよ?」
「加瀬さんこそ、やっぱりやめた、とかなしですよ?」
「そこで買うんですか?お店開いてるのに」
「…別に、僕の勝手だろう?」
「真っ昼間だし、余計目立っちゃうと思いますけどね」
「あのさ…もうちょっと声のボリューム落としてくれない?」
「普通ですけど?」
確かに別に声が大きいわけではない。ただ、せめて目立たないようにしてほしかったのだ。
本当は「ちょっと離れたところにいてほしい」と言いたかった。
この状況で、買うものがコレで、今からこの子とエロいことしますと宣言しているようなものではないか。
「加瀬さんって人目を気にする人なんですね」
「全くしない人なんているのか?」
「私は会ったことないですけど、いるかもしれませんよ」
弘人はMのいたずらっぽい表情を見て、この子はあまり世間体とか気にしないタイプなんだろうなと思った。
そもそも、初対面の男の家に「そういうことをする」前提で行こうというのだ、しかもこんなにも意気揚々と。
「よその人は自分が考えるほど、自分のことなんか見ていないものです」
「それはそうかもしれないけど…」
弘人はモトカノが、人前で堂々と自分以外の男とキスしている現場を見てしまったことがある。だから「見ていないと思ったら、しっかり見られていた」みたいな、逆もまた真なりということも知っていた。
「見る人」と「見られる」人という役割が、そもそも明確に分かれているのかもしれない。
(僕は多分「見る人」であって「見られる人」ではないのだろう)と、弘人は漠然と思った。
*****
弘人が住む街は、タクシードライバー泣かせだとよく言われた。
とにかく道が複雑で狭い。大学進学のために越してきたばかりの頃は、駅との間の道でしばしば迷子になり、そのたび裏道に詳しくなっていった。
これからMとあの狭い部屋で、「そういう」ことをする。何となく2回目はないような気がして、道を覚えられるのを防ぐため、かなり遠回りをした。
住所を知っていても、道を覚えて正しくたどり着くのは難しいだろう。
あのような申し出をされ、断ってもよかったのだが、おとなしく人畜無害に見える弘人も、女性というものに全く興味がないわけではないし、経験してみたいという気持ちはあった。
「ここだよ」
「レトロっぽくて、何だかかわいいアパートですね」
ハセベ荘は昭和40年代に建てられた、築20年以上の古臭い建物だ。物は言いようというやつか。
「風呂ないから、近くのコインシャワーとか銭湯に行くんだ」
「コインシャワー?」
「知らない?100円でシャワーが浴びれるの」
「想像つきません」
「ま、いいや。そういうのがあるんだ」
この様子だと、Mは風呂のあるアパートか実家に住んでいるかなのだろうが、弘人は深掘りする気になれなかった。
*****
弘人の部屋はあまり物がない1Kである。
コーヒーを飲んだりレトルトカレーを温めたりするとき、お湯を沸かす程度だから、台所もそう汚れない。殺風景ではあるが、こざっぱりとした印象になっている。
「さあて、じゃ、始めますか!」
照れ隠しなのか、実は頭のねじが1、2本取れているのか知らないが、「M」が左腕をぶんぶん振り回しながら、弘人よりも先に「寝室兼勉強部屋兼ダイニング兼(以下略)」の6畳に入っていった。
「あの…」
「加瀬さん、私いざとなったときに「私たち友達でしょ」なんて言いたくないんです。きれいごとはなしでいきましょう?」
そう言いながら振り返った顔は、先ほどまでちょいちょい見せた、人をからかうような笑顔とは違って、うっすら色っぽさを感じさせた。
というよりも、「そういう対象」として意識してしまったので、そう見えるだけかもしれない。
弘人は何かに突き動かされ、「M」を後ろから抱きしめた。
「もう――嫌だって言っても聞かないよ?」
「加瀬さんこそ、やっぱりやめた、とかなしですよ?」
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