めざめ はなしをきいて

あおみなみ

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日常(1)

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 ふと箱をのぞいたら、子供用のマスクがあと2枚でなくなりそうだ。
 どうしよう…。

 子供用の小さなサイズは売っているお店が結構限られる。
 いつもは自転車で5分の「ドラッグ カワセ」に行くのだけれど、本当は車で行きたい。

 でも、うちの車はパパが通勤に使っているから…。
 もう1台、ケーでいいから欲しいってお願いしてみたけど、駐車場を別口で借りなきゃいけないし、維持費もばかにならないから難しいって言われた。

 あと、「うちは田舎でも便利な方だろう?近所にも店がいっぱいあるし、駅までだって歩いていけて」だって。
 パパはイナカの出身だから、今住んでいるF県片山かたやま市をやたら都会だと思っているんだよね。

 自分だって自転車20分もこげば会社に行けるのに、ずるいなあ。
 中年太りも気にしているんだから、少しは運動になっていいだろうに。
 3月の震災の直後でガソリンが手に入りにくかった頃は、一時的に自転車で会社行ってたから、ずっと続けるのかと思ったら、「寒いからキツかったんだよ」とか言ってた。本当に根性ないったら。

 買い物に使いたい――だと、「徒歩か自転車で十分でしょう?」って言われちゃうので、別な作戦を考えた。

「これからハルくんが特設の部活とか始めたらどうするの? 当番の親が車で送迎するんだよ?」

 ハルこと私たちの息子はまだ小学3年生だから、まだ特設部活には入れないけど、来年になったら入りたいと言い出すかもしれない。
 そんなとき、私1人だけ車がなくて送迎できなかったら、肩身が狭いと思う。

「ハルは何かスポーツをやりたいって言っているのか?」
「え…今は別に…。で、でもさ…」
「じゃ、そのときになってから考えればいいだろう?」
車買ったっていいじゃない。備えだよ」

「大体その車って、ミニバンとかワゴンとか、乗れる人数が多いやつだろう?」
「それは…そういう方がいいけど…」
「そういうのに分乗して、当番で送ったりするんだろう?」
「う、ん…」
「君が軽でハル1人送っていったって、肩身が狭いことに変わりはないと思うけどね」
「じゃ軽じゃなくて、思い切って大きいやつ!」
「バカ言うな、そんな金はないよ。そろそろ行ってくる」
「…行ってらっしゃい」

+++

 パパったら、オカネ出したくないからって屁理屈ばっかり。
 そりゃハルくんは運動嫌いで、家で漫画読んだりゲームやったりすること多いけど、来年になったら「サッカーやりたい」って言うかもしれないじゃない、それこそ漫画とかの影響でさ。

 まあ本当を言うと、ハルくんに外で運動なんかしてほしくないんだけどね。
 だから、ハルくんが「スポ少入りたい」と言っても、むしろ私が説得してやめさせると思う。
 正直言って、車さえ買ってもらえば、こっちのものって感じ。

 だって近所のモニタリングポスト(**下記注1)とか見ると、0.5とか0.6とかそれぐらいだもん。
 本当は外を生身で歩かせるのもおっかない。
 毎年春にやる運動会が今年はなくなってほっとしていたら、けっきょく秋にはやるっていうし、ゲーッて感じ。

 あの地震と原発事故から半年経ったけど、みんな何事もなかったみたいに普通に生活しているのが、私にはとても信じられない。
 どこか遠くに引っ越したいけどアテもないし、お金もかかるし、何よりハルくんが転校を嫌がる。
 それも「ぼく…あんまり…いや…」みたいにグジュグジュしているから、説得しているうちに、何だか私がいじめているみたいになっちゃって、パパにも「その辺にしておけよ」って言われて。

 パパが大好きなタレントさんが、東京から奥さんだけ九州の方に避難させたって話題になってて、私の間ではその人はすっかりヒーローなんだけど、「カアちゃんの目が届かないのをいいことに、そのうち若いアイドルと不倫報道されたりしてな」とか、下品なこと言って面白がるだけ。
 どうして「あの人が決断したらなら、俺も見習って…」とかならないの? 私とハルくん、実は愛されてないのかな。

 近くの公園で子供たちが大きな声で笑いながら遊んでいるのだって、今は耳障りでしかない。
 うるさいだけだったらお互い様かもしれないけど、放射能ホーシャノーを浴びながら、どうしてあんなにニコニコ笑っていられるの?

