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たかが電気(されど電気)【終】
しおりを挟む2012年4月。新年度になっても私とパパは相変わらずだけど、ハルくんは4年生になった。
やっぱりというか何というか、スポーツ少年団に入りたいとは言わない。
県内では、行動制限が続いていたせいか、運動不足で肥満気味の子供が増えている――とニュースで聞いたので、むしろ私たちの方から、「何かやってもいいんじゃない?」になんて勧めているほど。
でも、今年は去年より少しだけ夏が楽しみだ。
6月末からはプールの授業もあって、ハルくんは水泳は苦手ながらも水に入るのは楽しいらしい。
だから、夏休みには思い切って海水浴も行っちゃおうかなんて話も出ている。
ちょうどネットニュースで、「2年ぶりの海水浴開き」っていう記事を見かけたばかりだった。
『海水の放射性物質濃度は1キログラム当たり1ベクレルを下回っており安全面では問題なしとしている。』
去年の私は、「安心と安全は違う!っていうか安全じゃない!」と叫ぶ人たちと意見を同じくしていた。
今はとりあえず、「安全あっての安心」というくらいの考えには変わってきた。
そして――やっぱり地元のお米はとってもおいしい。今年は新米が楽しみだ。
今さらながら、「かつての仲間たち」のツイートやブログを見ていると、F県産のお米は一粒残らず放射性物質の検査されていて(全袋検査)、全く問題ないから出荷されていることを知らなかったり、聞いたことがあっても「どうせ数値いじってるんでしょ?」って感じの人が多いようだ。
+++
家事を一通り終えて、いつものようにPCを立ち上げたら、とあるポータルサイトで「S氏「たかが電気」発言の波紋(**下記注)」というニュースを見かけた。
去年から反原発についての発言が多かった超有名なミュージシャンだけど、「たかが電気。命に比べたらどうってことはない」みたいなことを、何かの集会で言ったらしい。
「さすがは世界のS。いいこと言うね」って絶賛している人もいたけど、「あんたの音楽は電気なしで成り立つのか?」「そういう高みの見物みたいな発言は不愉快だ」って、反発の声も大きいらしい。
パパと晩ご飯のときに話した。
私はそのミュージシャンについてよく知らなかったけど、パパなら知ってるかもと思ったのだ。
「ああ…割と好きだったけど、去年『放射能の影響で子供死亡』みたいなガセニュースをリツイートしたときから、この人もう駄目だって思ったんだ」
「そうだったんだ。ハツミミ」
「まあ、つくる曲とその人の人間性は別っちゃ別だけど、俺もその程度で駄目って思っちゃう程度のファンだったってことだよ」
「ああ、なるほど」
「で、「人命より電気」でしょ。もう完全に「ないわー」ってなった」
「でも…」
「ん?」
「“切り取り発言だ”って怒っている人も、見かけた、けど…」
私は「カサンドラ事件」以来、どんなニュースでも、とりあえずうのみにだけはしないように心がけるようになった。
で、反原発派の人が、「原発推進派が悪意で切り取った!」って怒っている声も見つけたのだ。
「そういう見方もあるのか、なるほどね」
「パパはどう思うの?」
「俺も記事読んだ限りのことしか分からないけど、要するに、原発を今すぐ止めろって考えている人間は、日本は放射能がヤバくて住めないって前提に言っているから、「人命の方が大事」って正論で思考停止してるんだと思うんだ」
「…どゆこと?」
「うーん、そのままの意味っていうか…。人命が大事だから電気は要らない、世の中の動きが止まっていいなんて、君は本気で思うかい?」
「今は――思っていない」
「だよね。切り取りだって怒っている人は、そもそも前提が違うから、「たかが電気」って言い方がどれほど軽率なのか、いまいち理解できていないんだと思うよ」
「うーん、分かるような…?」
「去年の君だったら、「パパは否定ばっかり!」って怒っていたよね」
「やめてよ! 反省してますってば」
「俺の言い方が気に障ったのは、俺も謝らなくちゃだけど」
+++
私とパパは、本当によく話すようになったと思う。
もちろんいつもいつも同じ意見ではないけれど、少なくとも、相手の言うことに一切耳を貸さずにけんかになる、みたいなことはなくなった。
ハルくんに「パパとママ、前みたいにケンカしなくなって、なんかいいかんじだね」なんて言われて、ちょっと照れてしまった。
ダイニングでお茶を飲みながら、時にはビールを片手に、原発や放射能のことだけじゃなくて、ハルくんの学校のこととか、その日うれしかったこととか、ネットで見かけた気になる新製品にこととか、話題は意外と尽きないものだ。
そういうものの後ろに経済が回っていて、電気が働いている。
意識したことはなかったけど、そうやって私は生きている。
ミュージシャンS氏も、「たかが電気」の後が「されど電気」があったら、ちょっと印象が違ったかもね。どこかで聞いたことがある言葉だけど。
さて、でも夜更かしもよくないね。
そろそろ電気を消して――おやすみなさい。
【了】
**
ここまで具体的に書いて名前を伏せるのは、逆にフェアではないかと思いまして。S氏とはもちろん、坂本龍一さんのことです。
「本当なら由々しき事態」「内容は自分で判断してください」とエクスキューズをつけながら、「福島県の小学生が避難先の静岡で死亡(鼻出など放射線障害の急性期症状が出ていた)」という情報をツイートしていました。
ここまで来ると、某ウイスキーのCMではありませんが、「よかった、病気の子供はいないんだ」で済ませていい行為ではありません。
まんが『美味しんぼ』の中でも、「福島で鼻血が…」的な表現が問題視されたことがありましたが、放射線障害で鼻血が出るってまさに即死レベルですし、鼻血だけならほかに幾らでも原因が考えられます。
だから最初のガセネタは(放射能と死の因果関係については)一応平仄が合っていたことになりますが、その後、福島のみならず全国で「子供が鼻血出した~」と騒ぐ人が大勢いた割に、バタバタ死んでるって話は聞かないのはなぜなのか。もうその時点で、あの界隈の人々の言う危機管理意識は、都市伝説レベルの話に振り回されているだけとしか思えなかったのです。
ちなみに我が愛娘は、中1だった2013年初夏にやはり鼻血が出て病院で見てもらったことがありますが、計2回の通院と薬で1週間後には治りました。「思春期にはよくあるんですよね」とのご説明つき(※注 エロいことを考えているという意味ではなく、発達段階で「よくある」ことだそうです)。
「たかが電気」発言があったのは、2012年7月16日、代々木公園で開催された「さようなら原発10万人集会」です。しかも「学生運動を思い出して血が騒いだ」とのこと。もう「なんだかなあ…」です。
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