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似た者夫婦
しおりを挟む結婚3年目にケンとアツミの間に子供ができた。
例えば漫画家が、病院に仕事道具一式を持ち込み、出産直前まで仕事をしていました…的なこぼれ話を書(描)いたりすることがある。
企業や官公署勤めの女性なら、産前産後の休業が法律で設定されているが、アツミのような業務委託の場合、そういった漫画家と条件は一緒だから、やろうと思えばそれも可能だった。
といっても、そもそもがガンガンに稼いでいるわけでもない内職だったので、自主的に体を休めることにした。
2人は新婚当初から、特に子作りを意識することもなく、ごく普通に仲よく毎日を過ごしていた。
妊娠自体も歓迎すべきものだったけれど、アツミとしては、2年目あたりから各実家から寄せられる「まだか」プレッシャーから解放されたこともうれしかった。
ケンの両親は、ざっくばらんだが気遣いのできる人たちだったので、アツミはむしろ「早く孫の顔を見せてあげたい」と思うくらいだったが、自分の母親から「どうしてできないのかしら?私は結婚して7年の間に3人産んだのに」とストレートに言われるのがぐさっと来た。
出産予定日の2カ月ほど前から仕事をセーブし、予定日から4日遅れて長女を出産した。
そして結婚前から2人で話し合って決めていた「マコ」とい名前で届けを出した。
アツミは丁寧な仕事ぶりから、あっせん元の企業に結構あてにされていたので、出産の報告をすると、「おめでとうございます」というメッセージとともに、「それで…いつ頃からお仕事できそうですか?」と、多分そう悪気なく言われてしまった。
アツミはアツミで、ぼやぼやしているうちに干されるのではという心配もあって、「あの…3週間様子を見て…その後ご連絡します」とだけ答えた。
3週間というのは、いわゆる「床上げ」と呼ばれる、日常生活に戻る準備を始める頃だ。
ケンも双方の実家も協力的で、アツミは3週間の間、何か家事的なことをしようとすると「おとなしく寝てなさい!」「若いうちに無理すると、更年期に響く――って本で読んだよ」などと床に押さえつけられ、恐縮しながら体を休め、マコの世話をしていた。
マコはケンそっくりのぱっちりした目を持つ愛らしい子供で、元気に泣き、元気におっぱいを飲んで、すくすくと育っていった。
親たちも、「マコちゃんの顔見たいだけだから」という名目で手伝いに来て、アツミが気を使わないで済むようにしたが、そういう気配りを受け取ってしまうアツミは、ますます申し訳ない気持ちになった。
◇◇◇
しかし、おかげでそこそこ体も休まり、産後の肥立ちも悪くない。
3週間後にはついつい、「そろそろお仕事できそうです」などと答えてしまったので、その2日後には、ずっしりと重い書類があっせん元の企業から送られてきた。
それは、昭和30年代の官報をコピーしたものと、それをOptical Character Readerで読み取った印刷物だった。
OCRを使うと、読み取りの際にとんちんかんな字になっていることがあるため、そういう部分を赤で修正するという作業である。
もちろんそれなりに神経は使うものの、キーボードを打たなくていいというのは体への負担が少なかった。
たまたまそういうイレギュラーな仕事が入ってきやすい時期だったというだけなのだが、気にしいのアツミは、「産後の自分に気を使ってくれたのでは」と勝手に解釈し、感謝と申し訳なさでいっぱいになった。
本格的な仕事が始まると、アツミはベビーサークルを自分の仕事部屋に置き、様子を見ながら作業した。
いつだったか本で読んだ、昔、農作業中に赤ちゃんを寝かせるのに使われていた「えじこ」「えずこ」などと言われる籠のことを思い出し、ああいうのもいいなとぼんやり考えたりしたが、もし口に出してしまったら、ケンは一生懸命探してきそうな気がしたので、黙っていた。
現在使われている道具ではしないので、多分手に入らないし、もしあったとしても高価だろう。
他人の考えていることを推しはかり過ぎ、自分の言動を制限してしまいがちなアツミと、思ったことは言葉を選びながらも率直に言うケンは、対照的に見えて似た者夫婦だった。
アツミは自分の至らないところをケンが補ってくれているのだと思って感謝し、ケンはアツミの何年経っても遠慮っぽい態度を、なぜか好んでいた。
「たまにはうんとわがまま言ってほしいな」と言うと、困ったように笑う顔もかわいい――などと考えているほどの愛妻家ぶりである。
こんな夫婦の愛を一身に受けた「マコ」は、定期健診で体の小ささを軽く指摘されることはあったものの、健康そのもので、発達も悪くない。
マコが3歳ぐらいになると、まだ大学生のアツミの弟が自ら「マコちゃんを遊園地に連れていってあげるよ。ほかの友達も一緒だから人手は十分あるし」と引っ張っていってしまうほどだった。
弟君によると、「マコちゃんはお利口だし、表情が豊かでかわいいし、全然邪魔にならないんだよね」だそうだ。
アツミは「邪魔にならない」は一言余計では…と思いつつ、仕事が忙しいときなどは、正直かなり助かっていた。
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