 「ニコニコしている人には放射能は寄り付かない」(**下記注2)って言った大学の先生がいたらしいけど、バッカじゃないのって思う。どうしてそんな怪しい宗教みたいなこと言われて信じられるんだろう。

+++

 朝からパパに屁理屈で言いくるめられてムカついたので、お洗濯が終わってから、愚痴ブログとツイッターにいろいろ書いたら、みんな「わかるわかる」「男ってそうだよね。面倒くさがって屁理屈こいて、ぜんぜん現実を見ようとしないの」って共感してくれた。

 おかげで少しだけ気が晴れたけど、全然反対の意見を持つ人に「放射脳乙w」とか、「そんなに車欲しいなら、自分で働いて買えば?」とか、嫌なことを書き込まれた。
 そんなしょーもない連中は当然、即ブロックだけど、ブログまで粘着されたりすることもあるから、コメント欄の書き込みは承認制にした。

+++

「ただいま。ママ、またパソコン?」
「あ、お帰りハルくん――どうしてバンダナ外しちゃったの?」
「だって…邪魔だし…こんなのしてる子ほかにいないし…」
「またそういうこと言って! マスクもしてないし!」
「5校時目体育タイクだったから、暑いし…」

 もう!ママがこんなに心配しているのに、どうしてわかってくれないのかなあ。

 髪の毛に放射性物質が付かないように、外出時には必ずバンダナを着けるように言いつけた。
 帽子でもいいんだけど、バンダナの方が安いから何枚でも用意できて、お洗濯も楽だ。
 私だって放射性物質べったりついたバンダナを洗うのは辛いけど、かわいい子供がガンとか白血病とかになったら嫌だから、一生懸命やっているのに。
 マスクつけて、ゴム手袋つけて、手洗いで!

 ほかの洗濯物は仕方なく洗濯機を使うけど、ほんとはコインランドリーでも使いたい。
 でもいつもいつも使うには高いし、大勢の人が使っているから、ちょっと不潔な感じもするし、結局、家の洗濯機の中をしょっちゅう掃除することで妥協した。

 洗ったら洗ったで外に干したいのにできない。
 だって、放射性物質が(略)。

 部屋干し用にベランダのところにサンルームみたいなのつくってほしいけど、軽自動車も買ってくれないパパがOKするわけない。
 部屋干しのせいで、リビングがいつも何となく生臭い気がする。

 そんなときは、「お部屋の空気、あらっちゃお♪」ってCMでおなじみのスプレーの出番だけど、いっそ放射性物質も取り除くやつ発明してほしい。1本2000円くらいなら買っちゃう。
 パパには「コスモクリーナーか(**下記注3)」ってバカにしたみたいに笑われたけど、何それ?意味分かんない。

 隣近所では布団まで干してるけど、アレに子供とか寝せる気?頭おかしい。

+++

 私だって本当は、天気のいい日はお日様のもとに洗濯もの干したいし、地元のおいしいお米食べたいし、もっとのびのび外で過ごしたいよ、マスクなしで。

 でも、目に見えないおっかないものが体に入り込んでくるイメージが邪魔して、とてもリラックスできない。
 周りの人たちがあまりにもフツーにしていると、時々、本当にたまにだけど、「私の方がおかしいのかな」と思って、くじけそうになることもある。

 そんなときは、ツイッターやブログのコメント欄を見ると励まされる。
 会ったこともない人たちだけど、つながれてる気がするもの。

 県内の米どころで大洪水があったとき、「これでF県のお米は食べなくて済む!ってバンザイしちゃった」とつぶやいた人が、すごい叩かれててかわいそうだった。
 みんなだって、F県のお米なんて本当は食べたくないでしょ?正直になればいいのに。

 ああいう人たちって、ニュース見てないのかな。
 最近、病気で若いうちに亡くなる芸能人とか多いけど、その中で地震の後に東北地方に慰問とかに来た人、結構いるんだよね。
 これ絶対、放射能の影響でしょ。





**1
モニタリングポスト
空間の放射線量をはかるための装置。
2011年の原発事故後は特に福島県内各地に設置され、現在も稼働している。

**2
「放射線の影響は実はニコニコ笑っている人には来ません。」
山下俊一氏(長崎大学)が福島市内で行われた講演で発言し、波紋を呼んだ。
そのかなり後の「緊張を解くための発言だった」という釈明も併せてボコボコに批判した層は、ほぼ「信用のおけない活動家」だけだった(筆者個人の偏見を含みます)

淡々と状況を見ながら生活しているだけの県民の多くは「ストレスをためずに」程度の意味に解釈し、特に発言の信憑しんぴょう性等に対して吹き上がることもなかった。

**3
コスモクリーナー
ここでは『宇宙戦艦ヤマト』に登場するコスモクリーナーDのこと。
断じてオウム真理教の空気清浄機のことではありません。
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